表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/168

第五章(5)

 

 宿屋『コンフォータブル・ベッド』は、なかなかの豪華さを誇っていた。

 三階建ての二階と三階が客室にあてられ、一階部分には受付を始め、食堂を兼ねた酒場、浴場、サロン、遊戯場などが揃っている。

 名前の通り、いかに快適さを提供するのかがこの宿の方針なのだろうか。

 アリーシェとラドニスは、レストランの長テーブルについていた。

 ちょうど昼食時と重なったためか、周囲にも客は多い。ふたりはそれぞれ、ミートパイと紅茶を注文した。

「まず紹介しておこう」

 対面に座るファビアンが、隣のふたりの男を指して切り出す。

 どちらも二十代の後半ほどで、どことなく似た顔つきをしていた。

「こっちがダニー・ベッカー。それでそっちが、弟のデニスだ。俺たちのあいだじゃあベッカー兄弟で通っている」

 兄弟ならば、なるほど似ているはずである。

 折り目正しくあいさつをするベッカー兄弟。アリーシェとラドニスも、それに返した。

「応えくれて嬉しいわ」

 アリーシェは、ファビアンとは十年来の知り合いであるが、この兄弟とは初対面だった。恐らくラドニスも同じであろう。

「今は、私たちの他には四人と聞いていたけど」

 アリーシェが三人の顔を見ながら訊ねる。もうひとりはどこにいるのだろうか、と。

「ああ、あとはクレイグっていう若造だ。俺は、ここに来てから初めて会った奴だが……」

 答えたファビアンは、今はどこかに出かけているらしい、と付け加える。

「クレイグ……クルシフィクス?」

 アリーシェは額に指を当てて、頭の中からその名前を探り当てた。

「そう、あの彼ね。一度だけ一緒になったことがあるわ」

 銀影騎士団のメンバーは、基本的にはふたりから四人が一組となって活動している。しかし相手にする『モンスター』が強敵だと判断された場合は、近くにいる仲間に協力を要請することがあるのだ。

 クレイグ・クルシフィクスとはおよそ一年前、そんな事情で共闘したことがあった。

「おっ……噂をすればってやつか」

 と、そんな時。ファビアンが、アリーシェの背後を見ながら大きく口角を上げた。

 そして立ち上がり、「おーい!」と大声を出して手を振り出す。

 レストランのスペースとエントランスには明確な間仕切りがないため、テーブルに座ったままでも宿に入ってくる人間が見て取れた。

 アリーシェも振り返り、玄関に立つその二名の姿を目に収める。

「……パルヴィー?」

 あまりに見知った顔があったために、思わず疑問符が口に出てしまった。

 

「アリーシェ様……!? どうしてここに?」

 パルヴィーは目と口を大きく開けながら、皆の並ぶテーブルへと小走りに寄った。

「それは、あなたこそよ」

 予定外の顔合わせに、つい笑みをこぼしてしまうアリーシェである。

「エリスさんを捜していたんじゃないの?」

「えーと、その途中で、たまたまクレイグに会って」

 パルヴィーは、隣に立つ彼を横目に見る。同じように視線を向けたアリーシェに、クレイグは目礼をした。

「それで、もしよかったらみんなにも捜すのを手伝ってもらおうかと思って……」

 みんな、とは、まさしくこのテーブルに集まるみんなである。

「なるほど。それは名案ね」

 アリーシェは合点がいったという顔をしてから、すまなそうに眉根を寄せた。

「だけど私たちも今きたところだから、まだ少し時間がかかるわ。……お昼はもう食べた?」

「まだですけど、まだ大丈夫です」

 パルヴィーは少しだけ考えたあと、「じゃあ」と半身を返す。

「それまでわたし、この近くで捜してます」

 そして言い残し、せわしなく宿屋を出ていった。

 ラドニス以外の三人は、事情がわからず不明瞭な顔をしていた。

「なにか困りごとか?」

 パルヴィーの背中を見届けて、訊ねるファビアン。

 アリーシェは、「あとで説明するわ」とだけ伝えておいた。

 

 なんとなくあいさつをするタイミングを失っていたクレイグが、皆と同じようにテーブルにつく。そして改めて、アリーシェとラドニスに向き直った。

「お久しぶりです、ミズ・ステイシー。ミスター・ラドニス。無事でおられて。いつぞやはお世話になりました」

「ええ、あなたも。クレイグ。集まってくれてありがとう」

「とんでもない。俺、いや、私は、ミズ・ステイシーの決断に感銘を受けました」

 アリーシェに熱意のこもった瞳を向けるクレイグ。他の者は、なにやら眼中から外されているような気がした。

「銀影騎士団の総力を挙げて『モンスターキング』を打倒すると……その覚悟は、相応のものがあったのでしょう」

「ええ……そうね」

 そんな熟視に、若干の戸惑いを感じるアリーシェだった。

 たしかに決めたのはアリーシェ自身であるが、発端からそうであるかと言えばそうではない。

 エリス・エーツェルというきっかけがあったのは紛れもない事実だ。

 今の状況は、彼女との出会いがあればこそなのである。

 アリーシェは、それを皆に言うべきかどうかに迷っていた。

 無論、言うなら言うで構わない。しかしその当人が、今は行方不明になってしまっているのだ。

 もしそのことが少なからず士気に関わるなら……と思うと、うかつに口には出せなかった。

 そんな、自ら出鼻をくじくようなことは。

「この件の提案者である同志アリーシェに……核心から聞かせてもらいます」

 ベッカー兄弟の兄ダニーも、真剣な眼差しをアリーシェへと注いだ。

「『モンスターキング』を討つ。その勝算は、いかほどあるのですか?」

「……勝算があると、断言はできないわ」

 アリーシェは、素直に胸のうちを告白することにした。

「『モンスターキング』の力というものを、自分の目で見たわけじゃないから。結局のところ推測でしかないけれど……」

 勝算の見えない戦いに誰がついてくるのか、という不安はあったが、そこでウソをついていても仕方がない。

 まずは自分の思いを理解してもらおうと、アリーシェは熟視を皆へと返した。

「私たちは、三人四人のチームでも、『モンスター』の群れと渡り合うことができるわ。それをするだけの技術と、戦い方を心得ている」

 無論、それは相手にもよる。だが銀影騎士団が今日まで存在しているということが、その実績を表しているのだ。

「『モンスターキング』というのは、並み居る『モンスター』の頂点に立つ者。その力は絶大でしょうけど……私たちが力を合わせて、死力を尽くせば、対抗できると信じているわ」

 アリーシェのそんな言葉も、もしかしたらエリスの影響を受けてのものかもしれない。

 完全には理屈を伴っていない肯定的思考。しかしこれからやろうとしていることは、道理で計れる程度を超越しているのだ。

 それくらいの鼓舞をしなくては、道筋すら見えてこない。

「倒さなければ、今の状況は何も変わらない。『モンスター』の暴虐が許され、無為な人々が泣き暮らす……」

 多くの人間。銀影騎士団にて戦っている者たちでも、今の状況で妥協している者がほとんどだろう。少し前のアリーシェも同じであった。ただそれ以上の悪化を防ぐために、というのがせいぜいだ。

「そんな世界は、もう終わりにするべきなのよ」

 自分の考え方を一変させた人物。その彼女が何故今はいないのか……と、もどかしさを募らせるアリーシェだった。

 周囲の面々は、真剣な様子でアリーシェの言葉に聞き入っている。

「それに……」

 と次の言葉を言いかけて、アリーシェは一瞬だけためらった。

 これは言うべきかどうか……。

 だが命を共有することになる同志には、どうしても聞いておいてもらいたいことでもあった。

「それに、たとえ私たちが『モンスターキング』に敗れて、倒れたとしても……『キング』に立ち向かった人間がいたという事実は、のちの時代にも残るはずよ」

 アリーシェの知る限り、『モンスターキング』に人間が挑んだという前例はない。

 自分たちが、その前例を作るための戦いでもあるのだ。

「散ったとしても種となる。いつになるかはわからないけど、その種子は、必ず花を結ぶ……そう信じたいの」

 もしこの場にエリスがいたなら、やる前から負けた時のことを考えてどうするのだと、そういうようなことを言ったであろう。

 だがこの場に集う彼らにとって、その言葉はなによりも励みになった。

 たとえ勝ち目が見えずとも。負けようとも。無駄死ににはならないということなのだ。

 安心感である。戦士として死ぬことは常日頃から覚悟ができているが、最も避けたいのが、徒花となることだ。

 なんのためでもない死。

 どうせ死ぬのなら、なにかの役に立って死にたい。そう思うのが人情というものだろう。

 アリーシェ自身もそう思っているからこそ、このような考えにたどりついたのだ。

「だから……私たちに力を貸してちょうだい」

 アリーシェは改めて嘆願し、皆の顔を順に見た。

 見つめ返すどの顔も、賛同と敬服の色に染まっていた。

「ミズ・ステイシー……」

 憧憬にも似た視線を返すクレイグ。

「もとより、そのつもりだ」

 頼もしくうなずくファビアン。

「心得ました。我々の力、あなたと共に」

「あなたと共に」

 揃って同意を示すベッカー兄弟。

「……ありがとう」

 アリーシェは胸を熱くして、ラドニスと顔を見合わせた。

 そして心の中で願う。あとからやって来る同志たちも、彼らのようであってほしい、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ