【勇者としての志】
「あの方、何だったのでしょうね」
瀬礼朱と三枝木は、駅に向かって歩いていた。つい先ほど見た、異様な光景について呟きを漏らす三枝木に、瀬礼朱は苛立たちを抑えきれない調子で答える。
「どこの誰か知りませんけれど、何者かどうでもいいですけど、女神セレッソ様の名を騙るなんて、絶対に許せません!」
そう、瀬礼朱は聖職者。
オクトの守護女神であるセレッソに対する信仰は厚い。
女神セレッソは慈悲深いだけでなく、思慮深くて、愛情にあふれた全知全能な存在である。そう教え込まれた瀬礼朱にとって、先ほどの女の言動は許せなかった。
「あんな奇天烈で粗野な物言いの人が、女神様なわけがありません。次会ったら、絶対にぶん殴ってやります」
再び拳を握りしめる瀬礼朱だが、隣で目が点になっている三枝木に気付く。
ちなみに、その奇妙な女も、瀬礼朱のこの剣幕に恐れをなし、逃げ出したのだ。それだけ、彼女の怒りは強烈だった。
瀬礼朱は取り直すように咳ばらいを一回。
「それはさておき、三枝木さん。別に新人勇者の出迎えは、私一人で十分です。いつものように、川の流れでも眺めていてください」
「いえ、私がやめるせいでイロモアまでやってきた青年です。ちゃんと挨拶しないと」
「……そうですか。あ、和島さんが言ってましたよ。一時間後の出撃も参加するように、って」
あからさまに顔を歪める三枝木。
そんなに戦うことが嫌なら、逃げればいいのに、と瀬礼朱は心の中で呟いた。
高速鉄道が到着する時間は既に過ぎていた。瀬礼朱は「十三部隊」と書かれたプレートを手に、駅の前で待っていると、一人の青年……
いや、まだ少年といった顔つきの男が近寄ってきた。
「初めまして。本日から十三部隊の所属となりました、馬部良太朗です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
なかなか礼儀正しそうだ、という印象を瀬礼朱は抱いた。
「初めまして。私は有薗瀬礼朱。十三部隊の修道士です。こちらは三枝木さん」
貴方が戦場に出る理由を作ったダメな大人です、と紹介してやろうか、
と思ったが、何とか踏みとどまる。そんな瀬礼朱の気持ちなど知らず、三枝木も「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げるのだった。
「馬部くん。さっそくですが、一時間後……いえ、三十分後に出撃です。防衛拠点に荷物を置いたら、すぐに出ます」
「了解です!」
馬部の声は大きい。
落ち着きはないが、勇者としての熱意はあるのかもしれない。
瀬礼朱はそう感じながら、現状を説明する。馬部は熱心に頷くので、三枝木よりは使えそうだ、と安心するのだった。
「何か質問は?」
防衛基地も間近。
瀬礼朱は最終確認のつもりで馬部に聞いた。
「はい。ここ一か月の十三部隊が上げた戦果は、どれほどでしょうか?」
意外な質問だ。
だが、その質問は考える必要もなく、回答が可能なものである。
「ほぼゼロと考えてください」
なぜなら、三枝木がほとんど戦わないからだ。アタッカーがリーダーの和島一人では、アッシアの屈強な兵士たちを前に、まともな戦いは不可能である。
外れくじを引いた、と不満顔を見せるだろうか。馬部の顔をうかがうが、むしろ目に光が宿ったように見えた。
「そうですか。でも、安心してください。俺がきたからには、どんどん戦果を上げてみます」
「なかなか意欲的ですね」
「勇者の使命は戦果を上げることです。どれだけ敵を倒したのか。その数字だけが勇者の評価を決めるものだと、俺は思います」
「素晴らしい意見です」
そういって瀬礼朱は三枝木の方に視線を向ける。それに気付いた三枝木は照れくさそうに頬をかくだけだった。
「私も一つ質問してもいいですか?」
三枝木が小さく右手を上げる。
「どうぞ」と瀬礼朱が促した。
「馬部くん、実践訓練の時間はどれくらいですか?」
「軽く3000時間は超えています。すぐに実践だとしても、強化兵を撃破する自信があります」
「なるほど」
三枝木は頷いた後、瀬礼朱に耳打ちする。
「ちょっと危なっかしいですね。戦場ではちゃんと見てあげた方がいいかもしれません」
「……はぁ」
お前が言うのか、と瀬礼朱は辟易する。
怖気づいて戦場から離れようとする人間より、この新人の方が役立つのは明白だ。心配だと言うなら、お前が戦って見せろ、と。
和島と合流し、さっそくトラックに乗り込んで、戦場へ向かうことになった。和島は三枝木を見ると、静かな口調で言う。
「三枝木くん、お願いだから逃げないでね」
「は、はい……」
和島の笑顔。そこから放たれる圧力は、瀬礼朱が見たことのないものだった。飄々としている三枝木も、それには押されたらしい。
「二十一部隊の御手洗くんも、勇者やめるってね。先週は八部隊の木本くんがやめたばかりなのに」
トラックの荷台で揺られながら、誰にというわけでもなく和島が言った。三枝木は聞こえないふりをしているのか、景色の方へ目を向けている。反応したのは馬部だった。
「なぜ、やめてしまうのでしょうか?」
「イロモアの戦いは、ランキング戦とは違うからね。暫定勇者として圧倒的だったとしても、自分の実力不足を痛感して、やめてしまう人が多いんだよ」
和島の説明に馬部は納得いかないようだった。
「しかし、俺たちは勇者です。無理難題も突破するような実力が求められ、それに応えることが仕事です」
「そうなんだけどね……」
和島の煮え切らない反応を見て、瀬礼朱の中で妙なスイッチが入ってしまう。
「志の問題だと私は思います」
全員の視線が瀬礼朱に向けられ、彼女はやや戸惑うが、ここで黙り込むのも変だったので、思ったことをそのまま言うことにした。
「勇者として、国を守るという自覚が足りないから、途中で放り出してしまう。私が勇者として戦えたら……アッシア兵なんて、一人残らず倒してみせます」
「分かります。俺もそういう気持ちです!」
馬部の同意。
しかし、瀬礼朱は彼を睨みつける。
「君と私の気持ちは別物! 勝手に同じものにしないで!」
仲間と思って近寄ったのに、張り手を食らってしまった馬部が、助けを求めるように和島を見る。和島は優し気に目を細めた。
「有薗さんの父親は、元ランカーの戦士だったんだ。勇者にはなれなかったが、強化兵を前に一歩も退くことなく、戦場で勇敢に散った。私も彼に助けられた人間の一人だ」
「なるほど。瀬礼朱さんは父上のように立派な勇者になりたいのですね」
納得する馬部を瀬礼朱は睨みつけた。
「だから、勝手に人の気持ちを決めつけないで。和島さんも、私の家族の話を勝手にしないでください。私はただ戦えるのに戦わないやつが嫌いなだけです……」
言い終えた後、瀬礼朱は視界の隅で三枝木の様子をうかがう。少しくらいは己の決断に後ろめたさを感じただろうか、と。
しかし、三枝木は顔は景色の方へ向けられ、その表情を知ることはできなかった。
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