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【ブレイブアーマー】

突然現れた僕を見て、ブライアは顔をしかめた。しかし、無言で何か手を出してくる気配はない。


そうだ、リリさんはどこだ?


彼女を探して振り返ると、目の前でナイフを振り上げる、その姿が。


「うわっ!」


驚きながら、反射的に腕で顔面を守る。


やばい、腕が斬られちゃう!


ガキンッ!と鋼がぶつかり合うような音。腕に軽い衝撃が走ったので、やられた……


と思ったが、それほど痛みはなかった。


ナイフを持ったリリさんも驚きの表情を浮かべている。


「なるほど、こういう感覚か」


画面の向こうで変身するヒーローたちも、こんな感じだったのだろうか。


関心もほどほどに、僕はナイフを止めている腕を振り回した。すると、リリさんの体が綿人形でも放り投げたように吹っ飛んで、車両の奥にある扉に打ち付けられてしまった。


「とんでもないパワーだぞ、これ」


僕は両手を見る。

自分がどんな姿に包まれているのかは分からないが、ボディのデザインはグレーを基調にしているようだ。


なるほど、プロトタイプっぽい色で気に入ったぜ。


「ブライア兄様は魔法を使う! 注意して!」


フィオナの声に反応して、ブライアの方を振り返る。すると、やつは僕の背後に忍び寄ろうとしていたらしく、足をピタリと止めた。


「ブライアさん。あんたがどれほどの実力は知らないけれど、ブレイブアーマーを装着した勇者を倒せるなんて思うなよ」


とは言え、正直なところ魔法に対してどれだけブレイブアーマーが通用するかは分からない。でも、新型はちょっとした魔法は跳ね返すって言ってたよな?


僕が着ているプロトタイプでも、少しの魔法なら耐えてくれるだろう。


ぶっつけ本番で不安なところはあるが、ブライアには絶対に負けないからな!


ブライアが手の平を突き出してきた。もちろん、今まで戦ってきた相手に比べたら、動きはスローモーションに近い。僕はパンチを避ける要領で身を反らした。


が、やつの手の周りがぶれる。それは上手く撮れなかった写真みたいに、空気が歪んでいた。そして、その歪みだけが浮遊して、僕の顔面に向かってくる!


魔法による攻撃か!


気付いた時にはもう遅い。

その歪みに触れた途端、衝撃が起こった。


バンッ!という音は小さな爆弾でも爆発したのでは、と思うほどだったが、僕の体は仰け反って何歩か後退したものの、ちょっと強めの風に吹かれたような感覚しかなかった。


「抵抗するんだな? 怪我しても後で騒ぐなよ」


一歩詰め寄ると、ブライアは慌てた表情で再び手の平を突き出す。二度も同じ手が通用するな、と僕はその手を払いながら、右の拳をブライアの腹部に軽く当てた。


「ぐへぇあっ!」


本当に軽く当てたつもりだったのだが、ブライアの体がちょっと浮いて、それでも勢いは収まらなかったのか、何歩も後ろに後退してから、最終的には仰向けに倒れ、床の上でのたうち回った。


「手加減が難しいな」


呟く僕に、ブライアは涙に溢れた目で叫ぶのだった。


「や、やめて! 死ぬ! 死んじゃうよ! う、腕も折れているかもしれない! た、助けて!」


僕が一歩近づいただけで、全力の命乞いだ。どうするべきだろう、とフィオナの方を確認したが、その後ろで立ち上がろうとするリリさんの姿が見えた。


「その方に……触れるなぁぁぁーーー!」


瞬時に距離を詰め、僕の首筋を狙ってナイフを振るう。僕は身を退いて避けるが、リリさんはいつの間にか握っていたもう一本を突き出した。


手加減なしで僕のお腹に穴を開けようとするナイフの一撃。


だけど、ブレイブアーマーを装着した僕に恐怖はない。冷静に刃の部分を手で払い、それがリリさんの手から離れたことを確認しつつ、次の攻撃に備える。


リリさんは再び僕の喉を狙ってナイフを突き出してきたが、余裕を持って避けてから、彼女の腕を掴んで軽く捻る。


「いッ……」


痛みに顔を歪めるリリさん。

僕はナイフの刃の部分を掴んでから引き抜き、後ろに放り投げてから彼女を解放する。


武器を失えば、観念してくれるのでは……というのは、甘い考えだった。


彼女はすぐにファイティングポーズを取ってから、右の拳を突き出してきた。最低限に頭を動かすだけでそれを避けてみせるが、彼女は続けざまに拳を放ってくる。


頭の動きだけで避けるのではなく、軽く腕で払うことを続けていると、彼女の方が疲弊していってくれた。


「何度やっても無駄だよ。僕はこれでも勇者だ。リリさんの攻撃には当たらない自信がある。だから!」


説得のつもりだったが、彼女の表情が怒りに溢れて行くのが分かった。


「関係ない。私は、あの方のためなら、何でもするんだ!」


右のハイキック。

メイド服の下から伸びた蹴りは不意打ちのつもりだったかもしれないが、今の僕には無意味だ。


なんて言ったって、彼女が履いているパンツの色だって分かっちゃうくらい余裕で避けられるのだから。


「リリさん、もうやめて! 怪我をさせたくない!」


しかし、彼女は聞く耳を持たず、何度もパンチとキックを見舞ってくる。


「どうして、あんな男のために戦うんだ! フィオナの命まで狙って……おかしいよ!」


リリさんの動きが止まる。

だが、僕の一言は彼女の敵意を刺激してしまったのか、その視線は今まで以上に鋭かった。


「あの方は……あの方は、まだ私に笑いかけてくれるんだ。家族だと言ってくれるんだ……。だったら、命を懸けない理由はないだろう!」


リリさんが踏み出す。

右の拳が飛んでくることは分かっていた。


「ごめん、リリさん!」


僕は身を捌いてそれをやり過ごしつつ、カウンターの一撃を放った。さっき、ブライアと戦ったおかげで少しは手加減も上手くできるはず。


彼女の腹部に拳を置いた。

すると、彼女は小さく呻いてから、その場にうずくまるのだった。




たぶん、しばらくは動けないだろう、と僕はフィオナの方を見た。倒れていたはずのハナちゃんがシートに座っているところを見ると、フィオナが運んでくれたのだろう。


それにしてもハナちゃん……。

僕のことを信じて、フィオナを守ってくれたのか。


「まだだ!」


「え?」


うずくまったままの、リリさんがこちらを睨み付けていた。


「言っただろ、あの方を守るためなら、命を懸けると!」


リリさんが懐から何かを取り出した。小型の拳銃のようにも見えるが、リリさんはそれを自分の腕に押し当てた。そして、引き金に似た部分に指をかける。


もしかして、注射器か?


ブシュッ!と空気が抜けるような音。たぶん……リリさんは体の中に何かを注入したんだ。


「うっ、うう、ううう……」


リリさんが苦し気な声を漏らす。強い痛みに襲われているのだろうか。いや、こちらを見る彼女の頬が灰色に変化して行った。


この感じ、どこかで見たことあるぞ!


「まさか……フォールダウン現象!?」


フィオナが叫ぶように言った。


「嘘よ。意図的に、しかも一瞬でフォールダウン現象を起こせるとしたら、禁断術指定は免れない。お兄様はどこでそんな技術を?」


「あああああああぁぁぁーーー!」


リリさんの絶叫が車両内に轟き、彼女の体が蒸気のような気体に包まれた。

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