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【分かりやすい男の嫉妬】

「ほら、キスしてあげるから。お姉さんの方に向いてごらん。ほーら!」


「結構です! 大丈夫です! 本当に大丈夫ですから!」


顔を近付けてくるアリサさんを何とか手で押しのける。セレッソのときは不意打ちだったけど、ハナちゃんと約束があるんだ。


他の女の人とキスなんて、絶対にしないぞ!


「頑固な子。好きな子でもいるの?」


「そ、それは……」


動揺する僕の目をアリサさんが見つめる。もう僕の目玉に穴が空くのでは、というくらいの勢いで。


「三人」


突然、彼女が呟いた。


「はい?」


「気になる女の子が、三人いるね」


「は、はい??」


さ、三人。

えっと、ハナちゃんと、……、……。


さ、三人、かも?


「わっかりやすーい」


ツンツンと僕の頬を指で突き刺すアリサさん。


「でも、もう少しで四人になりそうだね。良いんだよ、私のこと気にしてごらん? ほら。ほらほら」


「からかわないでください」


ふふっ、と笑ったアリサさんはベッドから降りる。


「仕方ないから、エッチなことはマコトが私のこと好きになってからだね」


え、エッチなこと?

キスより先も……考えていたんですか?


「じゃあ、行こう。マコトに船の中を案内してあげる!」


「えええ……? 出歩いて、大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。マコトは私の所有物だし、誰もちょっかい出さないよ。お腹も空いているでしょ? なんか食べに行こうよ」


そう言われると、お腹が「ぐうぅぅぅ」と音を立てた。


「ね、行こう!」

「は、はい」


「まずご飯にしようか。この時間なら、食堂にうるさいやつらはいないだろうし」


アリサさんの部屋を出て、狭い廊下を歩く。小窓から見る外は真っ暗。夜みたいだけれど、僕はどれくらいの時間、気を失っていたのだろうか。


狭い船の中だから、きっと食堂もこじんまりしているのだろう、と思ったが、そんなことはなかった。割と広々としていて、スペースに気を使わず食事ができそうだった。


「あれ、アリーサ様。どうしたんですか、若い男連れて」


「げっ、いたんだ」


アリサさんが顔を引きつらせると、食堂にいた男たちの注目が、一斉に僕たちの方へ集まった。


「もしかして、オクトの勇者ですか?」

「マジかよ! どうしてこんなところに?」

「将軍はご存じなんですか?」


男たちが立ち上がり、近寄ってきた。


やばいぞ。

オクトの人間って知られたら、ボコボコに殴られんじゃないか?


「大丈夫だよ。セルゲイの前でこの子を拾ってきたんだし」


僕は背の高い大人たちに囲まれ、萎縮どころから、震え上がりそうだった。誰が最初につかみかかってくるだろうか……。


緊張に体を固くしていると――。


「マジかよ、勇者かよ! 一度話を聞いてみたかったんだ!」


「オクトのランキング戦ってやつ、どうやって参加するんだ?」


「勇者ってことは、ブレイブアーマーを装着するんだろ? あれって、どんな感じだ?」


次から次へと質問が。


なんだなんだ?

僕はあんたたちの敵なんだろ?


「おいおい。勇者が困っているだろ。まずは何か飲ませてやろう。おい、オクト料理はないか? 確か、ラーメンってやつがあったな。あれを食わせてやれ」


なんか優しいんですけど!


「ちょっと! マコトは私のものなんだから! 引っ張ったりしないで!」


と言ってアリサさんに引っ張られる。


「マコト、ここに座ろう」


隅の席に二人で座ったが、ぞろぞろとアッシアのみなさんがついてきて、やはりあっという間に囲まれてしまった。


「マコトって言うのか! 珍しい名前だな」


「マコトは、ランキング戦ではどんなやつと戦ったんだ?」


「マコト、フィリポを知っているか? 俺の友人はあいつの従兄弟だぞ」


「え、フィリポの?」


戸惑っていたが、知っている名前に、ついつい反応する。


「お、やっぱりあいつはオクトでも有名なのか。俺たちの祖国でも英雄扱いだったぜ。オクトで勇者になって、アッシアを倒すんじゃないかってな」


「フィリポは、僕の心の師匠です。で、本当の師匠が三枝木宗次です」


「三枝木? ジェノサイダーか??」


「おい、ジェノサイダーの弟子だってよ!」


それを聞いて、さらに人が増えた。


三枝木さんってそんなに有名だったのか!

敵国なのに大人気。


「もう、マコトは私のものなんだってば! 勝手に話しかけないでって言っているでしょ!」


アリサさんが男たちを追い払おうとするが、どんどん僕を囲う人数が増え、食堂は最初にきた時よりも賑わってしまった。


それから、僕が自分のランキング戦や三枝木さんの話をして、彼らはフィリポやピエトロなど昔の勇者候補について話して盛り上がることに。昔、オクトのランキング戦はネットでも配信されていたため、彼らにとっても人気コンテンツだったらしい。


アリサさんは話についていけないのか、頬を膨らませていたが、時折笑顔を見せていた。僕が知っているものとは少し味が違ったが、ラーメンも食べられたので、なんだかんだ楽しい時間を過ごしてしまうのだった。


「そろそろ就寝の時間ですよ。食堂も店じまいです。全員、部屋に戻ってください」


今まで見なかった、比較的に若い男が手を叩きながら、解散を促す。


「もうこんな時間か」


「戻らないとセルゲイ様に怒られるな」


みんな渋々といった様子で立ち上がり、食器やらグラスを片付け始めた。


「マコト、イザールに到着してもうちの部隊と一緒にいるのか?」


「明日もランキング戦の話を聞かせろよ。皇をどう倒したのか、気になって仕方ない」


「マコト、今度フィリポの従兄弟に会わせてやるからな」


みんな僕の返事なんて聞かずに、楽しそうに笑いながら、食堂を出ていった。あっという間に食堂は静まり返り、僕とアリサさん、解散を促した男だけに。アリサさんは解散を促した男に笑顔を見せる。


「ガジ、ありがとう。あのままだったら収拾つかなかったよ」


「いえ……俺は別に」


「ガジの真面目さのおかげで、いつもみんな助けられているよ」


解散を促した男……ガジはあからさまに顔を赤らめる。人のことは言えないが……


すんごい分かりやすい男なんだな。


「あの、アリサさん。トイレに行きたいんですが……」


「あー、そこを出て右に曲がったところにあるよ」


「自分もちょうど行こうと思っていたので、案内します」


そう言ってガジが立ち上がった。二人で並んで用を足すのだろうか。ちょっと嫌だな……と思っていたら、ガジは用を足す僕の後ろで、ただ立っているだけだった。嫌な空気が流れたが、僕が終わるところで、ガジが話しかけてきた。


「おい、オクト人」


「あ、僕ですか?」


「この船にオクト人はお前だけだ」


そ、そうか。

っていうか、僕はオクト人じゃなくて日本人だから反応に遅れただけなんですけど。


まぁ、そんなこと言っても分かってもらえないよな。


ガジは明らかな敵意を僕に向け、こんなことを言うのだった。


「アリーサ様に近付くな。指先だけでも触れるなよ」


そ、そんなこと言われても……向こうから近付いてくるんですよ?


「もし、アリーサ様と間違いがあったら……俺はお前を、殺す!」


アッシアの人たちも、良い人ばかりなんだな、って思っていたところだったので、ガジの敵意は嫌なほど身に染みた。


嫉妬、という感情があったのかもしれないが、やはり敵なのだと実感するには十分だった。


嫌な空気でトイレを出て、アリサさんのところへ戻る。アリサさんはトイレの出来事なんて知る由もなく、戻ってきた僕の腕に絡みついてきた。


「ねぇ、甲板で星を見に行こう! この時間、本当に綺麗なんだから!」


僕をぐいぐい引っ張って連れ出そうとするアリサさん。僕の背中に突き刺さるガジの視線には、気付いていないようだった……。

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