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【臆病な勇者】

和島が死んだ。何が起こったのか、理解するよりも先に。


土埃が瀬礼朱(せれす)たちの視界を遮っていたが、次第にそれが落ち着いていく。すると、彼女たちの目の前で何が起こっていたのか、全貌が明かされていった。


倒れた勇者たちに囲まれるようにして立っている、石像のような灰色の体を持った強化兵。身長は小柄な瀬礼朱と大して変わらず、ボディラインから性別は女と思われた。そして、その右手には……。


「和島さん……?」


首を失った和島と思われる体があった。


「二人とも逃げて!」


緊張感を刺激する三枝木の声。

しかし、瀬礼朱は踵を返して逃げ出すことがなかった。


「瀬礼朱さん、早く逃げてください!」


繰り返す三枝木に、瀬礼朱は震える声で訴えた。


「でも、三枝木さん……あいつは、和島さんにダリアって、呼ばれていたんですよ」


「ダリア……?」


「父を殺した、強化兵。昔、和島さんが教えてくれたんです。ダリアという名前だって」


三枝木は無言で強化兵……ダリアの方を見る。そして、その危険性を十二分に察したようだった。


「何にしても、今は逃げてください。殺されるだけです!」


「嫌です! 私は逃げたくない! 父と同じように、戦う!」


他の部隊の勇者たちが、ダリアを抑え込もうとしているが、全滅は時間の問題だった。三枝木は歯を食いしばりながら、仲間たちが何秒時間稼ぎしてくれるのか計算した。


「馬部くん。瀬礼朱さんを連れて逃げてください。無理やりにでも!」


「わ、わかりました!」


馬部が瀬礼朱を担ぎあげる。

瀬礼朱は罵りながら抵抗するが、ブレイブアーマーを装着した勇者の前では無意味だ。


さっそく逃げようとする馬部だが、三枝木が動かないことに気付いた。


「あの、三枝木さん……?」


「今背を向けたら、後ろから攻撃されるかもしれない。私が時間を稼ぎます」


「で、でも……」


「大丈夫ですよ。上手く命乞いしてから、タイミングを見て逃げるので。お二人にそんな姿を見られるのは恥ずかしいから、早く行ってください」


三枝木は笑顔だが、その真意がどこにあるのか、馬部はそれなりに察した。


「三枝木さん。俺が弱くて……本当にすみません!」


「こら、逃げるな! パパの(かたき)をやっつけるんだ!」


暴れまわる瀬礼朱を抑えながら馬部が今度こそ走り出すと、同時に辺りが静まり返った。強化兵ダリアと勇者たちの戦いが終わったのだ。


周辺で立っているのは、三枝木とダリアのみ。ダリアにとって標的はただ一人となった。


「離せ! 私も戦う!」


戦場から遠ざかりながら、瀬礼朱はなお必死に抵抗していた。


「ダメですよ! あの強化兵は異常です! 俺たちが加わったところで、死ぬだけですよ!」


「逃げるよりはいい! 私は戦う! 腰抜けの勇者たちと一緒にするな!」


「俺も強化兵と向き合うまでは、そんな風に思ってましたよ……。あっ!」


瀬礼朱が巧みに体をひねり、馬部の拘束から逃れる。瀬礼朱は着地と同時に、三枝木の方へ走り出した。三枝木とダリアの姿を確認する。


少しでもいい。

三枝木を援護して、ダリアを倒して見せる。


そんな覚悟を抱き、二人の方へさらに近付こうとする瀬礼朱だったが


……足が止まった。


なぜだろう。動けない。

これ以上近付いたら、命を落とす。


そんな危機感の濃度が、先ほどよりも何倍も高くなっている。それを感じ取ると、瀬礼朱は思わず草むらに身を隠してしまった。


「オクト人、逃げないのか?」


ダリアの声は、やはり女だった。


三枝木は笑みを返すだけで、それに対しては答えない。余裕、というわけではないようだ。明らかに、笑顔の中に強い緊張感が含まれている。


「念のため、確認させてください。貴方の名前はダリアさん、でよろしいですか?」


「……そうだ」


「オクトは初めて?」


「いや、数年前に来た。そのときも、オクト人を山のように殺してやったぞ」


ダリアの笑い声を聞いて、瀬礼朱は自分の胸に怒りが渦巻くのを感じた。感じたのに、動けなかった。


「その中に、有薗という人間がいたかどうかは、覚えていますか?」


「覚えているわけないだろう。何人殺したと思っている。いや、何人殺したのかも、覚えていないがな」


「なるほど。では、今までオクトの勇者に敗れたことは一度もない、ということですね」


どういう意図の質問だ、と困惑したのは瀬礼朱だけではないらしい。


「当然だろう。あれから、さらに改良も受けた。貴様も一瞬で捻り殺してやるぞ」


瀬礼朱は理解する。


あれだけの挑発に対し、なぜ自分が動けないのか。なぜ、多くの勇者たちが戦場から去ったのか。なぜ、多くの勇者がダリアを前にただの屍と化したのか。


単純に、強さを前に心が折れてしまったのだ。


あれは異質な何かだ。瀬礼朱だって戦場で何度か恐ろしい目にあってきた。そのたびに、自分を奮い立たせ、乗り越えてきたと思っていた。


だが、ダリアは違う。


圧倒的に高い壁。

それを前にして、足がすくむ感覚。そんな恐怖を本当的に理解させる存在なのだ。


「に、逃げて」


瀬礼朱は叫ぶつもりだった。

三枝木は臆病で戦場から逃げ出そうとしている男だ。


だが、決して悪い人間ではない。戦場では役立たずというだけで、他の人生を選べば、むしろ優秀な部類かもしれない。


だからこそ、ここは逃げるべきだ。大声でそれを訴えるつもりだったが、恐怖のあまり喉が潰れてしまったようだ。


「オクト人、何を笑っている?」


恐るべき強化兵を前に逃げ出す気配を見せないどころか、笑顔を絶やさない三枝木に、さすがのダリアも不信に思ったらしい。だが、ダリアは納得したように頷いた。


「ああ、でも、たまにいるな。恐怖のあまり笑いが止まらないやつ。お前もそのタイプか?」


「……そうかもしれません」


だったら逃げないと。

いや、助けないと。


立ち上がろうとするが、やはりダメだ。震えて動けない。早く逃げてくれ。


瀬礼朱は三枝木を見つめて強く念じた。そんな三枝木が再び口を開く。


「でも……」


何となくだが、三枝木の雰囲気が変わったような気がした。


「楽しみ、という気持ちが強いかも、しれません」


「なんだって?」


ダリアの言葉は、瀬礼朱の心の中で響いたものと、まったく同じものだった。三枝木は言う。


「久しぶりに戦いという戦いを、楽しめる気がするんです。戦争じゃない。単純な戦いを」


「……なんだ、お前?」


「ただの、臆病な勇者ですよ」


どこか殺気を帯びた笑みを浮かべながら、三枝木の左手が右腕にあるブレイブシフトに触れる。


「ブレイブチェンジ!」


三枝木の体が、光に包まれた。

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