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【もう一度会って】

手を引っ張られ、狭い通路を移動した先は、船の中とは思えないほど、広くて落ち着いた部屋だった。たぶん、フィオナのために用意された部屋なのだろう。


フィオナは部屋のドアを閉めると、手を放して、睨むように僕を見た。


「凄く心配したのだけれど」


怒っている、としか思えないぶっきら棒な口調。心配、してくれていたのだろうか。


「悪かったよ。でも、僕もまさか捕まるなんて、思いもしなかったんだ」


「大して強くないくせに無理しないで。無理すると、次は死ぬかもしれないじゃない」


「そ、そうかもしれないけど……あのときのことは、後悔してないよ」


イロモアでの戦い。

僕は完全にびびっていた。

アルバロノドフの圧倒的な強さを前にして、戦うことができなかった。


だけど、爆弾が放り込まれたときは、フィオナを守るために、ちゃんと動けのだから。


そんな僕の主張に対し、フィオナは諭された子供のように俯いてから、呟いた。


「……分かってます。助かりました」


な、なんだ。

可愛いじゃないか。


普段、あれだけ生意気なだけに、こうやって素直な瞬間を見せられると、僕も反応に困ってしまうぞ。


「でも!」


フィオナが顔を上げると、さっきよりも怒っているように見えた。


「貴方が頼れって言ったんでしょ、支えになるって! それなのに、急に死んじゃったら、どうするのよ!」


「ご、ごめんなさい」


確かに、あれだけ大見得を切ったのだ。すぐに死ぬわけにはいかない。


「次はもっとスマートに助けなさい。私を守ることはもちろん、貴方も無事でいること。分かった?」


「分かりました!」


言いたいことは言ったのか、フィオナは口を閉ざす。が、物足りないといった表情で見つめてくる。


「あと三十分で作戦が始まるって、分かっている?」


……どういう意味だ?

あ、早く戦いの準備をしろってことか!


「は、はい。すぐに準備します」


「違う!」


ち、違うの?

フィオナは、僕たちの間にある一歩分の距離を、半分だけ詰める。


そして、顔を赤らめて僕を見つめる。


「不安で震えが止まらないの。……何でもいいから、安心させなさいよ」


「そ、そんなこと言われても……」


「じゃあ、この前みたいに背中を撫でるだけでいいから」


そう言って、しゃがみこんで待機するフィオナ。急なことで戸惑う僕だったが、睨みつけられてしまう。


「私は王女で貴方の上司なの。だから命令です。早く!」


「は、はい!」


命令なら仕方ない!

僕は怯えながらも、フィオナの背中に触れた。


震える小さな背中は、とても世界の運命を背負っているとは思えない。だけど、彼女は本気なのだ。僕よりも、本気で戦っている。だから、僕も本気で戦わないと……。


覚束ない手つきで背中を撫でると、フィオナが呟くように言った。


「貴方、カザモ基地でアルバロノドフが司令室まで昇ってきたとき、怖気づいて戦わなかったでしょ」


「……すみません」


「私が殺されそうだったのに、戦おうとしなかった」


「ほんと、すみません。マジであのときは怖かったんです」


「許さないからね。本当に許さない」


「……何とか許してもらえないですか? 何でもやるんで」


すると、フィオナが立ち上がり、真剣な眼差しを向けてきた。


「次は無事に帰ってきたら、許してあげる。さっきも言ったけど、戦って、私を守って、だけど無理はしなくていいから、とにかく貴方も無事で帰ってくるの」


「分かった。でも……」


僕は自分のわがままを許してもらう必要があった。


「次の戦い、僕は前に出る。前に出て、アルバロノドフと戦う。戦わないといけないんだ」


「無理しなくていいって言ったでしょ。イロモアのときと違って、勇者と戦士の数も充実している。おそらくは向こうの援軍はない。弱いブレイブアーマーを装着している貴方が前に出る必要ないの」


「そうだったとしても、僕は行かないとダメなんだ。フィオナの安全が確信できたタイミングでいい。僕をアルバロノドフのところへ行かせてくれ」


そして、そこにはアリサさんがいるはず。僕はもう一度彼女に会わなくてはならない。会って、無理やりにでもあいつから引き離さないと。


「絶対に死なないって、約束できるの?」


「うん」


「捕まらないし、大怪我もしない?」


「たぶん」


フィオナは溜め息を吐いた。


「戦いが始まったら、甲板で待機していなさい。タイミングは、こっちで出すから」


そう言って、フィオナは部屋の扉を開ける。


「あそこの階段を下りて少し進んだところで、他の勇者たちも待機しているから、準備を手伝ってあげて」


「フィオナ、ありがとう!」


「いいの。おかげで、私も勇気出たから」


確かに、フィオナの震えは止まっていたし、その目つきも一種の鋭さ、たぶん覚悟のようなものが宿ってた。


部屋を出て、狭い通路を歩き出そうとした僕の背に、フィオナは言う。


「あと、セレッソにはさっきのこと、言わないでよ」


「さっきのこと……?」


「私が震えていたことに決まっているでしょ! あいつにバレたらって思うと、恥ずかしくて死にたくなるんだから」


「わ、分かった」


だが、勇者たちが集まるところへ行くと、すぐにセレッソに見付かってしまった。セレッソは訝しがるような表情で僕を見たあと、クンクンと何やら匂いを確認してくる。


そして、こんなことを言うのだった。


「なるほど。フィオナのやつ……だから、私を遠ざけたのか。おい、誠。綿谷華に黙っていて欲しかったら、オクトに帰ってお前が何をすべきか分かっているか?」


「な、なんでしょうか。女神様……」


「プリン一生分を用意しろ」


そんな金、僕は持っていないからな……。

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