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【魔法の雨あられ】

高速鉄道の窓から見える景色は、つい先ほどまで海と緑ばかりだったが、急にアスファルトの灰色に変化した。かと思うと、高速鉄道のスピードが落ちていく。


イロモアの最北端、アッシアによる侵略、その防衛の要であるカザモ基地に到着したようだ。


王族専用の車両の前。

護衛として立っていた僕とハナちゃんだったが、フィオナが顔を出した。


「到着したら、真っ直ぐ防衛基地の司令室へ向かいます」


あれだけの事件があった直後だが、彼女は毅然としているように見える。


「おそらく、迎えが来ていますが、ブライアの息がかかった刺客がいないとは限りません。勇者、神崎誠。勇者、綿谷華。引き続き護衛を頼みます」


「はい!」


高速鉄道のスピードが限りなくゼロに近づき、到着かと思われた、そのときだった。


ドッカーンッ!

という爆発音と同時に、高速鉄道が大きく揺れる。


僕は無様にずっこけたが、ハナちゃんは上手くバランスを取るどころか、倒れそうになったフィオナを抱きかかえるように支えている。


あれ、本来なら僕がやるべきところだった……のかな?


「何があったんだ?」


僕は立ち上がって、窓から外を確認しようとしたが、灰色の駅の景色が広がるばかりで、何も見えない。


『緊急停止。ドアが開きますので、ご注意ください』


アナウンスが流れる。

何が起こったか分からないまま、ブシュッという音と同時にドアが開いた。


「フィオナ様、ご無事で!?」


ドアの向こうから、三十歳くらいの男性が顔を出した。


「勇者、馬部……馬部良太朗ですか?」


「まさか、覚えていただいているとは……!」


そう言いながら、馬部と呼ばれた男は膝をついた。


「勇者、馬部良太朗。姫様をお迎えにあがりました。司令室まで案内しますので、こちらに」


馬部さんは、実直という言葉が似合いそうな顔つきで、背が高い好青年だ。今までの僕なら良い人そうだ、と信用していたことだろうが、ブライアの件があったので、そうはいかない。


念のため、僕とハナちゃんが先に外へ出て、周囲を確認する。オクトの国旗が描かれた衣装に身を包んだ人々がフィオナの到着に備えていたようだ……が、何やら騒がしい。


「もう一発来るぞ! 備えろー!」


なんだか、多くの人が空を見上げて騒いでいる。僕も視線を上に向けたが、そこには青空が……広がっていなかった。


「た、た、た、太陽!?」


視界いっぱいに広がる赤い塊!

映画さながら、太陽が落ちてきた!

しかも、今にも僕たちを押しつぶしてしまいそうな距離だ。


こんなの死ぬだろ、絶対!!


「みんな伏せてーーー!」


と叫びながら、フィオナとハナちゃんを探す僕だったが、二人はなぜか何食わぬ顔で、馬部さんの後を歩き始めていた。


「いやいや、なんでそんなに冷静なの!」


もう一度空を見上げると、落下していたはずの太陽が停止していた。いや、光のヴェールのようなものが、太陽の落下を阻んでいる。


「どういうこと?」


僕は頭上のそれを凝視する。

太陽……というよりは、巨大なマグマの塊のようなそれは、光のヴェールによって存在を削られているかのように、少しずつ小さくなって、最後には消失した。


何が起こったか分からぬまま、呆然とする僕だったが、慌ててフィオナとハナちゃんを追いかけた。すると、あの太陽らしき物体について、馬部さんが説明していた。


「御覧の通り、アッシアによる遠距離魔法攻撃が既に始まっています。高速鉄道に当たった時はヒヤッとしましたが、無事で何よりでした」


あの太陽みたいな物体、魔法による攻撃ってこと?


しかも、高速鉄道が変なところで止まった原因もあれだったのか。どうやって止めたんだろう、と疑問に思いつつ、何気なく空を見上げると――


今度は巨大な氷柱が落下してきていた。


「うわわわぁぁぁっ!」


思わず情けない叫び声をあげる僕だったが、またも光のヴェールがそれを防いでいた。


「……だから、どうなっているんだよ!」


空に向かって一人ツッコミを入れる僕のことなど気にもせず、フィオナたちは会話を続けていた。


「素晴らしい防壁魔法ですね。実力ある聖職者たちが揃っているようで、頼もしい限りです」


なるほど、あれも魔法か!

防壁魔法ってことは、魔法によるバリアってことなんだろう。


よくよく周りを見ると、白装束を着た人々が杖らしきものを手にしながら、僕たちを囲んでいた。たぶん、彼らが聖職者と言われる人々なのだろう。RPGゲームの職業でいうところの、僧侶ってやつかな。


……今まで素手の殴り合いばかりしていたけれど、ますます異世界らしい光景じゃないか。


「アッシアの戦力はどれほどでしょうか?」


「確認できる限りは、軍艦が三隻。兵の数はおよそ三千かと」


「こちらの数は?」


「戦士と魔法使い、聖職者を合わせて二千五百。それから――」


フィオナと馬部さんはあくまで冷静に会話を続けているが、僕からしてみると気が気ではない。先ほどから、火の玉や氷の槍が降り注ぐという、非現実的な光景を目の当たりにしているのだから。


ほら、また火の玉が落ちてきた!


「ひゃああああぁぁぁーーー!」


魔法で守られているって分かっていても、怖いんですけど!


冷静に歩いている方がおかしく感じるけど、二人の様子は変わらない。


「それから、姫様が連れてきてくださった新人勇者が三百です」


「数では劣っていますが、恐れることはありません。ここに送り届けた者たちは、私が自信をもって送り出す勇者ばかりですから。それに、私たちはあくまで先遣隊。すぐに本隊がやってきます」


「はい。ありがとうございます。現在、二千の戦士を港に配置し、迎え撃つ準備はできていますが、よろしいでしょうか?」


「もちろんです。問題は強化兵がどれだけ投入されているのか、という点ですね」


「これだけの勇者がいるのですから、押し負けることはないと思いますが……ところで、彼は?」


馬部さんが心配そうに僕の方に振り返る。


「うわぁぁぁ! 今度は雷が降ってきたぞ!」


そのとき、僕はちょうど空を見上げて、魔法攻撃の恐ろしさに思わず頭を抱えているところだった。


「補欠で何とかギリギリ寸前のところで勇者になったような感じの男です。情けなく見えますが、タイミング次第では役に立たないこともありません」


なんて遠回しな表現なんだ。

それではまるで、僕が勇者じゃないみたいじゃないか。


いや、フィオナにしては悪くない評価なんだけど……


初対面の馬部さんからしてみると、さぞかし頼りない男に見えただろう。しかし、彼は「なるほど」と呟くと笑顔で僕に握手を求めてきた。


「私は馬部良太朗だ。よろしく!」


「は、はぁ。よろしくお願いします」


手を離すと、彼は僕の肩を力強く叩いた。


「君を見ていると、新人勇者だったころの自分を思い出すよ。戦争は恐ろしいかもしれないが、勇者として胸を張って戦おうじゃないか!」


「が、がんばります」


聞いたところによると、馬部さんはイロモアの防衛指揮を任された勇者らしい。ということは、今回の戦いにおけるリーダーとも言える勇者だ。頼もしそうだし、取り合えず、いい人そうでよかった……。


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