【未来のライバル？】

開始と同時、千冬は距離を詰めてきた。

インファイトを好むタイプか！

と備えようと思った瞬間、それが飛んできた。

右ストレート、からの左フック、続いて右フック、そんでもって左ミドルキック！

どれも避けられたが、動きが速い！

皇ほど一発のパンチが速いわけじゃないけれど、かなりパワーがありそうだし、とにかく次から次へと攻撃を出してくる。カウンターに備える瞬間もないし……。

くそ、どうすればいいんだ！

いつもなら、三枝木さんが作戦を考えてくれるが、今回はそれがない。だけど負けられない状況って……

超ピンチじゃないか？

「こら！ 逃げてないで戦え！ このポンコツ！」

フィオナの罵倒が背中に。

でも、こればっかりは仕方ない。

たぶん、とんでもない大金が僕にかかっているのだから。

しかし、千冬も猛攻撃は止まらない。

本当に猛獣を相手にしているみたいだった。強烈な右フックを腕でガードするが、その衝撃は石で殴り付けられたように痛い。

続いて左のパンチ、右のパンチ、左のキック。何とか避け切ったけど、またも距離を縮めてきた。

右のパンチ、左のパンチ、右のパンチ、左のキック。

……あれ？

なんかさっきも同じリズムじゃなかったか？

再び距離を詰めてくる千冬。

そして、右のパンチ、左のパンチ、右のパンチ、左のキック。

やっぱり一緒だ！

じゃあ、左のキックを打ち終わったところに、パンチを当てれば！

僕はしっかりと腰を落として、千冬の接近を待った。

十分に距離が縮まると同時に、右のパンチ！

続いて、左のパンチ、右のパンチ、左のキック。

よし今だ！

千冬がキックを打ち終わったタイミングに合わせ、僕は半歩踏み出しつつ、右ストレートを突き出した。完璧のタイミング！と思ったが――。

手応えがない！

まさか！

ドンッ、と右の脇腹に重たい痛みが……。

か、カウンターの右フックを合わせてきたぞ！

「よっしゃあああーーー！ 計算通り！」

千冬は大声と共に、追撃のハイキックを放ってきた。僕は何とかそれを掻い潜り、距離を取って逃げた。

あ、あいつ計算通りって言ったよな？

なんかバカだけど真っ直ぐな性格のキャラクターだと思ったら、けっこうずる賢いやつじゃないか！

そこからは、同じリズムの攻撃はなかった。パンチも頭と腹部の上下に使い分け、キックも混ぜれば、タックルのフェイントも見せた。

押され気味の時間が続いているじゃないか、と気付いたところで一ラウンドが終了した。

「なんなの！ 本当にポンコツじゃない！」

思いっ切り、フィオナに頭を引っ叩かれる。

「あの皇を相手に勝ち寸前まで行ったんだから、楽勝なんじゃないの？ どうなってんのよ！」

返す言葉もない……。

だけど、大丈夫だ。

うん、たぶん大丈夫。

「ここから巻き返す。だから、叩くな。ブライアさんも見てるぞ」

恐らくは、寸前まで出るところだった罵倒を飲む込むフィオナ。いつもなら、一分のインターバルで三枝木さんからアドバイスがあるのだが、もちろん今回はなし。離れて分かる親のありがたみ、というやつだ。

「再開するよー」

レフェリーに言われ、僕は立ち上がる。

千冬は座って休むこともなかったらしく、臨戦態勢だった。

「ファイッ！」

さっきと同じように、開始と同時に千冬は中央へ飛び出してきた。

僕はゆっくり慎重に近付く。

千冬は右へ左へと体を揺らしながら近付き、前手で突き刺すような速いパンチを放った。が、僕は必要最低限に身を退いて避ける。

それをチャンスと見たのか、千冬はさらに踏み込んで、右のストレートを放ってきた。良いタイミングのパンチだ。

だけど、焦るような一撃じゃない。僕は拳一個分だけ頭を横に傾けつつ、左のパンチを突き出す。それは確実に千冬の顎を捉えた。

千冬の足がガクッと折れて、尻餅を付く。だけど、僕は無理に追撃することなく、千冬が立ち上がるのを待った。

千冬は動揺しつつ立ち上がるが、すぐにハイキックの追撃を見舞う。ガードで防がれたものの、ダメージはあったらしく、足元が覚束ない。

ここで決着をつけてやる、

と右ストレートを放とうとしたが、千冬は組み付いてきた。

さらに、足をかけて僕を倒そうとするが、千冬の仕掛けはハナちゃんに比べたら、全然甘い。足を捌いて千冬の仕掛けを回避し、体を引き剥がしてやる。

離れ際にパンチが飛んできたが、それも身を屈めて避けてから、ショートフックをボディに叩き込んでやった。

勝てるぞ！

と浮かれた途端、千冬の強烈な右フックが。

ガードに成功したものの、その威力はとてつもなく、意識が削り取られそうになった。

そこからは泥試合と言うべきか、お互い警戒して、なかなか前へ出ない時間が続いた。

第二ラウンドが終了。

何とか巻き返した、

と思ったが、フィオナに頭を叩かれた。

「よく聞きなさい。レフェリーはお兄様の息がかかっているから、拮抗した戦いを続けて判定になったら不利よ。次でノックアウトか一本で決めなさい」

ま、マジかよ。

もう少し早く言ってくれ。

「ファイッ！」

最終ラウンドが始まる。

最初は、泥試合の延長だったが、僕は賭けに出た。千冬のパンチをもらったふりをして、後ろに倒れる。千冬の追撃。しかし、僕は千冬の腕を取って、足を首に絡みつけた。

皇のときと同じ、

ハナちゃん直伝の下からの三角締め！

あのときより、スムーズに決まったぜ！

と思ったが――。

「なにクソーーー！」

千冬は首を絞められながらも、僕の体を持ち上げ、マットに叩き付けた。

ドンッという衝撃に視界が歪む。

チリチリと銀色の光が、目の中で点滅した。千冬のやつ、とんでもないパワーと根性を持った野郎だ。

もう一回、さっきみたいに叩き付けられたら、僕だって手を離してしまうぞ。どうする？

しかし、千冬の力が抜けて行くのを感じた。今度こそ、と僕は足に力を入れる。

すると、千冬が僕の膝の辺りをポンポンと二回叩いた。

「ストップ！」

レフェリーが割って入り、勝負ありと告げる。

「ちくしょう！」

悔しそうに拳をマットに叩き付ける千冬。

よかった、何とか勝ったみたいだ。

って言うか……

僕、ちゃんと強くなってないか？