◆英雄の影②
それから、アリーサはアルバロノドフとエレナの関係性を観察した。アルバロノドフとエレナの関係が公になっても、二人の気持ちを見逃さないように、ただ遠くから眺め続けたのだ。
だから、アリーサはエレナという女を理解するまで、それほどの時間を必要としなかった。
アルバロノドフが、仲間から賞賛される横で、
助けた人々から感謝される横で、
権威ある人々と握手する横で、
エレナは控えめに微笑むような女だった。だが、そこに優越感が混じっていることを、アリーサは見逃さなかった。
いつか二人の関係は崩れる、とアリーサは確信していた。アルバロノドフという存在が彼女の欲するものを与えないと理解したとき、それはやってくるはずだ、と……。
そんな日々が、数年続いた。アニアルークという国は既に滅びていたが、アルバロノドフとエレナは旧政府の象徴として、抵抗活動を続けていた。アリーサも兵士として成長し、昔から世話をしてくれていた、ワジムの部下として戦場に出ていた。
しかし、その頃は親代わりであるワジムがこんなことを言うようになっていた。
「アリーサ。俺が死んだら、お前がセルゲイを補佐してやるんだぞ。それだけの知識は、ぜんぶ詰め込んだつもりだ」
それを聞くたびに、アリーサは呆れた顔を見せる。
「ワジム、いい加減にしてよ。あと少しで首都も取り返せるかもしれないのに。そんな弱音は聞きたくないよ」
「分かっている。分かっているが、もしもの話だ」
ワジムが弱音を吐く理由は、アリーサも何となく理解している。旧政府軍と呼ばれるようになってから長いが、ここ数年、アルバロノドフとエレナの喧嘩が絶えない。
どんな議論も、意見が別れてばかりなのだ。その不協和音は軍全体に広がり、指揮を下げている。特に、ワジムのような古くからいる兵たちは、それを強く感じ取っていた。
そんな状況の中、首都奪還作戦が開始される。旧政府軍にとって、すべての力を注ぎ込むような、大規模な作戦だった。
しかし、アリーサは参加せず、遠方で拠点の守備を命じられてしまう。しかも、エレナの護衛責任まで追うことになった。
「アリーサ。ちょっと待って」
その日、仕事を終えて、自室に戻ろうとしたところ、エレナに引き止められた。
「なんでしょうか」
「……最近のセルゲイ、貴方はどう思っているの?」
「なぜ、そんなことを聞くのですか?」
「それは、その……最近、彼のことが少し分からなくなって。昔から、あの人の傍にいる、貴方の意見が聞きたくなったの」
そう言って目を背けるエレナの姿を、アリーサは観察し、気付く。
左手の薬指に、光るリング。
それを見なかったふりをして、アリーサは答えた。
「……私は、あの方を尊敬しています。長い間、戦いが続き、変化はあったかもしれません。しかし、いつでも強い愛国心と勇気をもって、戦いに挑む人です。私はこれからも、あの方と一緒に戦うつもりです」
「……本人にそのつもりがなかったとしたら?」
「どういうことですか?」
エレナは躊躇いがちに話す。
「貴方の心の中だけでに止めていて欲しいことだけれど、セルゲイは降伏を考えているらしいの。抵抗するから戦いが続く。同士の命を、これ以上は失いたくない、って」
確かに、それも一つの道だ。
アリーサは否定も肯定もしなかった。だが、エレナは感情的な姿を垣間見せた。
「私は降伏なんて絶対に嫌。アッシアは暴力で人を従えようとする、恐ろしい国だわ。ここで、私たちが折れてしまったら、人の尊厳が、自由が否定されることになる。そんなことが……許されるかしら?」
エレナは明らかにアルバロノドフに対し、怒りに近い感情を抱いていたが、自分に何かを言い聞かせるように、何度も薬指にあるリングに触れている。
「……私には、分かりません」
アリーサが短く答えると、エレナは寂し気に笑った。
「ごめんなさい。私のような立場の人間から、こんな話をされても、困ってしまうものよね」
それに対しても、アリーサは無言を続けた。
だが、腹の中では、エレナの言いたいことを十分に理解している。エレナは、アッシアに降伏してしまったら旧政府軍の象徴として、多くの人から注目される機会を失ってしまう。
それは、青春の終わりだ。
彼女はそれを恐れている。
そういう女だ。
エレナの部屋を出て、自室に戻る。少しだけ頭も体も休めよう。そう考えていたが、アリーサは夜の闇が光に包まれる瞬間を見る。
それは、首都の方向だった。
こちらが第五章のプロローグにつながっています。もしお時間ありましたら、プロローグもさらっとおさらいしてもらえると嬉しいです。
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