【本当に優しかったら】
訓練の後は昼食があって、昼食の後は掃除があった。どれもアリサさんの参加は必須らしく、彼女は重たい体を引きずって、すべての作業をこなした。そして、夕方は全員が集まってアルバロノドフの訓示を聞くことに。
「明日の早朝、我々はイザール港に到着する。だが、イロモアで戦ったオクト軍が本隊と合流し、我々を追跡していることが分かっている。つまり、イザール港に到着し、休む間もなく、戦いが始まるだろう。イザール基地に到着したのち、首都からの援軍もくる予定だが、油断はならない。今夜は早めに休み、次の戦いに向けて英気を養うように。以上だ」
もっと、長々と話が続くのだろう、と思っていたが、意外に早く終わった。これで、アリサさんも休めるだろう、と少しだけほっとするのだった。
「マコト、部屋に帰ろ!」
アリサさんも解放された顔つきで僕の腕を引っ張る。これは、また朝みたいに、抱き枕扱いされてしまうぞ!と思ったが、
アリサさんはその腕をつかまれ、引き止められた。アルバロノドフに。
「アリーサ。私の部屋にこい」
「……何言っているの?」
「今夜は二人で過ごす。ゆっくりできる、最後の夜かもしれない」
「……嫌だよ。離して」
周りも空気を察したのか、黙り込んでこちらの様子をうかがっている。その中には、ガジもいた。
「いいから、俺の部屋にこい」
「なんであんたの相手しないといけないわけ?」
「こい、と言っている」
「私は、嫌だって言っているの!」
アルバロノドフの手を振り払い、アリサさんは僕を引っ張って、狭い通路を進んだ。部屋に戻ると、アリサさんはすぐベッドで横になった。
「アリサさん。やっぱり、アルバロノドフは……」
「自分が寂しく感じたときだけ相手しろとか、最低じゃない? ああいう自分勝手なところ、本当に大っ嫌い」
まるで、僕の質問を遮るようだった。
「急にあんな感じで甘えてくることもあるんだけど、少しでも機嫌を損ねたら、やっぱり殴るんだよ? どんなに優しくても、急におかしくなるんだから」
そこまで言うと、険しい顔が歪んでいった。たぶん、涙をこらえているのだ。
「昔は、あんな人じゃなかった」
僕は彼女にかけるべき言葉がなかった。
きっと、本当に優しかったら、本当に強かったら、
彼女をこの絶望の中から救い出せるのではないか。そんなことばかり考えてしまうのだった。
「もういいよ、あんなやつのことなんか。マコト、寝よう。ほら、こっちきて」
そう言って、アリサさんはベッドの空いたスペースを叩く。のろのろしていると、彼女は僕を引き込んで、そのまま抱き枕にして目を閉じてしまった。
彼女の寝息を聞きながら、ハナちゃんやフィオナがどうしているのか考えた。明日の朝、この船はアッシアに着く。そしたら、解放してもらえるのだろうか。
でも、僕が解放されたら、アリサさんはどうなる?
ここで戦い続けるのだろうか。アルバロノドフと一緒に。
それから、十分も経っただろうか、というタイミングで、アリサさんが突然口を開いた。
「やっぱり、行こうかな」
「え?」
「セルゲイのところ、行かないと」
「でも、さっき殴られるから嫌だって……」
アリサさんは身を起こす。
この十分間、寝ていたように見たけど、ずっとアルバロノドフのことを考えていたのだろうか。
アリサさんは言う。
「そうだけど……それ以上に、あいつ不安なんだよ。そんなの、分かっていたことなのに、なんであんな酷いこと言っちゃったんだろう」
意味が分からなかった。
僕から見れば、アルバロノドフなんて人前で偉そうなことばかり言うだけで、あとは暴力で人の意思を曲げようとする最低野郎だ。
あいつが拒絶され、疎まれることは、当然のはずなのに……アリサさんはそれを後悔している。
どうして?
どんな心変わりがあったんだ?
「行ってくる」
ベッドから降りようとするアリサさんの腕を、僕はつかんだ。
「ダメだよ、アリサさん。行ったら、たぶん……嫌な思いをするよ」
「……そうかもしれない。だけど、あいつはアニアルークを出て二十年、ずっと嫌な思いをしてきた。不安と後悔と恐怖でぐちゃぐちゃだったんだよ。私がいないと……本当に押し潰れちゃう」
「例え、そうだったとしても……アリサさんまで巻き込まれるべきじゃない!」
アリサさんが動きを止めた。説得が通じたのかも、と思ったが、彼女は泣き出しそうな目で、こちらを見た。
「マコト、痛いよ。離して」
「ご、ごめんなさい」
僕は素直に手を離した。だが、彼女はドアの方へ向かってしまう。
「アリサさん、行くの?」
「ちょっと、様子を見てくるだけだから」
「……すぐに、戻ってくるってこと?」
「うん」
「でも、やっぱり……」
再び止めようとする僕だったが、彼女は伸ばした僕の手を払った。
「マコトなら、分かってくれるでしょ? 私に優しくしてくれるよね……?」
どういうことだ?
僕はここで何をすべきなんだ?
何が正しいんだ?
分からない。
そして、分からないと思っている間に、彼女は部屋を出ていった。
「すぐに戻るから」
そう言い残して、彼女はドアを閉める。だが、彼女の言う「すぐ」は、一時間でもなければ、二時間でもなかった。
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