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【弱いやつは何も守れない】

アルバロノドフは槍の一撃で、ガラス窓を破壊すると、司令室へ足を踏み入れた。すると、彼の顔を覆っていた面具がずるりと落ちる。


現れた端整な顔は、常に戦いを意識するような鋭さがあった。そして、頬にある切り傷が。アルバロノドフは確かめるように、その傷に触れてから言った。


「オクトの勇者、驚異的な強さであった。このアルバロノドフの面を斬るほどの実力者は、この世界にどれだけいるか……」


そうか。

馬部さんが最後に放った一撃は、アルバロノドフに届いていたんだ。


もし、あと少しだけ深かったら、あんな結末には……。


「しかし! ここに私が立っていること、それだけが真実。オクトの姫、フィオナ・サン・オクト殿か?」


司令室の中央に立つフィオナが答える。


「よくぞここまで攻め入りました。貴方の武力、将としての采配、どちらも賞賛に値します」


アルバロノドフが数歩、フィオナに近づく。


ぼ、僕は……何をやっているんだ?


早く変身して、あいつに飛びかからないと。


戦って、フィオナを守らないと!!


焦る僕だったが、アルバロノドフは大きな体を縮め、フィオナの前に膝を付いた。


「フィオナ殿こそ、素晴らしい指揮をとられた。何度も肝を冷やしました」


「世辞もできるとは、さすがは英雄と言われた男。その器を思い知らされます。……立ちなさい。勝者は貴方です」


なんだよ……。

これじゃあ、フィオナは死を覚悟しているみたいじゃないか。


言われた通り、アルバロノドフが立ち上がる。それとほとんど同じタイミングで、いつの間にか誰もいなくなっていた司令室に、何者かが入ってきた。


「アリーサ、きたか」


「下は混乱状態だったから、容易く侵入できたよ」


あの金髪美人は、アルバロノドフが拡声器で叫んでいたとき、隣にいた人じゃないか。ここにきて敵が一人増えるとか……どうなっているんだよ!


「では、姫君の首を拾ってやってくれ」


「了解」


アルバロノドフが槍を構える。


だ、ダメだ!

本当に僕がやらないと!


「ま、待て!」


僕は声を震わせながら、一歩前に出た。一歩、アルバロノドフに近づいただけなのに、死の実感が濃くなった……ような気がした。


「……その腕輪、貴様も勇者か」


「そうだ! フィオナに近づくな。指一本でも触れさせないぞ!」


「指を触れる……?」


アルバロノドフが鋭い視線が僕を貫く。それだけで、わずかな闘志さえも抑えつけられてしまいそうだ。


「高貴な姫君を、血に濡れた手で触れるような無礼は働かん。アリーサ、剣を」


アリーサ、という女性が腰に下げた剣をアルバロノドフに放る。アルバロノドフが槍を置いてから、その剣を抜くと、無駄のない美しい刀身が露わとなった。


「フィオナ殿、膝を付かれよ」


僕はセレッソの方を見る。何か手はないのか、と。しかし、彼女の顔も焦りでいっぱいになっている。


「や、やめろ!」


ちがう。そうじゃない。変身して立ち向かえ。アルバロノドフは僕の方を見ることもなく、こう言い放った。


「お前は弱い」


「な、なんだって……?」


「お前は女を守れない。守る資格はない。女が死ぬ姿をそこで見ていろ!」


ただ見ていろ、だって?

そんなこと、できるわけない。

フィオナが殺されるところを、ただ見ているなんて。


なのに、どうして僕は変身できないんだ?


頭に過る、槍の一撃で絶命した勇者の姿、両足を失った馬部さんの最後。こみ上げる吐き気に、僕は口元を抑えた。


「仕方ない。私の出番か」


そういって前に出たのは、セレッソだった。あいつに何ができるって言うんだ。しかし、アルバロノドフは僕のときと違って、警戒すべき対象としてセレッソの方を見た。


「……少女よ。無力に見えるが、そこの小僧よりは覚悟があるらしい。だが、覚悟だけで倒れる私ではない」


「もちろんだ。お前の暴力に対抗できるのは、さらに強い、圧倒的な暴力だ。ちがうか?」


セレッソが笑みを浮かべる。まるで、この場を地獄に変えようとする悪魔のように。


「違いない。が、その細い腕で何ができる?」


「できるさ。奥の手は最後まで取っておきたかったがな」


セレッソが僕の方を見た。

その視線からセレッソの狙いがなんなのか、まったく理解できない。


いや、もしかして……

あいつ、もしかしてハッタリをかましているのか?


この状況で??


なんていう根性だ!

いや、僕もあいつを見習って、いま変身するべきだろ!


僕は自分の恐怖を払いのけるために、絶叫をあげた。そして、右手でブレイブシフトをつかむ。


「変身!」


僕の体が光に包まれる。

グレイのブレイブアーマーを装着した僕は、アルバロノドフに飛びかかった。


今のあいつなら、槍を持っていない。馬部さんにやられたダメージだってある。


勝てる。

勝って、フィオナの守ってみせる!


右の拳にプラーナを集中させる。リリさんと戦ったときは腕が、もっと激しく光った気がしたけど……考えている暇はない。


アルバロノドフの顔面をめがけて……全力の一撃を叩き込むしかないんだ!


「ブレイブ、ナックル!」


渾身の一撃は、手応えがなかった。何かに阻まれた。いや、受け止められていた。僕のブレイブナックルが、アルバロノドフの手の平で!


「弱者が割って入るな!」


そして、力任せに僕を放り投げる。そのパワーは凄まじく、壁に叩きつけられ、全身が痺れるような痛みが走った。


「ここは修羅のみが歩く世界。姫君も、そこの少女も、自らの武力はなくとも、修羅の目をしている。だが、小僧。お前はただの弱者だ。そんな貴様にできることはない!」


アルバロノドフの怒号を受けながら、僕はその場に崩れてしまった。そんな僕を見下ろす誰かの姿が。


セレッソか?

いや、髪の色が違う。


「本当に弱いんだね、君」


この声……あのアリーサって女か。


「では、フィオナ殿。お覚悟を」


アルバロノドフの声が。

立て。立てよ。


これくらいの痛み、ランキング戦のときだって、あったはずだ。僕は何とか身を起こし、顔を上げた。


僕は見た。

膝を付くフィオナ。


そして、剣を振り上げる、アルバロノドフの姿を。

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