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【本当に女神様?】

「どうだ、凄かっただろ?」


女神を名乗る女は、爆発音から一分も経過せず戻ったと思うと、三枝木の治療を終えた瀬礼朱(せれす)に得意気な顔を見せる。


「いったい何をしたのですか?」


衝撃的な光景が頭から離れない三枝木は、唖然としながら尋ねると、女は腰に手を当てふんぞり返る。


「踏み付けてやった」


「ふ、踏み付け?」


「そうだ。軽くジャンプして、上から攻撃拠点を踏み付けた」


「それで……攻撃拠点はどうなったんですか?」


「面白いくらい真っ平らになってたぞ」


「攻撃拠点を真っ平ら、ですか。踏み付けだけで……?」


あれだけ巨大な建造物を踏み付けた破壊する。そんなことはあり得ない。しかし、ここから見えたり聞こえたりした情報では、強く否定できないことは確かだ。


驚きのあまり、三枝木が言葉を失うと、女神は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「あんなこと、女神のほかに誰ができる? もう信じるしかないだろう。私こそ女神セレッソなのだ」


それは主に瀬礼朱に向けて放った言葉のように思われた。が、三枝木の横に屈んでいた瀬礼朱は立ち上がると、毅然とした態度で答えるのだった。


「信じません」

「……え?」


意外な反応に女神を名乗る女も目を瞬くが、瀬礼朱は軸がぶれた様子なく、改めて言い切る。


「信じない、と言いました」

「ど、どうして?」


女は信じられないものを目にして怯えているかのようだった。瀬礼朱の主張はこうだ。


「慈悲深い女神様が、あんなハチャメチャなことするわけありません。女神様は悪を討つとしても、聖なる光によって浄化するはずです。それがなんですか、踏み付けなんて……はしたない!」


「は、はしたない……?」


面を食らう女。

もう言葉が出て来ないのか、口を開いたり閉じたりを繰り返すだけだった。


「だいたいですね、貴方のその態度は――」


「瀬礼朱さん、一度ストップです」


追撃しようとする瀬礼朱を素早く止める三枝木。


「今は非常事態です。この方がセレッソ様かどうかは、一度横に置いていきましょう」


「そういうわけには行きません。だって、ここにセレッソ様がいるとしたら……」


感情的だった瀬礼朱だが、何を思ったのか、何とか気持ちを押し込めたようだ。


「すみません。三枝木さんの言う通りにします」


瀬礼朱が口を閉ざすと、三枝木が質問を再開する。


「なぜ、女神様がアッシアの攻撃拠点を破壊するのですか? 戦争は長く続いていたのに、今になって我々を守ってくれるなんて、少し不自然に感じてしまうのですが……」


「それに関しては、こっちだって事情というものがある。それに、人間同士の争いに私たちが手を出すべきではないと思っていた」


彼女の言う「私たち」とは、まさか五大女神のことだろうか。


瀬礼朱は疑問に感じたが、ややこしくしないためにも黙っておくことにした。


「思っていた、ということは、何かきっかけがあったのですか?」


「まずは魔王の存在だ。あれは度が過ぎている。人間にどうこうできるものではないだろう。あとはフィオナと出会ったことが大きい」


「フィオナというと……まさか、王女フィオナ様ですか」


女……いや、セレッソ(仮)は頷く。


「何度も言っているだろう。王女フィオナの友人だ、と。私は、あいつに頼まれると、なかなか断りづらくてな。秘密裏にイロモアの戦いを手伝ってこい、と言われたのさ」


「ひ、秘密裏に……ですか」


「そうだが?」


「なぜ、秘密裏なのでしょうか?」


「私の動きが魔王に気取られることがあれば、後々面倒だからだ。あくまで、人間たちの力でイロモアを奪還した、と思わせなければならない」


「……あの」


瀬礼朱が溜め息交じりに言う。


「言っておきますけど、ぜんぜん秘密裏になっていませんからね。普通の人間はあれだけ大きい建物を一瞬で壊すようなこと、できませんよ?」


「……そうなのか?」


三枝木に意見を求めるセレッソ。三枝木も苦々しい表情を浮かべる。


「そうですね。魔力圧縮爆弾をいくつか使えば可能ですが、その場合は特徴的な痕跡が残ります。例えば魔力の残滓とか。もし、本当にただ踏み付けただけで破壊したとなると……」


「少し強めに踏み潰しただけだぞ?」


「強めとか、そういうのは、あまり関係ないかもしれません」


「ですね。アッシアの方も大騒ぎしてますよ、たぶん」


瀬礼朱も同意すると、セレッソは二人の顔を交互に見てから、居心地が悪そうな表情を見せる。


「どうしよう?」


「どうしようって言われても……。魔王に貴方の存在が知られると、どうなるか分からないので」


「たぶん、ここに魔王が乗り込んでくる。フィオナはイロモアの地を焦土にしたくないから、それは避けたいそうだ」


三枝木も瀬礼朱も言葉を失ったところを見て、セレッソは余計に不安になったようだ。


「お、おい。何か言ってくれ。私はフィオナに怒られたくない」


それでも二人が黙っていると、セレッソは瀬礼朱たちに背を向けた。


「どうするんですか?」


「ちょっとフィオナに聞いてくる」


「聞いてくる、って……フィオナ様がイロモアに?」


「そんなわけあるか。少しばかり王都に戻る。イレギュラーは報告しないと、もっと怒られるからな」


そう言って、セレッソは思いっきり地を蹴った。


どれだけの力が込められているのか、辺りに砂埃が舞い、瀬礼朱たちの視界を遮る。咳き込みながら、セレッソが跳躍した方向を見てみると、矢のように飛んでいく彼女の姿が。


その姿が小さくなると、彼女の背に大きな羽が生えた……ように見えた。


どうやら、セレッソは王都へ向かったらしい。高速鉄道ですら三時間はかかる距離だが……彼女は本気で王都まで移動するのだろうか。


何もかも規格外な行動を見せるセレッソに、三枝木は思わず呟く。


「やっぱり、あの方が女神様なのでしょうか……?」


「ち、違いますよ。だって、女神様はもっと思慮深い方……のはず、です」


しかし、空を飛ぶ人間なんてあり得ない。魔法を使ったとしても無理だし、アッシアの強化技術だって不可能だろう。異形の姿に変わり果てるノームドも、空を飛んだケースはないはずだ。


「とにかく……戻りましょうか」


「そう、ですね」


二人は釈然としないまま、馬部が待つだろうトラックの方へ向かった。すぐ後ろまで強化兵が迫っていることも知らずに……。

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