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【それってDV彼氏じゃない?】

甲板に出る前、アリサさんは一度自分の部屋に戻ると言い出した。


「外は寒いから。上着と毛布を持っていこうよ」


上機嫌なアリサさんの後ろについて、狭い通路を歩いていると……行く先を塞ぐ大きな影が。あれだけの巨躯、確かめるまでもない。


アルバロノドフだ。


「アリーサ、何をしている?」


「何って、マコトに船の中を案内してるだけだよ」


アルバロノドフの表情が険しくなる。


「そんなことは聞いてはいない。私の鎧、調整は終わったのか?」


「終わっているよ。もうやりました」


「では、なぜ面が割れたままだ」


アリサさんの表情も攻撃的なものに変わった。


「あんなの、私には直せないよ! 帰ったらちゃんとした職人にお願いしてください!」


アリサさんの、アルバロノドフにとっては反抗的とも言える態度に、やつの怒気が狭い通路を満たしていく。そして、アルバロノドフの怪力が、アリサさんの部屋のドアを叩いた。


その暴力の凄まじさを語るがごとく、ドアはひしゃげてしまう。


「オクトは我らを追っている。万全な状態を整えなければ、誰かが死ぬぞ!」


その怒号は狭い通路の静けさを、より静かなものに変えた。しかし、アリサさんは引き下がる様子はない。


「戦争なんて、常に万全な状態でいられない。人だって死ぬ。そんなの、セルゲイが一番知っているでしょ!」


「だが、それを最小限にするよう、注意はできる。違うか!?」


「そんなの、みんなやっているよ! みんな全力でやっている。不安なのは分かるけど、人に当たらないで!」


突然、乾いた音が聞こえたかと思うと、目の前のアリサさんがバランスを崩して、通路の壁に肩を打ち付けた。そして、痛みに耐えられないといった様子で、うずくまってしまう。


「え……?」


僕は何が起こったのか、理解できず、自分の目を疑った。でも、間違いはない。アルバロノドフが、アリサさんを殴ったのだ。あの怪力で。


「あ、あんた……何をやっているんだ!」


思わず、アリサさんに駆け寄り、彼女の様子を見る。既に頬が腫れつつあった。


「怪我している……。あんたの力で女の人を殴るなんて、何を考えているんだ?」


僕の問いかけが、アルバロノドフには聞こえないのか、何も言わずに歩き出す。


「アリーサ。面を直しておけ。いいな?」


そう言い残して、アルバロノドフは暗く狭い廊下の奥へ消えていった。


「だ、大丈夫ですか?」


アリサさんは頬の辺りを触れながら、立ち上がろうとした。


「いったーい……。あいつ、ここ最近で一番イライラしているわ」


「あああ、無理しないでください。頭とかフラフラしませんか?」


「大丈夫大丈夫。普通の人間なら顔面が一回転しちゃうところだけど、こう見えて私もアッシアの強化兵だから」


とは言え、頬は赤く腫れたままだ。


「医務室とかないんですか?」


「大丈夫だってー」


だが、僕はしつこく医務室へ行こうと食い下がったので、アリサさんが折れてくれた。医務室には誰もいなかったので、僕は一人で湿布を探す。


「あいつ……いつもあんな感じなんですか?」


「あんな感じって?」


「アリサさんのこと、あんな風に怒鳴って、殴るんですか?」


「あー、うん。ここ何年かはあんな感じ。でも、昔は優しかったよ。優しくて強くて……優しかったかなぁ」


「じゃあ、どうして変わってしまったんですか……?」


彼女の目を見て聞いてみると、寂しそうな笑顔を浮かべていた。


「たくさんものを背負っているし、たくさんのものを手離してしまったんだよ。だから、自分を許せる瞬間がないんだと思う……」


彼女が語る言葉の意味は、僕には理解できなかった。


何とか湿布を見つけ、彼女の頬に貼り、今度こそ甲板へ出た。想像を絶する寒さで、彼女に借りた上着がなければ、すぐに音を上げてしまいそうなくらいだ。


「マコト、見て! 凄い星だよ」


言われるがまま、空を見上げると、そこには光り輝く星々が。僕の人生の中で見てきた、どんな星空よりも、美しい光に溢れていた。


「すごい……」


「でしょ? ほら、こうやって寝ながら見ると楽だよ」


アリサさんは甲板の上に寝転がり、持ってきた毛布で体を覆う。僕も少し離れたところに寝転んだが、彼女が不満げな顔でこちらを見つめてきた。


「何してんの? 寒いんだから、一緒に毛布入ってよ」


「……え、一緒に?」


「当たり前でしょ。早く! 寒さで死んじゃったら、マコトのせいだよ!」


「は、はい」


彼女の言う通り、二人で一緒に毛布にくるまると、温かみを感じた。


「船の移動は好きじゃないけれど、この時間だけは好きなんだよねぇ」


「分かる気がします。綺麗ですね……」


「綺麗すぎて、びっくりしたでしょ?」


「はい。……あと、みなさんが敵の僕に優しくて、びっくりしました。アッシアの人たちって、もっと怖い人たちだと思っていたので」


「あー、食堂にいたみんなは、ほとんどアニアルーク人だからね。純粋なアッシア人だけの船とは、少し雰囲気は違うと思う」


「……そうなんですか?」


「そう。ここの船のメンバーは、ほとんどセルゲイの男気に惚れて、アニアルークからアッシアの兵隊になったやつらばかりんだよ。私も含めてね」


そうか。

アルバロノドフはアニアルークの英雄だったんだよな。


「アルバロノドフは、どうしてアッシアの兵隊になったんですか?」


「……取り引きがあったんだ。これ以上、アニアルークを攻撃してほしくないなら、仲間になれって」


「でも、アルバロノドフは常勝将軍って言われるほど、強かったんですよね?」


「そうだよ。だけど、セルゲイだけが勝ったところで、アニアルーク全土を守れるわけじゃない。だから、セルゲイは分かっていた。自分が頑張れば頑張るほど、戦争が長続きして人が死ぬ。同胞も……愛する人も死なせてしまうって」


アリサさんは形のいい眉を寄せる。そして、星空を睨みつけた。


「だからセルゲイはアッシアについた。多くの同胞から裏切者って罵られることを覚悟した上でね。そんなあいつを守りたい、って私は思ったわけだけど……上手くいかないものだよねぇ」

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