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◆英雄の影⑤

二人は、イワンの命令で強化兵になった。強化兵はアトラ隕石の破片を体に埋め込むが、その副作用は人によって異なり、大小も異なる。


ただ、今まで以上に高揚的になり、今まで以上に深く気落ちするといった、精神的な浮き沈みの激しさは共通だ。アリーサは高揚することが多かったが、アルバロノドフは酷く気落ちする日が多かった。


「俺は正しいのか? 正しい道を選んだのか? アニアルークの人たちは、今何を思っている?」


そういって、彼女の膝に顔をうずめながら自問するアルバロノドフのあ頭を撫でるが、アリーサはそのたびに思う。


アルバロノドフが気にかけているのは、アニアルークの人々のことではない。エレナという女一人のことだ。自分がどんなに傍にいても、慰めても、その未練は消えていないのだ、と。


「大丈夫だよ。セルゲイが頑張っているから、今日もアニアルークの人たちは朝ごはんを食べて、働きに出て、そして帰って愛する人たちと眠っている。全部、セルゲイのおかげなんだよ」


「なら、国の誇りは? 自由は? 幸福を感じているのか?」


それも、エレナにとっての誇りであり、自由であり、幸福でしかない。アリーサの前で、アルバロノドフは英雄でもなければ戦士でもなかった。ただの弱い男。そんな彼の姿を受け止めることが、アリーサの役割であり、同時に求めていた関係性だった。しかし――。


「セルゲイ、自分で選んだ道を信じてよ」


毎度繰り返される問答に、アリーサの心は疲弊していたのか、つい精度の低い言葉を返してしまった。アリーサからしてみると、疲労による小さな弛みでしかなかったが、それはアルバロノドフを強く刺激してしまうのだった。


「自分で選んだ道……?」


顔を上げたアルバロノドフの形相。

それは、今まで戦場でも見せたことがないものだった。


「私が選んだのではない! お前が選んだのだろう!」


アルバロノドフは立ち上がり、アリーサを見下ろす。


「ど、どういうこと……?」


「お前が正しいと言った。だから選んだ!」


「おかしいよ! それはセルゲイが……!」


振り上げられた右手。

そのとき、アルバロノドフが初めてアリーサに手を上げた。最初こそ謝罪したアルバロノドフだったが、彼の暴力は少しずつ日常化していった。


殴られるたびに、アリーサは思った。

この人は、エレナのことを想って苦しみ続けている。そして、その苦痛を吐き出すために自分を殴るのだ。


この人の人生は、どこまで行っても、あの女のものなのか。


いや、そんなことはない。

いつかは気付く。気付いてくれる。


私が何よりも大切だということに。誰よりも私が貴方を愛しているということに。


だから、マコトとは一緒に行かない。

セルゲイの傍で、この戦いを続けるのだ。もしかしたら、これが最後かもしれないけれど。自分は死ぬかもしれないし、セルゲイだって死ぬかもしれない。


だけど、きっとその瞬間こそ、セルゲイは気付いてくれるはず。




港にオクトの軍艦がずらりと並ぶ。

それは、想定していたよりも遥かに多かった。黙り込む仲間たちをアルバロノドフが鼓舞する。


「みんな聞け。確かに、現状はオクトが数で上回っている。だが、我々の兵士としての経験と誇りは、やつらを遥かに上回っていると、全員が自覚しているはずだ。それに、今もワクソームから援軍が向かっている。数で逆転するのも時間の問題だ。それまでは、この私が諸君らを守ろう!」


時間がきた。

オクトの兵士たちが次々に港へ降りてくる。イザール基地から遠距離魔法攻撃を放つが、防壁魔法が展開された。港は一種でオクトの兵士たちに溢れ、イザール基地に迫ってくる。


「どうするの? 今のところ、数は圧倒されているよ」


アリーサの質問に、アルバロノドフはわずかにも怯えた様子を見せず答える。


「援軍がくるまでは、守りを堅めて時間を稼ぐ。まずは我慢の戦いだ」


「援軍がきたら?」


「一気に突撃だ。次こそ、私がオクトの姫を討つ」


似たような危機は、何度もあった。だが、アルバロノドフはそんな状況を何度もひっくり返してきた。ここは信じるしかない。


しかし、これまでと戦ってきた敵とは違い、オクトの兵は強かった。特に中央を切り開こうとする戦力は各段に強い。このままでは、イザール基地に到達されてしまうだろう。アルバロノドフはアリーサに視線を送る。


「出るか?」

「うん!」


アリーサは戦場に出て、戦いながら思った。一緒に戦っていると、純粋な絆だけを感じられる。お互いに助け合って、守り合って、一緒に進む。きっと、昔のようにアルバロノドフのことを想うことはできない。ただ、この瞬間だけは昔のように想える。彼もそう感じていてほしい、と。


しかし、二人が出ても戦況は大きく変わることはなかった。カザモ基地を攻めたときは違い、経験豊富な勇者の数も違うようだ。アルバロノドフとアリーサは一度基地に戻った。


「援軍は?」


アルバロノドフが部下に聞く。


「そ、それが……イワン様から通信がきています」


イワンの顔がメインモニターに映し出された。


「やぁ、セルゲイ。お互い時間を無駄にできない。要件だけ伝えよう。結論から言って、援軍は出せない」


「な、なんだって?」


「もちろん、嫌がらせではないよ。君も大変な状況で、まだ知らないようだが、こちらも大変な状況になってしまった。これを見たまえ」


モニターの映像が切り替わる。

そこには、信じられないものが映った。


「旧政府軍は、今一度アッシアに対する抵抗運動を開始します。アニアルークの戦士たち、今こそ立ち上がってください!」


それは、アニアルークの大衆の前で声をあげるエレナの姿だ。


アリーサは愕然としつつ、横にいるアルバロノドフの表情を確認する。そこに立っていたのは、英雄と言われた男の姿ではなく、世界から見放された惨めな男の姿だった。


モニターが再びイワンを映す。


「というわけだ。やられたよ、オクトは準備していたんだ。戦いが始まるタイミングで、旧政府軍に立ち上がるよう、交渉していたのだろう。おまけに、やつらはアキレムの支援を受け、それなりの戦力を揃えている。こちらを対処するためにも、君たちに援軍を送る余裕はないのだ」


「アニアルークはどうなるのですか……?」


アルバロノドフの震える声に、イワンは表情一つ変えることはない。


「炎に包まれるだろうな」


無慈悲な言葉に、アルバロノドフは言葉を失う。そんな彼の心を、イワンは知ろうともしなかった。


「では、そちらは君に任せたよ。セルゲイ、君の武運を祈っている」


イワンはこちらの言葉を聞くことなく、通信を切ってしまった。

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