【きっと認めてもらえたなら】
アルバロノドフと対峙する僕だったが、その脳裏には両足を失って絶望の顔を見せた馬部さんの姿が過っていた。さらに言えば、槍の一突きで絶命した勇者の姿も。
ここまで、必死にやってきたけれど、いざアルバロノドフを目の前にすると、あのときの恐怖で足が震えてしまう。
「行くぞ、勇者」
アルバロノドフが一歩前に出る。
その足元の血だまりは、さらに広がっていた。立っているだけでやっとなのかもしれないが、やつの槍は一振りであってもブレイブアーマーを破壊し、装着者の体を切断してみせる。
一発だ。
一発だけでいいから、やってみせるんだ。
僕は分かった。
分かっているつもりだ。
優しいだけじゃ、誰も助けられない。
強いだけでも、誰も助けられない。
だから、僕は証明しなければならない。
優しくて強い人間が、ちゃんといるんだって。
「かかってこい、アルバロノドフ!」
僕は腰を落とした。
そして、右足にプラーナを集中させるイメージを。
すると、力が集中していることを示すように、右足が激しい光に包まれていった。これまでにないほど光が激しくなると、耳元でブレイブアーマーのサポートプログラムが言った。
『チャージ』
アルバロノドフが槍を振り上げつつ、飛び込んでくる。
逃げ出したい気持ちはあった。
だけど、そうしてしまったら、僕はあの槍で真っ二つにされてしまうだろう。恐怖を乗り越え、僕も飛び込むんだ!
「ブレイブ、キック!」
僕は軸足で地面を蹴り、間合いが消失すると同時に、空中で回し蹴りを放った。
槍とキックの一撃が交差。
アルバロノドフは槍の一振りと同時に、後方へと駆け抜けた。
僕は着地と同時に、体の違和感に気付く。
右の横腹がおかしい。ゆっくりと自分の体を見下ろしてみると、ブレイブアーマーが砕け、腹の肉が抉れていた。ブレイブアーマーも限界を迎えたのか、強制的に変身が解除されると……
血が。
血が吹き出した。
さらに、激しい吐き気が。
耐えられず、吐き出すと、それは黒い血の塊だった。
死ぬ。
それは本能的に感じるものだった。
負けた。
負けて、死ぬんだ……。
「セルゲイ!」
痛みと激しい出血の恐怖に、僕の呼吸は乱れていったが、アリサさんの声に振り返らずにはいられなかった。
そこには、膝を付くアルバロノドフと、それを支えようとするアリサさんの姿が。やつも限界がきたのか……と思ったが、右の脇腹あたり、鎧が砕けていた。
当たった。
当たったんだ。
僕のキックが。
だけど、頭がふらふらして、視界も狭くなっていく。やばい、本当に死ぬかも……。
「誠!」
あれ、フィオナの声。
ダメじゃないか。
せっかく、アルバロノドフを止めたのに、出てきたら……。
守らないと。
戦わないと。
しかし、僕は限界だった。足に力が入らなくて、膝を付いてしまう。
「囲め! あいつがアルバロノドフだ! 討て!」
遠くで誰かが怒鳴っている。いや、すぐ近くなのかもしれない。聴覚も、なんだかおかしかった。でも、その声は近いものだったらしく、
ブレイブアーマーを装着した勇者たちが、アルバロノドフとアリサさんを囲っていた。
「ま、待って……!」
待ってくれ、と僕は二人に向かって手を伸ばす。
違うんだ。
殺さないでくれ。
その二人は、オクトが憎いわけじゃないんだ。
「近寄るな!」
叫ぶアリサさんから何かが飛び出した。いや、尻尾か。尻尾で取り囲もうとする勇者たちを振り払ったのだ。
「行こう、セルゲイ。今回は負けたけど、私たちはまだ戦えるよ」
そう言って、アリサさんはアルバロノドフの体を支え、立たせようとする。そんな彼女と目が合った。
行かないでくれ。
もう一度話を……。
そしたら、きっと今とは違う生活だって、選べるはずだ。
そんなことを訴えたかったが、もう口は動かなかった。
「マコト、じゃあね。私を助けてくれて、ありがとう。本当に、嬉しかったよ」
彼女はアルバロノドフを抱えてもなお、凄まじい跳躍力で甲板から飛び去った。僕は追いかけようと、踏み出そうとしたが、逆に力が入らず、その場に倒れてしまう。
「誠!」
フィオナが駆け寄ってくれたみたいだ。彼女が僕の体をひっくり返したのか、仰向けの状態になる。何とか、うっすらと目を開くと、僕を見下ろすフィオナの顔があった。
「……凄い血! 治療を! あ、いえ、私がやる」
お腹の辺りが温かくなった気がした。でも、それは一瞬のことでどんどん寒さが増して行く。目も開けていられなかった。
「誠! ダメ、目を開けて!」
フィオナの声が遠く感じる。
凄く近くにいるはずなのに。フィオナ以外にも、誰かが僕の名前を呼ぶ声がした。でも、あまりにぼんやりとした声で、誰のものかは分からない。
うわー、死んだな。これは。
でも、僕にしては頑張ったんじゃないか?
ちょっと前まで、教室の隅でおどおどとした学校生活を送っていた僕が、異世界でお姫様を守るために、戦争して、敵の将軍と一騎打ちしているなんて、誰も想像できないだろうな。
「誠」
誰かの声。
それが、前の世界で過ごした日々をフラッシュバックさせる。あっちの世界は、本当に最悪だった。
でも、もう一度戻れるとしたら?
少しはマシな自分を見せられたのかもしれない。
……嗚呼、もう関係がない世界だと思っていたけれど、未練があったみたいだ。
こっちの世界は、僕のことを認めてくれる人が、少しはいるかもしれないけれど……。
あっちの世界の誰かにも、少しは認めてほしかったなぁ……。
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