【過去の自分と交わした約束は】
瀬礼朱は夢を見ていた。
父が死んだ、と聞かされたあの人のことを。
自宅まで訪れ、その知らせを届けたのは、一時的に戦場から離れていた和島だった。
父の死に強い悲しみを露わにしたのは、長年連れ添った母。人目を憚らず崩れ落ち、声を出して泣いた。
瀬礼朱は実感がなくて、ただぼんやりとしていがが、一緒に見ていた和島はもらい泣きしたらしく、涙を浮かべながら感情的に呟いた。
「すみませんでした。私たちが、あいつを……ダリアを倒せなかったから。有薗さんは、身を挺して我々を守ってくれたんです」
それを聞いて、瀬礼朱の中に怒りという感情がこぼれる。
「じゃあ、勇者のみんなはパパを置いて逃げ出したってことですか?」
瀬礼朱は知っていた。
若いころ、勇者を目指した父のことを。
自分にはなれなかったが、今でも勇者のつもりで戦場へ挑んでいる、と笑顔を見せた父の姿を。
「否定は……できないよ」
和島の言葉に、瀬礼朱は明確に怒りの感情を抱いた。
「どうして? 貴方たちは勇者なんでしょ? パパより強いって認められた人たちなんだから、どうして先に逃げたのですか?」
和島は何を言わなかった。
ただ俯いて、瀬礼朱の言葉を受け止める。
「私が勇者だったら……ううん、私が戦場に出たら、絶対に逃げ出さない! パパがそうしたように、逃げたりはしないんだから! 逃げ出すような勇者は全員恥じるべきだわ! 私は絶対に許さない!」
瀬礼朱はイロモアに出向いてから、その誓いに背くことはなかった。やめていく勇者たちを見て、なぜ逃げるのか、と眼差しだけで軽蔑の意を訴えてきた。
それなのに、逃げ出してしまった。
父の仇である、ダリアを目の前にして、逃げ出してしまったのだ……。
「パパ……」
自分の呟きに、目を覚ます瀬礼朱。自分がなぜ眠っていたのか。いや、なぜ気を失っていたのか。それを思い出して、勢いよく身を起こした。
「死んじゃった……わけじゃ、ないよね?」
「わけじゃないですよ」
笑いを含んだ声。
それは三枝木に間違いなかった。
振り返ると、ぼんやりとした明りの中に、三枝木の姿が。
どうやら、ここは地下洞窟らしい。周囲を照らす明かりは、三枝木が手の平に置いたブレイブシフトによるものだ。
「助けてくれたんですね」
「無事でよかったです」
笑顔を見せる三枝木。
穏やかな微笑みは、臆病者が自分を守るためのものだと、これまでは思っていた。
でも、今は違って見えるから不思議だ。
「三枝木さんは怪我してませんか? すぐに治します!」
「じゃあ、肩をお願いしてもいいですか? 落ちたとき、ちょっと強く打ってしまって」
瀬礼朱は三枝木の肩を治療しながら、何があったのか、聞くことにした。とは言っても、それほど想像以上のことはなかった。
ただ、ダリアの攻撃でトラックから投げ出され、崖から落ちそうになったところを三枝木がキャッチ。二人で底まで落ちたところ、地面が抜けてこの地下洞窟に至ったとのことだ。
ブレイブアーマーに身をまとった三枝木がかばってくれなかったら、瀬礼朱は即死どころでなかっただろう。
それでも、瀬礼朱は一時間ほど記憶を失っていたらしい。一日に何度も助けられ、何だかこそばゆい気持ちがあった。
「三枝木さんって……なんで強いのに黙っていたんですか? 私が嫌な態度取っていたの、絶対に気付いてたでしょう?」
三枝木は苦笑いでそれを肯定しつつ、こんなことを言う。
「強いといっても、私なんて勇者の中では並みレベルですよ。私より強い勇者の方が多いと思います」
「そうでしょうか。確かに私は戦場に出てから、それほど長くありませんが、今まで一番強い勇者に見えましたよ。私が見てきた限りでは、ですけど」
「そう言ってもらえることは、嬉しいですけどね……」
「どっちにしても、勇者って、強さを鼻にかけている人、多いじゃないですか。馬部くんもすぐ分相応な態度になりましたけど、駅に到着したときは生意気な感じでしたし」
そういえば馬部は無事だろうか。
そんなことを考えつつ、三枝木の言葉を待つ。
「まぁ、ランキング戦を勝ち上がる、というだけで、大変なことですからね。良くも悪くも、自信になるのだと思います」
ならば三枝木は、ランキング戦で勝ち上がっても、自信を得られなかったということだろうか。だが、その質問の前に三枝木が言う。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。すぐに、この洞窟から脱出する方法を探しましょう」
「すぐ、ですか?」
「私たちが落下した衝撃で、この洞窟は崩れかけているようです。とにかく、私たちが落ちた穴の方へ行ってみましょうか」
瀬礼朱たちは落ちた穴から、それほど離れていなかった。数分ほど移動すると、日の光を存分に受け入れる大穴を発見する。
「よかった、これなら脱出できそうです」
三枝木はほっとした声を出す。穴はそれほど高い場所ではなく、ブレイブアーマーの力を頼らなくとも、よじ登れそうな地形になっていた。
「早く出ましょう! 実は私、狭いところ苦手なんです」
そう言って瀬礼朱が光の方へ走り出そうとしたが……。
ずんっ、という低い音が洞窟の中に響く。
「なんだ?」
三枝木と瀬礼朱が振り返ると、がらがらと音を立てて、脱出口である大穴が崩れてしまった。瀬礼朱は愕然としつつ、見ただけのことを口にした。
「……崩れちゃいましたね」
「……そうですね」
数秒、二人は黙り込んでしまったが、三枝木の方は素早く切り替えたようだった。
「別の入り口を探しましょう。風を感じるので、ここ以外にも出口はあるはずです」
「分かりました」
三枝木のブレイブシフトが放つ光を頼りに、洞窟の中を歩き回る。何度か嫌な振動を感じ、瀬礼朱の不安は膨らんでいったが、何とか精神力でそれを抑え込んだ。
しかし、どこからか妙な音が聞こえてくる。
うううぅぅぅ……。
風が抜ける音だろうか。
いや、女の呻き声に近い。
瀬礼朱は恐怖を飲み込みつつ三枝木に尋ねる。
「まさか、幽霊じゃないですよね?」
「まさか、そんなことは……」
しかし、その音は少しずつ明確になっていく。
うううぅぅぅ……。くらい……。暗いよぅ……。
「暗い、って言ってません?」
「聞こえないことはない、ですけど……」
恐る恐る、前へ進んでいく二人。
すると、奥の方で蠢く影が!
悲鳴を上げかける瀬礼朱。
だが、影の方も悲鳴に近い声を上げながら、こちらに近付いてきた。
今度こそ、絶叫しかける瀬礼朱だが、接近してきた影の正体に気付き、何とかそれを飲み込む。
「明かり! 明かりじゃないか! 暗かったよう!」
影はまるで泣きつくように、三枝木の手にある光に縋りつく。三枝木も影の正体に気付き、やや驚いたようだった。
「貴方は……どうしてここに?」
三枝木の言葉に潤んだ瞳で顔を上げる影。そう、影の正体は
女神セレッソと名乗る、謎の女だった。
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