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【上昇する敵意】

既に、司令室まで残り半分という距離まで上昇している昇降式足場。そこに降り立つ馬部さんの姿が、モニターに映し出されていた。


「……勇者か」


振り返ったアルバロノドフの呟きを司令室のマイクが拾う。アルバロノドフはあの大きな槍を肩に担ぐと、昇降式足場のコントロールパネルを操作した。すると、昇降式足場の上昇スピードがゆるやかになる。


「これが司令室に到着するころ、決着は付くだろう」


アルバロノドフの言葉に、馬部さんは首を横に振った。


「この足場は、司令室の前で止まることはないよ。君を排除したら、屋上に戻すからね」


「ほう……。この俺が何者か知っての発言だろうな」


馬部さんは、体の調子を確かめるように首をひねった。


「知っているさ。国を捨てた英雄なんだろう?」


「……俺の前でその言葉を出るのなら、俺のことをよく知らないようだな」


モニター越しでも分かる。アルバロノドフの雰囲気が明らかに変わった。


「いや、それも当然か。俺に国を捨てたと吐いたやつらは、一人残らず殺してきたからな」


「では、私が初の生存者になるのか。光栄なことだ」


アルバロノドフが槍を構える。ずっしり、という音が聞こえてきそうなほど重々しい。それに対し、馬部さんは右手を腰元まで伸ばした。


「ブレイブソード!」


叫びながら右腕を振るうと、そこには、どこから現れたのか、銀色の長剣が握られていた。


あ、あれがブレイブソード!

かっこいい……あれなら、絶対に勝てるはずだ!


先に動いたのは、アルバロノドフの方だった。


巨槍を振り上げ、叩き落とす。どんなに強固な存在であろうが叩き潰してしまいそうな一撃。しかし、それは馬部さんを捉えることはない。


馬部さんは素早いバックステップでそれを避けたのだ。が、アルバロノドフは槍を足場に叩きつけることなく、ピタリと止めると、強く踏み出しつつ、突き出した。


馬部さんはそれを剣でいなしつつ、逆に踏み込んでみせる。近い距離から、振るわれたブレイブソード。それは、アルバロノドフの横腹に吸い込まれるようだった。


勝負は一瞬で付いた、ように思われたが、アルバロノドフは突き出した槍を強引に横に振る。それは馬部さんの体を薙ぎ払い、バランスを崩させた。


「軽い! その程度でこのアルバロノドフを討ち取れると思うなよ」


「悪いことをした。次はもう少し強めに打ち込んでみようかな」


言い終わるか、終わらぬうちに馬部さんが足場を蹴る。猛スピードで接近する馬部さんを打ち返すように、槍を振り回すアルバロノドフ。先ほど、アルバロノドフに挑んだ勇者は、この一撃を受けてほとんど玉砕状態だったが……馬部さんは違った。


軽々と跳躍し、槍の一撃だけでなく、アルバロノドフの巨躯を飛び越えると、着地しつつ、鋭い一閃を放った。だが、それはアルバロノドフの体に到達することはない。やつは槍の柄の部分で、一撃を防いだのだ。


「軽い、と言ったはずだ」


「ブレイブソードの一撃を受け止めるとは、とんでもなく硬い素材を使っているようだな」


「イワン様からいただいた、オクトを滅ぼすための槍だ。お前の命を奪う槍でもある」


「ならば、早めにへし折っておくことにしよう」


「ちなみに、この鎧も同じ素材だ。そんな軽い剣撃で断てると思うなよ」


「挑戦する価値はありそうだ」


二人は同時に距離を取る。が、すぐにお互いが地を蹴って、再び接近した。


馬部さんが放つ横一文字の一撃。

アルバロノドフはその巨体を持ち上げる跳躍力でそれを避けると、空中から槍を振り落とした。


馬部さんは横にステップしてそれを避け、着地するアルバロノドフへ剣を突き出す。鋼と鋼がぶつかり合う、甲高い音が響いた。だが、次の瞬間には、馬部さんの体が吹き飛ばされ、あわや足場から落ちてしまいそうになった。


おそらく、アルバロノドフは槍の攻撃は間に合わないと判断して、馬部さんを殴りつけたのだろう。ブレイブアーマーで守られたとしても、あの衝撃はかなりのダメージだ。馬部さんでも、アルバロノドフの前では一方的にやられてしまうのか……と思った、そのときだった。


「思ったよりは、やるようだな」


賞賛の言葉は、アルバロノドフから。そして、その脇腹あたりから血が滴り落ちた。


「そちらこそ、噂以上だ。だけど、私は勇者。負けるわけにはいかない」


どうやら、先ほどの馬部さんの一撃は、アルバロノドフの鎧を突き破っていたらしい。おそらく、馬部さんはプラーナを使ったのだ。一瞬だったから、見間違いかもしれないが、馬部さんが剣を突き出す瞬間、光輝いたような気がした。


あれは、僕がブレイブナックルを使ったときみたいに、馬部さんも剣にプラーナを集中させて攻撃したのだろう。


「負けられないのは、こちらも同じ。そろそろ本気で行かせてもらう」


アルバロノドフがまとう鎧の隙間から、蒸気のようなものが漏れ出した。あれは、フォールダウン現象のときに、人体から発生する気体と同じではないか。


まさか……

まさかとは思うが、これまでは本気ではなかった、というのか。


絶望的な事実だが、馬部さんは少しも臆する様子はない。それどころか、一歩前に出て言うのだった。


「気が合うようだな。私も同じことを考えていた」


そして、剣を構え直すと、ブレイブアーマーが光り出す。


「ブレイブモード……!」


馬部さんの一言が合図だったのか、ブレイブアーマーを激しい光がまとう。それは、馬部さんの全身を燃やし尽くそうとする、炎のようだ。そして、ブレイブモードの複眼も、より激しく輝いていた。


「勝負!」


先に動いたのは、馬部さん。

いや、それは動くという表現では足りない。


残像を残しつつ、アルバロノドフの横手へ瞬時に移動している。


その超スピードに、アルバロノドフは反応できるわけがない……


と思われたが、やつは馬部さんの一撃を避けてみせた。さらに、突き出される反撃の槍。それも、馬部さんのスピードに匹敵する速さだ。


それでも、馬部さんは一撃から逃れ、アルバロノドフの顔先に跳躍していた。振り下ろされたブレイブソードが、アルバロノドフの肩口をえぐる。


が、アルバロノドフは手を伸ばすと、馬部さんの首をつかみ取った。そして、馬部さんの体を高々と持ち上げると、自らの肩口から血が噴き出ていることなど無視して、足元へ叩きつける。

その衝撃を物語るように、足場がひしゃげるが、馬部さんは瞬時に立ち上がって、横一閃の剣撃を放つ。


アルバロノドフの腹が鎧ごと裂け、一歩後ろに退がった。


効いている!

行けるんじゃないか!?


馬部さんも勝機と確信したのか、追撃にブレイブソードを振り上げ、アルバロノドフの喉元を狙った。ブレイブソードがアルバロノドフの顔面を捉える。


だが、それに一瞬遅れて槍の反撃が。


力任せに振り回された槍の一撃。馬部さんは素早く反応して、後ろに飛び退いた、ように見えたが――


ゴトッ、という音を立てて、アルバロノドフの足元に何かが落ちた。


いや、そんなわけがない。それを見て、僕はそう思った。思ったけれど、それが事実だった。アルバロノドフの足元に落ちたそれは……馬部さんの足だった。


槍の一撃で切断された、馬部さんの両足だ。


馬部さんは足を失ったため、着地に失敗して仰向けに転がる。


「オクトの勇者よ、見事なり!」


とどめの一撃が振り下ろされた。




「全員、退避!」


それは、フィオナの声だった。モニターから目を離すと、スタッフさんたちは慌てて立ち上がり、司令室から出ていこうと、パニック状態になった。


「……フィオナ、セレッソ! 逃げないと!」


叫ぶ僕だったか、フィオナもセレッソも動かなかった。司令室の出口はパニック状態の人々でふさがれている。それを見ることなく、フィオナは言った。


「ダメね、間に合わない」


音を立て、司令室の前に昇降式足場が停止する。そこには、白い鎧を血に染めた、アルバロノドフが立っていた。

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