◆失われた日々を求めて①
モニターを眺めたまま動かないアルバロノドフだったが、明らかに動揺した様子で司令室から出て行ってしまった。
「セルゲイ!」
アリーサが追うと、彼は屋上に出て、遠くを眺めていた。その方向には、アニアルークがある。
「私は……何を守ってきたんだ。誰のために戦っていたんだ」
握りしめた拳を目の前の手すりに叩きつけると、崩れるように膝を付き、人目を憚ることもなく、涙を流すアルバロノドフ。アリーサはその背を抱きしめようと、一歩前に出た。
が、アルバロノドフは顔を上げる。
「アニアルークに帰ろう」
「え?」
「今からでも遅くない。アニアルークに帰って、エレナと一緒に戦おう」
そんなアルバロノドフの決断を聞いて、アリーサの心の中に冷たい何かが流れ込んできた。背後に近寄るアリーサに気付くことなく、アルバロノドフはアニアルークの方角を眺めながら、一人呟き続ける。
「きっと、エレナも待っている。でも……魔王が出てきたらどうする? そのときは……彼女と死のう。それしか、私に残された道はない」
「もういいよ、セルゲイ」
アリーサはセルゲイの背後に近づくと、大型のアーミーナイフを彼の背中に突き刺す。強化兵に変化する前の彼の体は、ナイフを簡単に受け入れた。
「あ、アリーサ……?」
振り返ろうとするセルゲイに、アリーサは言う。
「セルゲイ。もう休もう? 戦う意味なんて、もうないよ」
手を染める赤い血。
それを見て、アリーサは一瞬だけ冷静な自分を取り戻す。
が、もう取り返しのつかないことをしてしまった、と気付いてからは、その場に立ってはいられなかった。
彼女の絶叫がアッシアの空に響く。
彼女は血を流すアルバロノドフを放って、戦場に飛び出した。彼の死に場所は、あの女がいる戦場ではない。私と一緒にいる、この戦場こそ、彼の死地となるべきなのだ。
戦況はさらに劣勢へ傾いていた。オクトの兵はイザール基地の目の前まで迫っている。
「ここは私が守る。みんな、奮起して立ち向かえ!」
アリーサの声に、兵士たちが応えた。
でも、兵士たちが信じているのは、アリーサではなくアルバロノドフだ。彼女がここにいるということは、アルバロノドフが戻ってくる、と信じているのだ。
強化兵に変化したアリーサは、前へ前へと進み、次々とオクトの兵を屠った。これなら、まだ巻き返せるかもしれない……
と思ったが、先程とは敵兵の質が明らかに変わっていた。
(勇者たちがきたか!)
アリーサの勘は正しかった。
オクト独自の技術で開発された、ブレイブアーマーをまとった勇者たちが次々と現れ、仲間たちの進軍を押し返してしまう。
「みんな、持ちこたえろ! アルバロノドフ様がくるまで!」
そんな声が方々から聞こえてくる。ここで、アリーサが同じように周りを鼓舞すれば、さらに指揮は上がったのかもしれない。だが、アリーサにはできなかった。
ここは、自分がやるしかない。
アリーサがさらに前へ出ると、勇者らしき男に阻まれる。
「ブレイブチェンジ!」
緑色のブレイブアーマーをまとった勇者が、アリーサに向かって剣を振りかざした。アリーサは強化によって巨大化した爪でそれを払う。五本の指から突き出るそれは、アルバロノドフに突き刺したナイフよりも巨大で鋭い。
爪でブレイブアーマーを斬り裂き、鳩尾を狙って蹴りを突き出す。勇者は蹴りの威力に吹き飛び、アリーサの視界から消えた。
が、背後から殺気が。
アリーサが振り返ると、別の勇者が剣を突き出そうとしていた。アリーサは身を捌いて、それを回避しつつ、爪を勇者の腹部に突き立てる。確かな手応え。勇者の断末魔と返り血がアリーサを染めた。
アリーサは爪を引き抜き、今度は仲間と対峙する勇者へ襲い掛かった。アリーサの体は勇者たちの血で染まっていく。勇者たちの血を浴びれば浴びるほど、アリーサの力も増すようだった。これまでにない興奮状態により、アリーサは今までにない力を発揮していたのだ。
「見ろ! オクトの勇者どもは恐るるに足らず! 押し返せ!」
そんなアリーサの姿に、仲間たちも奮戦するはず。
しかし、現実は甘くなかった。
どんなにアリーサが驚異的な力を発揮しても、仲間は倒され、勇者たちはイザール基地の方へ向かってしまう。
「行かせるか! お前たちなんかに、セルゲイは殺させない!」
強化兵に変化する前に受けた傷は、簡単に治癒することはない。例え、変化した後でも修復が遅くなってしまうのだ。そのため、今のアルバロノドフが勇者たちを迎え撃つのは難しいだろう。
それなのに、勇者たちはアリーサを避けて、イザール基地へ向かう。一人や二人の足を止められたとしても、アリーサ一人でどうにかできるものではなかった。
(これ以上はまずい。セルゲイのところに戻るか? でも……きっと怒っている。裏切られたって、怒っている)
それでも、自分以外の人間が彼の命を奪うなんて……。イザール基地へ戻ろうとするアリーサだったが――。
「見つけたぞ」
今までとは敵意の質が違う、その声にアリーサは思わず振り返る。
すると、そこには赤い髪の美しい女が立っていた。
左腕にあるリングは、勇者の証。女は獰猛な獣を思わせるような笑みを浮かべると、アリーサに一歩近付いた。
「お前、誠をさらった女だろ? 探したぜ。お前は、絶対に私がぶっ殺す」
……マコト、と言った。
この女、マコトの知り合いか?
だが、マコトとは比べ物にならないほど、殺気に満ち満ちている。危険な存在であることは間違いなかった。
「逃げられると思うなよ」
女は左腕のリングをつかんだ。
「……ブレイブチェンジ」
女の体が光に包まれる。
光が消えると、そこには赤いボディに緑色の複眼を輝かせる勇者が立っていた。
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