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第三章(4)

 

 ホールの奥に大きな掲示板のようなものがあり、そこに何枚もの紙が貼り付けてある。

 ざっと目を通すと、どうやらその紙に依頼が書かれているようだった。

 内容は多岐に富んでいる。

 飲食店の手伝いに、ベビーシッター。屋根の修理、農作業、ペット探し、果てはただの話し相手というものもあった。

「退屈そうだな」

 それらを眺めながら、エリスがため息まじりに呟いた。期待していたものとは、少し違っていた。もっとこう……うまくは言えないが、エキサイティングなものを予想していたのだ。

 肩すかしである。

「……おっ?」

 落胆しかけた彼女の表情が、一枚の紙を目にとめてわずかに明るくなった。

 それを掲示板からちぎり取り、改めて書面に目を落とす。ニヤリと白い歯がのぞいた。

「山賊退治か」

 

「おい、これやろうぜ」

 それぞれ掲示板を見ていた皆を呼び集めて、エリスはその紙を見せつけるように突き出した。

「んー? 山賊退治? 報酬は……二百万ルーツぅぅっ!?」

 読んだパルヴィーが、とてつもない大金に驚き奇声を発する。

 周囲にいた人間たちがその声を聞いて、彼女らに視線を向けた。

「かっ、書き間違いじゃないんですか?」

 リフィクはその紙を手に取り、目を皿のようにする。

 他の依頼と比べて、報酬の額がまさに桁違いであった。二百万ルーツもあれば、当分は遊んで暮らせるだろう。

「依頼主は、この町の町長と書いてありますね」

 横からのぞき込んだレクトが、紙の最下部に目をとめる。依頼の概要の下に、『シルパリーサ町長リッキー・ロッキード』というサインが記してあった。

 町長名義ということは、町をあげての依頼ということなのだろうか。それならこの額も納得できなくはないが。

「面白そうだろ? とっとと退治しに行こうぜ」

 得意満面で乗り気なエリス。しかし他の三人は、やや慎重な姿勢を取っていた。

「あのー……報酬の額が大きいということは、それだけ困難だということだと思います」

 リフィクがおっかなびっくり反論の口火を切る。それをレクトが継いだ。

「金額は魅力的だが、あまり規模が大きい話なら俺たちだけでは解決できないかもしれない。お金を稼ぐだけなら、もっとふさわしいのがあるんじゃないか?」

「そうそう」

 と、パルヴィーが締めくくる。

 たしかにそれは正しい物の見方ではあるが、口で言って聞くようなエリスではなかった。

「なんだよなんだよ、へっぴり腰になりやがって! 一発でガツンと稼げるんだからそれでいいじゃねーか! うまくいかなかった時のこと考えてもしょうがねーだろ」

 口を尖らせて反論に反論する。もしや反対されるとは思っていなかったのだろうか。

「なんかギャンブルで人生失敗する人みたいな言い方だけど」

 パルヴィーがチクリと刺す。正しい評価だ。

「決断が早すぎると言っているんだ」

 穏やかな口調で、レクトがなだめようとする。

「ここに貼ってある仕事の依頼に、まだ全部目を通してない。決めるのはそのあとでもいいんじゃないか?」

「じゃあお前らはそうしろよっ」

 しかしエリスは意見を曲げずに、リフィクから依頼の書かれた紙を乱暴にひったくった。

「給仕でも掃除でもして地道に稼いでろよ、勝手にっ!」

 勝手なのはどちらなのか。

 エリスは捨て台詞を残して、出入り口へふてくされるように歩いていった。

「すねちゃった」とパルヴィーが肩をすくめる。

 やることが子供だ。

 三人は、やれやれと顔を見合わせる。彼女は本当にこのままひとりで行くつもりだろう。放っておくのも、なんだか気が引ける。

「エーツェルさんっ、まずはここで依頼を受ける手続きをするんですよーっ」

 建物を出ようとする彼女の背に、リフィクが慌てて呼びかけた。

 

 

 山賊がいるというのは、この『シルパリーサ』に隣接するようにそびえ立つ『ベガ山』山中。被害の報告が頻繁に上がるようになったのは最近。何度か町の有志による討伐隊が出されたが、そのことごとくが返り討ちにあってしまった。

 故に腕の立つ旅人に力を借りるべく依頼を出した。山賊とおぼしき連中のほぼすべてを捕まえるか始末してくれれば、報酬を支払う。

 

 紙に書かれた依頼の概要と、町役場の人から聞かされた話。それらを合わせると、つまりはこういうことらしい。

 『旅人支援所』で依頼を受け、役場へ詳しい話を聞きにいった帰路。

 エリス以外の三人の表情は、重く張り詰めたものになっていた。

「聞いた? 返り討ちにあったんだって。何度も」

 パルヴィーが眉尻を下げる。

「つっても人間だろ? 『モンスター』に比べりゃどうってことねーよ」

 憂慮すべき情報を、エリスは一言のもとに切って捨てた。

 が、たしかにその通りなのである。彼女が乗り気になっている一因もそこにあった。

 どれだけ腕が立とうが、所詮は人間なのだ。強者『モンスター』と何度も戦ってきた彼女からすれば、造作もない相手。

 流れのゆるやかな川を渡るようなものだ。海を渡るのに比べれば、へっちゃらすぎてあくびが出てくる。

 それで大金が手に入るのだから、やらない理由などなにもないはず。と、エリスは考えているのだ。

「比較問題じゃない」

 が今度は、レクトがそれを切り捨て返した。

 なんだろうと厄介なものは厄介なのだ、と。

「とにかく一度戻って、アリーシェさんとラドニスさんにも話をしよう。当初の目的からは外れるが、俺たちだけでは手に負えないかもしれない」

 気を取り直すように、レクトが指針を提案する。その内容は事態に前向きなものだった。

「ようやくやる気になってきたか」

 彼の心境の変化見て取り、エリスが軽く茶化す。

「……そうなの?」

 パルヴィーが確認の意味を込めて訊ねた。てっきりまだ、やるかやらないかを考えている途中だろうと思っていたのだろう。

 レクトは真剣な表情で答える。

「さっきの話を聞いた限りでは、町の人たちの被害はかなり大きかった。『モンスター』に苦しめられている人がたくさんいるっていうのに、人間が人間を苦しめるなんていうことがあっていいはずがない」

 大きな脅威に対して協力することもなく同胞を傷つける。レクトからすれば、その行為はどうにも許せないのである。

 旅人や行商人を襲うなど同じ人間として黙っていられない。

 彼の中では、すでに金の問題ではなくなっているのだ。

「だから俺たちでなんとかしよう。君も力を貸してくれ」

「う、うん……」

 なにやら頬を染めた様子で、パルヴィーはコクリとうなずいた。頼りにされるのが嬉しいのだろうか。

 リフィクはなりゆきを傍観しながら、また危険そうなことに巻き込まれるのか……と悲観的なことを思っていた。それでも『モンスター』と戦うよりは気が楽だったが。

 

 宿へ着くと、用事を済ませたアリーシェとラドニスが先に戻ってきていた。

「……なるほど」

 部屋は狭いので、宿屋の玄関口を陣取っておおよそのいきさつを話す。するとアリーシェは、深く静かにそううなずいた。

「たしかにそれは放ってはおけない問題ね。私たちも協力するわ。いいでしょう?」

 一応といった様子でラドニスにも確認を取る。

 彼が「ああ」と快諾するのを受け、レクトは「助かります」と頭を下げた。

「なぁー、早く行こうぜー」

 そんな話の早いやり取りも待ってられないのか、エリスはうずうずと催促し始めた。

 短気もここまでくるとあっぱれである。

「はーやーくーいーこーおーぜー」

「……それはかまわないけれど。あなた、目当ての剣は買えたの?」

 アリーシェは苦笑いで受け流しつつ、別件の経過を訊ねた。

「そりゃ、まだだけど」

「ならそっちを先に済ませてしまったほうがいいんじゃない? その山賊と、ことをかまえた時に武器がなくては困るでしょう?」

 彼女の言うことももっともなのだが、そもそも、その剣を買うために山賊を退治しようというのが話の流れなのである。

 当然、まだ買えるわけがない。

「まぁ……アレで充分だろ」

 とはいえエリスも、それをまったく考えていないわけではなかった。たかだか人間相手、ちゃんとしたものを使うまでもないだろうと甘く見てはいるが。

「あっ、そういえば!」

 とエリスはいきなり、なにかを思い出したように大きな声を出した。

「あの剣の値段聞いてなかったな」

「あの剣?」

 疑問符を浮かべるレクト。

「偏屈なじじぃがいる汚ぇ店の緑の剣だよ」

「……あぁ。あの店の」

 失礼極まりない説明だったが、それだけでもなんなく伝わったようだった。

「あれを買うつもりか?」

「おうよ」

「でもさ、値段がどうこうって雰囲気じゃなかったと思うけど……」

 パルヴィーも同じものを思い起こし、呟く。仮に聞いたとしても、値段などつけられないと言われるのがオチだろう。

「そこはあたしとあのじじぃの根比べだろ」

 なにごとも自分の思い通りにさせたがるエリスだが、今回の相手はどうも分が悪そうである。

「絶対手に入れてやる!」

 誰に向けてなのかは不明だが、高らかに決意を宣言してみせた。

 そんなやり取りを聞いていたアリーシェが、もしかして、と訊ねる。

「そのお店って……『ブレード・ヴァン』?」

 

「その道では、知らない人はいない名匠よ」

 シルパリーサの町並みを歩きながら、アリーシェが件の人物についての説明をする。

「そして私たち銀影騎士団の『コープメンバー』でもあるの。打った剣を提供してくれているわ」

 彼女とラドニスを加えた六人で、一行は再び例の武器屋へと向かっていた。

「会ったことあんのか?」 エリスが訊ねる。

「数えるほどだけど、印象に残る人だからよく覚えているわ。この町に来ると思い出す」

「わたし大丈夫かなー……」

 と、パルヴィーが不安げな声を上げた。

 部外者のエリスはともかく、団員であるパルヴィーが彼のヘソを曲げてしまったのは、それなりに問題があるかもしれない。下手をしたら大事である。

「大丈夫よ」

 アリーシェがほがらかになぐさめた。

「剣に関してはカッとなりやすい人だけど、基本的にはいい人だから。きちんと話せばわかってもらえるわ」

 たしかに、いい人でなければ彼女らへの協力などしないだろう。しかし見るからに頑固そうなあの老人が、話せばわかるかと言われても疑問が残る。

「たしかこの辺りでしたよね」

 周囲の建物を見回しながら、リフィクが呟いた。

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