【バイバイ・アリサ】
「マコト。マコト、起きて。イザールに着いたよ」
目を覚ますと、アリサさんが僕をゆすっていた。
「……ずっと、待っていたのに」
僕が呟くと、アリサさんは寂しそうに笑った。
「ごめんね」
僕は身を起こして、彼女の顔を見ると、そこには昨日と違ったところに、アザがあった。
「殴られたの?」
「……うん。でも一回だけ。それに、すぐに治るから。ほら、昨日のところだって、もう治っているでしょ?」
「そういうことじゃない。……そういうことじゃないよ、アリサさん」
僕たちは少しだけ黙り込んだ。
が、アリサさんは明るい声で言うのだった。
「ねぇ、マコト。いい知らせだよ。一時間後に、マコトの仲間がイザール港にやってくるって」
「オクトの、みんなが?」
アリサさんは自分のことのように、嬉しそうな表情で頷く。
「セルゲイも、オクトのお姫様も、戦闘開始は捕虜を……つまりはマコトを引き渡してから、一時間後ってことで了承しているから、無事に帰れるよ」
無事に帰れるって……。
でも、僕が帰ったら、その一時間後には戦いが始まるんだろ?
オクトのみんなと、この船のみんなで。
「戦場では、会わないようにしようね。あ、でも……私が強化兵の姿になったら、誰だか分からないか。そのときは、殺されてあげるから、安心して」
「……アリサさんを殺すなんて、できないよ」
「ううん。殺して。マコトに殺してほしい」
それからは、口数少なく、僕は身支度を整えた。といっても、荷物なんてほとんどない。借りていた服から、拾われたときの服に着替えるだけ。
「あ、そうだ。これ、預かってたけど、返すね」
「ぶ、ブレイブシフト! よかった、どこかに落としたのかと思ってた!」
帰ってニアになくしたって言ったら、全力で泣かれるだろうと、心配していたのだ。
「あははっ、記念にもらおうかなって思ったけど、マコトが勇者として戦うためには、重要なものだもんね」
そう言われてしまうと、複雑な気持ちだ。これを受け取らなければ、アリサさんと戦うことだって、なくなるかもしれないのだから。
二人で部屋を出ると、兵士のみんなが忙しなく荷物を運んでいた。どうやら、船の荷物をイザールの基地に運び込んでいるようだ。
まだ、日が昇る前の時間だが、戦いに備えなければならないのだ。それなのに、すれ違うみんなが、僕に明るく挨拶してくれた。
「元気でな、マコト」
「死ぬなよ。危なくなったら逃げろ。それが生きるコツだ」
「その通りだ。特に俺の顔を見たときは真っ先に逃げんだぞ。分かったな」
こんな感じに。
嗚呼、せめて……みんなの顔と名前が一致するまでは、一緒にいたかった。
いや、顔と名前が一致する前に、別れられたから良かったのか。
真っ暗だった空が、少しだけ赤く変色していた。そんな中、僕とアリサさんはイザール港を歩く。アッシアの風は、オクトと比べ物にならないくらい冷たかった。
「短い間だったけど、マコトと一緒に過ごせて、楽しかったよ」
アリサさんは言う。
「マコトは凄い勇者になる。そんな気がする」
「そんなことは……ありませんよ」
アリサさんは首を横に振った。
「なるよ。これだけ強くて、優しくて……勇敢なんだから。ねぇ、マコト。お願いがあるんだ」
「なんですか……?」
「この戦いを乗り越えて、もっと強い勇者になって……そしたら、魔王とイワンを倒してね」
「イワン?」
「イワン・ソロヴィエフ首相。実質、アッシアを動かしている男の名前だよ。昔からある噂でしかないのだけれど、イワンが倒れれば、この戦争は終わるって言われているの。魔王は、アッシアがどれだけ強くなろうが、領地が広がろうが、そんなこと興味ない。今のアッシアは、イワンの悪意で動いているって」
僕はどう返事をすればいいのか分からなくて、黙っていた。そんな僕に、アリサさんはあの明るい笑顔を向ける。
「まぁ、とりあえず名前だけでも覚えておいてよ。マコトの前に、その名前の男が現れたら、お願いね」
小さく頷く僕の肩に手を置いた。
「よし! じゃあ、最後は明るく別れよう。オクトの船がくるまで、明るい話でもして待っていようよ」
それから、三十分程度、僕とアリサさんは腰を下ろして、海を眺めながら話をした。僕は練習のことやスクールについて、アリサさんもアニアルークの話だったり、アッシアの日々だったり、他愛もない話を続けて、お互い笑いあった。
こんな時間が続けばいい。
そんな風に思ったが、長くは続かなかった。
朝日が昇り始め、空がオレンジ色に変わったころ、オクトの船が海の上に姿を現す。
「時間だね」
アリサさんは立ち上がって、服についた汚れを払うと、笑顔を見せてくれた。僕がアッシアに捕らわれてから、ずっと不安から守ってくれた、あの笑顔を。
「じゃあね、マコト。ずっと、元気で」
船が見える方向とは反対へ歩き出すアリサさん。
これが、彼女と一生の別れになるのだ。そして、彼女はどんな人生を……。
「待って、アリサさん!」
アリサさんが振り返る。
「……アリサさん。一緒にオクトで暮らしませんか?」
「どうしたの、急に」
「僕、アリサさんみたいな人と、一緒にいたいんです。優しくて、周りを明るくしてくれる人と」
アリサさんは、わずかに微笑んで、僕に言う。
「でも、君は……好きな子がいるんでしょ。ちゃんとした、好きな子が」
「だったとしても、アリサさんをアッシアに、あいつのところに……帰らせたくない」
僕は気付いた。
アリサさんの後ろ、少し離れたところに、ガジが立っていることに。
たぶん、あいつはアリサさんのことを見張っているのだ。いや、待っているだけなのかもしれない。彼女は自分たちを裏切るわけがない、と信じて。
「マコト、嬉しいけど、ダメだよ。私はセルゲイを守らないと」
「でも、アリサさんがやらなくなっていい!」
「そうだね。私である必要があるは、ないかもね」
「だったら――」
「でも」
アリサさんが僕の言葉を遮った。遮って、彼女は本心を僕に告げる。
「でも、私はあいつを好きだから……。好きだから、どこにも行かない。最期まで、あいつと一緒に戦うんだ」
あいつが好き。
彼女の言葉に、僕は引き止める術を奪われたような気分だった。
「バイバイ、マコト」
朝焼けの中、アリサさんが僕から離れていく。ガジは自分の横を彼女が通り過ぎると、何か言葉を交わした様子もなく、その後をついていくのだった。
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