◆失われた日々を求めて②
赤い女勇者が、アリーサに飛びかかる。
地を蹴って一瞬で間合いを詰めると、右ストレートを放ってきた。アリーサは跳躍してそれを躱しつつ、女勇者の頭部に向かって、爪を振り下ろす。
女勇者は身を低くして、それを回避した。
が、アリーサは女勇者を飛び越えるようにして、背後へ回ることに成功する。背中を爪で引き裂いてやろうとしたが、女勇者の反応も速い。
振り返りつつ蹴りが突き出され、アリーサの腹部に刺さった。その威力に、アリーサは思わず膝を付いてしまう。
「これで終わると思うなよ!」
女勇者の追撃。
アリーサの側頭部を狙った回し蹴りだ。
アリーサは身を逸らして何とか躱しつつ、すぐに後ろへ飛び退がる。
「そっちこそ、この程度だと思わないでよ!」
アリーサの臀部から、サソリのような尾が生まれた。
しかも、それは数メートルに及ぶほど長く、先端は槍のように鋭い。アリーサは遠い距離から尾を、それこそ槍のように使って女勇者に攻撃した。
女勇者は右へステップしてそれを裂けたが、アリーサの尾は一度退いてから、再び突き出される。連続して繰り出される攻撃をかわす女勇者。
「お前、マコトとどういう関係だ!」
アリーサの問いに、女勇者の動きが、一瞬だけ鈍った。その隙を狙い、アリーサは尾で攻撃しつつ間合いを詰め、爪を突き出す。
それが女勇者の体をかすめ、ブレイブアーマーから火花が散った。女勇者がよろけたところに、尾を突き出す。が、女勇者は両手でそれを受け止めてしまう。
「やっぱり、マコトが気になっている女って、お前のことだな!」
「な、なんのことだ」
爪で攻撃、と見せかけ、足払いで女勇者を倒す。
今度こそ、爪でとどめを――
と思ったが、女勇者は倒れた状態からアリーサの腕をつかみ、両足を首に絡めてきた。見たことある、三角締めというやつだ。
女勇者の技はアリーサの首を圧迫し、呼吸を奪っていく。さらには、腕を捻じ曲げられ、へし折られてしまいそうだった。
「お前こそ! 誠にちょっかい出してないだろうな!」
女勇者の感情が入ったのか、さらに首が絞めつけられる。
このままでは、意識を失ってしまう!
アリーサは尾を操り、女勇者の顔面に狙いを定めた。突き出される尾の先端。女勇者は瞬時に危機を察知したらしく、アリーサを蹴り上げ、尾の狙いを逸らすと素早く立ち上がった。
「ちょっかい、出しまくってやったよーだっ!」
アリーサの挑発に、女勇者は拳を握りしめた。
「悔しいか? マコトを好きにされて悔しいか?」
「誠に何をした……?」
「そんなにマコトが好き? 残念だけど、あんたを倒してマコトを迎えに行ってやるよ。マコトは、私のこと好きだからね! 大大大好きだなんだからね!」
「絶対に……殺す!」
女勇者は強い。
しかし、精神的にはまだまだ幼いようだ。この程度の挑発に乗るなんて。
女勇者が不用意に踏み出してきたところを、地にはわせていた尾で足をすくう。そして、転倒した女勇者の足に尾を巻きつけ、つるし上げてから、爪で切り裂いた。
逆さにつるされた女勇者は、何とか拘束を解こうとするが、アリーサの尾は強力だ。簡単には逃れられない。そして――。
「オクト自慢のブレイブアーマーも、私の爪の前では無力だよ!」
今度は心臓を狙う。
アリーサは爪に力を込め、一気に女勇者の胸に向かって突き出した。
しかし、女勇者は腹筋の力だけで身を起こしてそれを躱したと思うと、腕でアリーサの尾を払った。
アリーサの尾に痛みが走る。すると、地面にぼとりっ、と音を立てて、アリーサの尾が落ちた。
何かに斬られた……?
「ブレイブスラッシュ」
女勇者が呟く。
彼女をよく見ると、その腕には魚のヒレらしいものが生えていた。しかも、それは刃のような切れ味を感じさせる。
あれで、アリーサの尾を切断したのだろう。
「得意気に見せつけてくれたけど、その程度なら強化兵は倒せないよ」
アリーサの切断された尾が再生する。女勇者からしてみると、一つ武器を奪ったつもりかもしれないが、アリーサの尾は彼女の体力が失われるまで、何度だって再生が可能だ。
しかし、女勇者は少しも動揺した様子はない。それどころか、呆れたように言うのだった。
「仕方ないな。少しだけ……本気を出してやるよ」
アリーサの背筋に寒気が這う。
それは、死の予感だった。
逃げた方がいい。
それが正しい判断だ。
でも、背を向けても死の感触から逃れられないような気がした。
女勇者が腰を下ろす。
その距離は五歩や六歩で詰まるものではない。
それにも関わらず、女勇者からは必殺の一撃を放つ気配があった。
しかし、この距離だ。
致命的な一撃に当たることはないはず。
だとしたら、こちらから攻撃してやる!
アリーサは尾で女勇者を襲撃した。そのとき、女勇者が地を蹴る。
それだけで、二人の間合いが瞬時に消失し、女勇者がアリーサの腰に組みついた。
受けて止めてやる、とアリーサは腰を落とすが、凄まじい勢いにそのまま押し倒されてしまう。
(なんて凄いタックル!)
驚きながらも、アリーサは立ち上がろうと、女勇者を押し返そうとした。が、女勇者は目の前にいない。
ずんっ、と背中に重みが。
「捕まえたぞ」
女勇者の声が背後から。
どうらや、立ち上がろうとするアリーサの後ろに回り、背中に乗ったようだ。
さらに、女勇者はアリーサの腰に両足を絡めると共に、右腕を首に巻きつけてきた。尾で引き離そうとするが、女勇者は空いていた左手でそれを捕まえてしまう。
「覚悟しな。ブレイブ、スラッシュ!」
女勇者の両腕両足から、あの魚のヒレようなものが飛び出す。それはアリーサの強化された体に突き刺さった。だが、女勇者による必殺の一撃はこれだけではない。
両腕両足のヒレが、電動ノコギリのように振動し始めたのだ。
「ぎゃあああーーーっ!」
アリーサは思わず、悲鳴を上げる。体を引き離したいが、女勇者は巧みにアリーサの体を拘束し、逃がしてはくれない。
肉が削れ、引き裂かれていく。
体のあらゆるところから、血が噴き出した。
抵抗する手段を奪われ、肉を切り裂かれる感覚に、少しずつ意識が遠のいていく。
視界が狭くなっていく中、アリーサは考えることは一つだ。
セルゲイ。
今、どうしているのだろう。
私のこと、怒っているのかな。
もう立っていられない。
血だまりの上に両膝を付くと、なんだか体が軽かった。
もう痛みもない。
これが死ぬということか。
いや、死ぬわけにはいかない。立って、戦うのだ。
戦って、セルゲイに思い出してもらうんだ。
自らの血だまりの中で立ち上がるアリーサ。体が砕けてしまいそうだが、それでも力強く、二本の足で立ち上がった。
「勇ましいな。ならば、一緒に行くか?」
その声に、アリーサの視界が一瞬で晴れた。聞き違えるわけがない。
この声は……。振り返ると、そこには白い鎧に身をまとう、
いつものアルバロノドフの姿が。
「どうして……?」
どうして、ここにいるのだろう。
この人が戦う理由は、もうないはず。
だったら、愛する人のところへ行けばいいのに。
そんなアリーサの気持ちなど、彼はまるで関心がないといった様子で言うのだった。
「行くぞ。そして、私と共に戦場を駆け抜けるのだ。いつものように!」
「……うん!」
あたりを見回すと、先ほどの女勇者の姿が。アルバロノドフから不意打ちの一撃を受けたのか、大の字に倒れている。
「色々、意地悪を言って、ごめんね。大丈夫、マコトは貴方のこと大好きみたい。だから、ちゃんと生き残って……マコトを守ってあげてね」
女勇者は何か言葉を返したようだったが、聞き取ることはできなかった。
「アリーサ、行くぞ!」
アルバロノドフの呼びかけに、アリーサは応える。
「分かってるよ!」
たぶん、これが最後だ。
アルバロノドフは、この場所を選んでくれた。
だったら、もう迷わない。
この人と二人で、最後まで走り抜けよう。
アリーサは、先を行くアルバロノドフの背中を見て、微笑みを浮かべた。
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。
「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!




