【嘘なんて言ってないって】
三人は林の中を駆けて、ここまで移動するために使ったトラックの方へ向かっていた。恐ろしい強化兵が二体も、自分たちの後を追っておると思うと、自然と足は早く動くのだった。
しかし、一番後ろを走っていた三枝木が立ち止まったことに瀬礼朱は気付く。振り返ると、三枝木は膝を付いて、何やら苦し気な表情を浮かべていた。
「どうしたんですか? どこか怪我を?」
三枝木が手で抑えているのは脇腹あたり。先ほどの戦いで、ダリアの蹴りを受けた辺りだ。
「任せてください。私が回復魔法で治します!」
瀬礼朱は三枝木の腹部に手をかざす。そして、付近のマナに干渉して、三枝木の傷を癒した。
が、すぐに治るわけではない。
馬部はそれを知ってか、いつ敵が現れるかと、落ち着かない様子だ。
「馬部くん。貴方は先に行って、トラックをこちらに移動させてください」
「わ、分かりました!」
すぐに走り出す馬部。
「あの子、一人で逃げたりしませんよね……?」
瀬礼朱の言葉に、三枝木は苦笑いを浮かべた。
一分ほど、無言の時間が続いた。
瀬礼朱は三枝木の傷を癒しながら、決まり悪さを感じていた。
さんざん臆病者だと皮肉を浴びせた相手は、自分よりもはるかに勇敢で、何よりも強く、まんまと救出されたのだ。かと言って、謝るのも何だか……。
それよりも、シンプルな疑問が。
なぜ、あれだけ強いのに勇者をやめようと思っているのか。
「三枝木さん。あの、ですね」
「なんでしょう?」
少しは痛みが退いたのか、やや和らいだ表情の三枝木。そんな顔をされると、聞きたいことも聞けなくなる。瀬礼朱が視線を落とし、己の中の葛藤と戦っていると、思わぬ方向から声をかけられた。
「やっぱり、さっきの二人だな」
瀬礼朱は驚きのあまり、肩が震えた。女の声に、ダリアが追ってきたかと振り返るが、そこには思ってもいない人物が立っていた。
「お前らの言う通り北へ進んだが、アッシアの攻撃拠点なんて見付からなかったぞ」
どこか拗ねたような口調で近付くのは、あの桃色の長髪を持つ謎の女だった。
「ど、どうしてこんなところに? あの、すぐ近くで戦闘があったの、知ってます??」
瀬礼朱は混乱しつつも、一般人が危険地帯をほっつき歩くことの危険性を訴える。しかし、女は怯えた様子もなく、どこか不機嫌そうな表情で瀬礼朱たちを見つめてきた。
「じゃあ、アッシアの攻撃拠点は近いってことか?」
「そうです。私たちはそこから逃げてきました」
答えたのは三枝木だ。
「どっちだ?」
「あっちですけど……」
「そうか。ならば、今度こそ破壊してやるとするか」
「はぁ?」
三枝木と瀬礼朱の声が重なった。話が通じないにも程がある。が、女は本気らしく、アッシアの攻撃拠点の方へ歩き出した。
「ちょっと待ってください! 貴方、何者なんですか?」
三枝木の質問に女は足を止めた。
「さっき名乗ったばかりだろう。私の名はセレッソ。オクトの王女、フィオナの友人だ」
やはり、女は女神セレッソを名乗るらしい。
女神セレッソとはオクトの守護女神。何世代か前は、セレッソと名づけられる子供は多かったが、最近では珍しい。今の世代ではセレッソという名の響きだけ取り入れることが主流で、瀬礼朱の名前もそうだ。
だが、女の年齢はどう見ても二十代。セレッソなんて名前が付けられるとしたら、親の価値観がかなり古風だったのだろうか。
同じことを思ったのか、三枝木が女に言った。
「今時、女神セレッソ様と同じ名前の方は珍しいですね。いや、そういうことじゃなくて……何が目的でアッシアの攻撃拠点を探しているのですか?」
「物わかりの悪いやつらだな。フィオナに頼まれたんだ。イロモアを何とかしろ、と。まぁ、この状況だからな。女神の私に頼りたくなるのも分かる」
「貴方が女神様、ですって?」
黙っていた瀬礼朱が女に一歩詰め寄る。そして、何もかも押しつぶしてしまいそうな、恐ろしいプレッシャーを放ちながら、怒号を放った。
「そんなわけ、ないでしょーーー!!」
その形相に不遜な態度を取り続けていた女も身を縮こまらせる。
「な、なんだ? 何をそんなに怒っている?」
「貴方が女神さまの名を語るからです!」
「だ、だって……本人だもん」
「だから、そんなわけがない、と言っているでしょう! 女神セレッソ様は慈愛に溢れた方です。そのような思いあがった態度は取りません。それが例え、私のような平凡な信者だったとしてもです!」
女は瀬礼朱の言葉、その最後の部分だけを拾い上げる。
「なんだ、私の信者か。教えにもあっただろ? 信じれば救われる、って」
しかし、女の反論は逆効果でしかなかった。
「そういう態度のことを私は言っているのです! 教えのことを持ち出すのなら、女神様はこうも言っています。お互いに嘘を言ってはならない。嘘はいずれ暴かれ、わが身を滅ぼすと」
「私は嘘なんて言ってないってば……」
「女神様がここにいるわけがないのです! それこそ、ハルマゲドンによって世界が地獄に沈みかけない限り!」
「それは教えを作ったやつらが勝手に言っているだけで……私は監修すらしてないからな」
「嘘を嘘と認める。なぜ、それができないのですか? 女神様に憧れているのなら、せめて女神様らしい振る舞いをしたらどうなんです?」
「私は私らしく振る舞っているつもりだ……」
女が涙目になったところで、三枝木が割って入る。
「ま、まぁまぁ。女神様かどうかは後にして、まずは貴方の目的を明確にしましょう」
女の頭の中に解決策が見付かったのか、目を輝かせる。
「そうだ、それだ。お前たちに女神の力を見せてやろう。今からアッシアの攻撃拠点を私が一人で破壊してやろう。そうすれば、私が女神だと信じるだろう? え? どうなんだ?」
得意気な女に三枝木はやや同意的な姿勢を見せる。
「確かに、一人でアッシアの攻撃拠点を壊滅させた、となったら、人の力を圧倒的に超えた存在と認めざるを得ませんね」
「だろ? よし、見ていろ」
瀬礼朱は何か言いたげだが、それよりも先に女は腰を屈める。何をするのか、と目を見張ると、彼女の体が宙へと飛び出した。
「……えええぇぇぇ!?」
瀬礼朱の驚きを振り切るように、女の体は空へと消えて行く。何が起こったのか、と三枝木で二人で呆然としていると、凄まじい爆発音が聞こえてきた。
「今の爆発音って……」
驚愕の表情のまま固まってしまった瀬礼朱に、三枝木は言う。
「アッシアの攻撃拠点の方から聞こえましたね……」
さらに、二人は攻撃拠点の方から上がる黒煙を見ることになった。
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