【彼の本性】
ウスマンの全身が灰色に染まり、強化兵へ変化すると同時に、三枝木へ襲い掛かった。ウスマンの右腕は、肘から手首にかけて、魚のヒレのような妙なでっぱりがあり、ナイフのような切れ味を彷彿とさせる。三枝木はそれに警戒しつつ、ウスマンの接近に備えて腰を落とした。
「死ね、オクト人」
ウスマンは三枝木へ飛びかかりつつ、手刀を振り下ろす。三枝木は体を横に傾け、その一撃を躱しつつ、着地しようとするウスマンの足を払う。さらには右手でウスマンの腹部を押し込むことで、彼の体を後方へ傾けた。ウスマンは完全にバランスを失い、叩きつけられるように、背中から床へ倒れ込む。
三枝木は倒れたウスマンを抑え込もうと接近するが、素早い反応を見せ、立たれてしまった。ただ、三枝木は追撃を諦めたわけではない。右の拳を真っ直ぐ伸ばし、顎を狙う。
それに対し、ウスマンは拳一個分だけ頭を傾け、やり過ごしつつ、二歩後退した。三枝木がさらなる追撃に出ると思われたが、その足は止まる。ウスマンがそれに備え、左の拳を引いたことに気付いたからだ。
「なかなか良い反応だな。姉さんがむきになるのも、分かる気がする」
「まさか、貴方はこの程度ですか?」
挑発する三枝木に、ウスマンは薄い笑みを浮かべた。
「そんなわけがあるか。オクトの勇者、姉さんに手を出したこと、後悔させてやるからな」
「なんだか、人聞きの悪いですね、その響きだと」
豪快な回転を見せ、後ろ回し蹴りから攻撃に入るウスマン。三枝木は冷静に距離と取って躱すが、ウスマンの攻撃はそれだけではない。
回し蹴りが空を切ると、今度は左足を真っ直ぐ突き出す。三枝木はそれを躱しつつも前進し、ウスマンの腰に組み付こうとした。
「舐めるなよ!」
接近した三枝木を迎え撃つは、ウスマンの右腕にあるヒレのようなでっぱり。三枝木は急停止したが、既に遅かった。ウスマンの右腕が、三枝木の胸板を切り裂き、ブレイブアーマーから火花が散る。
さらに、ウスマンはよろめく三枝木へ右の拳を突き出した。三枝木は何とか体を傾けつつ、手の平でウスマンの腕を払い、拳の軌道を逸らす。
が、その瞬間、ウスマンの腕にあるヒレに触れてしまい、手の平を切ってしまうのだった。
「それ、地味ですけど厄介ですね」
三枝木はウスマンの右腕のヒレを指さすと、彼は自慢げにそれを見せつけた。
「オクトにきてから、これで何人もの勇者をぶった斬った。次はお前だ」
「つまり、その腕は仲間の仇と言うことですね。だとしたら、是が非でもへし折らなければ」
じりじりと距離を詰める三枝木。
それに対し、ウスマンは接近されたところで、反撃のカウンターに備える。
三枝木の狙いは組み付くこと。それはウスマンにとっても、これまでの攻防を考えれば明白だった。
お互いの射程圏内まで、三枝木が接近する。そして、その身体がわずかに沈んだ。タックルがくる、と対処のためにウスマンの両手が下がった瞬間、三枝木の拳がウスマンの顎を捉えた。
「野郎!」
ウスマンが反撃の左ストレートを放った瞬間、三枝木の体が沈んだ。ウスマンの左拳とすれ違うような、三枝木のタックル。ウスマンは倒されまいと踏ん張るが、三枝木がしつこく足を払ってくる。
三枝木は相手にしがみつくと、自らも後ろへ倒れるように体重をかけ、ウスマンを引き込むようにして膝を付かせた。
さらに、三枝木はウスマンの腰を両股で挟み込み、右腕も掴む。ウスマンが右腕を取られまいと警戒すると、腰に巻き付いていたはずの足が、今度は首に絡まる。蟻地獄のような寝技のテクニックだ。
首は獲らせまい、というウスマンの動揺を読み取る三枝木。その瞬間、今度こそウスマンの右手首をつかむと、通常では曲がらない方向へ捻り上げた。
「ぐ、あ……がががっ!」
ウスマンは怪力を持って振りほどこうとするが、形に入ってしまったため、それは容易ではない。そして、今の三枝木に慈悲の心は皆無。バキッという音と共に、ウスマンの右腕はへし折られてしまった。
三枝木はウスマンの拘束を解くと、今度は下から顎を蹴り上げる。ウスマンは素早く身を逸らし、それをやり過ごしてから、一度離れるという選択を取る。
だが、三枝木は相手に一呼吸置くような余裕は与えなかった。すぐに立ち上がると、爪先を突き出して、ウスマンの鳩尾を狙う。ウスマンはそれを腹筋で受け止め、再び距離を取り直そうとするが、やはり三枝木はそれを許さない。
三枝木はウスマンを捉えるべく、タックルを仕掛ける。だが、二人の間に赤い火花が散った。天を仰ぐようにのけ反ったのは三枝木。倒れそうに、何度かたたらを踏んだが、何とか止まる。
「まさか、左腕も使えるとは思いませんでした」
「切り札は取っておくものよ」
げへへ、と笑うウスマン。
その左腕には、あのヒレのようなものが発生していた。さらに、へし折ったばかりの右腕がぎこちなくではあるが、動き出している。
「確かに、その通りですね」
三枝木が再び飛び出す。
ウスマンはタックルを警戒しつつも、先ほどのように打撃が飛んでくることも想定しているようだった。
だが、三枝木は体を沈めるフェイントを見せることもなく、右のストレートを放つ。
想定外のパンチに、ウスマンの顎が上がる。さらに、連続して放たれる三枝木の拳。だが、ウスマンは顔面を守ろうとしなかった。それを見た三枝木は、自分の作戦にウスマンがはまっている、と確信する。
ウスマンは、三枝木が打撃よりも、組んで倒してから関節技を狙うスタイル、と思い込んでいるのだろう。だから、打撃よりも組み技を警戒して、顔面の守りに徹していない。だが、それこそ三枝木の狙いである。
以前、彼の部下である馬部が、瀬礼朱に語っていた。
「ジェノサイダーの恐ろしさは急なスタイルチェンジなんですよ。最初はタックルばっかりで、相手はついそれを防ぐリズムになってしまうんです。それなのに、ジェノが急に打撃中心のスタイルに切り替えるものだから、面を食らってしまうわけですね」
まさに、そのスタイルチェンジ戦法にウスマンは、騙されていた。タックルがくる。その思考をなかなか切り離すことはできず、ウスマンはパンチによって次第に意識を削られてしまうのだった。そこに、タックルで倒されたウスマンは馬乗りになる三枝木を見上げた。
「ははっ!」
小さな笑い声。直後、ウスマンの顔面に拳が落とされる。一度、二度、三度。三枝木の拳は瞬く間に赤く染まり、ウスマンの意識も完全に失われた。だが、それに気づかないのか、三枝木はしばらく拳を落とし続ける。それは、まさにジェノサイダーの名に相応しい行為であった。
「……しまった、やりすぎてしまった」
夢から覚めたように手を止めると、大の字に倒れるウスマンから離れ、三枝木はデスクに置かれた魔力圧縮爆弾を手に取る。
「申し訳ない。悪い癖が……出てしまったようです」
気を失ったウスマンに謝罪する三枝木。だが、そんな余裕はない、と心の中で自分を窘めると、すぐに魔力圧縮爆弾をセットしなおし、司令室を後にした。
「さて、後は無事にここを脱出できるか」
そして、瀬礼朱たちは無事だろうか。いち早く駆け付けなければならない、と思うと、妙な胸騒ぎが止まらなかった。
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