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それから、フィオナの護衛は僕とハナちゃんが任された。
フィオナは暫く休ませてほしい、というので僕たちは壊れた扉の前に立ち、イロモアに到着するまで待つのだった。
その間、ハナちゃんにこれまであったことを話す。そんなことはないのだけれど、二人だけで話す時間は久しぶりのように感じた。
話が途切れたタイミングで、フィオナの部下らしき人に声をかけられた。
「すみません。フィオナ様に、そろそろ到着するとお伝えください」
「分かりました!」
ハナちゃんから「誠が伝えた方がいいだろ」と言われたので、フィオナがいる車両の中へ。もしかしたら、寝ているかもしれないな、と遠慮がちに奥へ進んだが、座席の方からごそごそと気配を感じた。
なんだ、起きているのか……と、声をかける。
「フィオナ?」
「ちょ、急に入ってこないでよ!」
フィオナは弾かれるように顔を窓の方へ背けた。
「ご、ごめん」
謝るが、何がまずかったのだろうか、と心の中で首を傾げる。しかし、じっと窓の方を見るその背中から、彼女の気持ちは、十分なほど理解できた。
「フィオナ、少しくらい泣いても良いと思うよ」
「……泣いてない」
まぁ、そう言うよな。
この王女様の性格的に。
僕は隣の座席に座り、どう声をかけてあげるべきか、少しだけ考えた。
たぶん、ブライアなら……それが演技だとしても、フィオナを喜ばせる言葉を並べられたのだろう。でも、僕にはあんな風にできない。
だから、思ったことを正直に言うことにした。
「あのさ、地下牢に閉じ込められたときなんだけど……」
「なによ、あのときは仕方なかったんだから、文句言わないでよ」
「そうじゃなくてさ」
決してこちらに振り向くことがないフィオナに、僕は語り掛ける。
「あのとき、メメさんに銃を向けられて、本当に死んじゃうと思った。怖かったことはもちろんなんだけど、同時に申し訳ないとも思ったんだ」
何が?という無言の問いかけが聞こえたような気がした。
「セレッソにこの世界を守れって言われたのに何もできなかったこととか、僕を強くしてくれた人に恩返しできなかったこととか、たくさんの人に申し訳ないって思ったんだ。
僕って、今までしょうもないやつだったからさ、自分が頑張れば誰かが助けてくれることも知らなかったし、それが嬉しいってことすら知らなかった。
だから、せめて自分に良くしてくれた人には、何か返したいって思っていたんだけど……」
何を言おうとしているんだ?
えーっと……。
「僕が戦う理由って、そういう人たちのためなんだって思ってた。……だけど、意外なことに最近知り合ったやつの顔が思い浮かんでさ」
聞いているのか、不安になるくらい無言だ。
まぁ、ここまで話したんだ。続けよう。
「そいつは、顔も知らない多くの人のために全力で頑張れるやつで、何一つ手を抜かないんだ。でっかい使命を背負っているのに、ほとんど一人で何とかしようとして……。とにかく、尊敬できるやつなんだよ」
そうだ、僕はフィオナを尊敬したんだ。初めて話したときは、ただ生意気できつい王女様って思ったけど……。
「で、銃を向けられたとき、そいつのために何もできずに死ぬのが嫌だ、って感じたんだ。少しくらい、そいつの役に立ちたかった、って。でも、僕は死なずに済んだ。そいつのおかげで、死ななかったんだ。だったら、これからは……」
僕は、変わらず背を向けたままのフィオナに言う。
「そいつの……いや、フィオナの役に立たないと、って思った」
そもそも、僕はフィオナに呼ばれてこの世界にやってきて、フィオナの部下になるため、勇者になったんだろうけど、そういうことじゃないんだ。僕はフィオナを知って、フィオナの力になりたいと、自分で決めたのだから。
「僕だって、フィオナと同じ使命を背負っているつもりだ。いや、フィオナほどの自覚はないのかもしれないけれど、これから頑張るつもりだよ。だから――」
そうだ、まずはこの瞬間、フィオナの痛みを少しでも和らげてやれるはずだ。
「だからさ、少しくらい僕を頼れよ。これからは、支えになる。そしたら、僕の前では少しくらい弱音を吐いてもいいんじゃないか、って……思うけどな」
言いたいこと、全部言ったつもりだけど、フィオナは何一つ反応を見せなかった。なんだか自分が恥ずかしくなる。
「まぁ、セレッソもいるだろうけど、あいつって口数も少ないし、言い方きついだろ? それに比べたら、僕なんてソフトで話しやすい方じゃないか?」
無言が嫌で、ちょっと言葉を付け加えてみたのだけれど、やっぱり反応がない。
……仕方ないことだ。
用件だけ伝えて、ハナちゃんのところに戻ろうかな……
と思ったが、フィオナが少しだけ震えていることに気付いた。
「……お兄様が裏切り者だったのは」
お、おう。
なんだ?
「つらい」
「うん」
「信じてた。苦しい毎日の中で、唯一の支えだと思ってたのに」
「見てて、それは分かったよ」
「これから、どうすれば良いのか……」
「僕がいる。最後まで付き合うよ。頼りない女神様よりは、役に立ってみせるからさ」
フィオナの嗚咽が、かすかに聞こえ始める。
……かっこつけたけど、このシチュエーション、どうすればいいんだ?
「泣いているんだから――」
フィオナが小さい声で言った。
「背中くらい撫でなさいよ」
「う、うん」
僕なんかが、お姫様の背中に触れていてもいいのか?
ま、まぁ……本人が望んでいるから良いんだよな。
恐る恐る、フィオナの背中を撫でると、彼女は泣き声を漏らし始めた。
「お兄様は、もっと優しく、自然に撫でてくれたのに……!」
「つ、次はもっと上手く撫でられるように頑張ります」
「次なんてないから!」
それから、数分は経ってフィオナも落ち着きを取り戻し始めた。
「もういい。それより、これ」
フィオナが差し出したのは、タブレット端末だった。
「一人になりたいから、あっちでそれを見ていなさい」
「どういうこと?」
僕はタブレットの画面を確認しようとしたが、フィオナにそれを止められる。
「あっちで眺めてなさい!」
あっち、とは車両の外のようだ。慰めていたつもりが、今度は追い出されてしまうなんて、と思いながらハナちゃんのところへ戻った。
「フィオナ様は大丈夫そうだったか?」
「よく分からなけれど、これでも見てろって言われた」
「どういうことだ?」
「さぁ?」
首を傾げつつ、タブレットを操作してみると、どこかで見たことがあるページが表示されていた。
「これってもしかして」
ハナちゃんも気付いたみたいだ。そう、これは昨日ハナちゃんと一緒に見た、
勇者の名簿が公開されているページだ。
ということは、もしかして……。
「あった……」
そこには、神崎誠の名前が。
「やったな、誠」
「うん、ありがとう!」
僕は扉が取り外されて中が丸見えの車両を覗き込む。すると、フィオナが座席の奥の方へ引っ込む姿が見えたのだった。
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