表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/168

第六章(18)

 

「お取り込み中のとこ悪いけど、それ以上やんのは黙ってられねーな」

 彼女ら三人の乱入に、村民たちがざわめき立つ。

「我々のしきたりに口を挟まないでいただこう」

 と輪から歩み出たのは、村長のブルフォードだった。

「……人間とはいえ、仲間に背いてまで彼を守ろうとしたというから滞在を許したのだ。こんな勝手まで許した覚えはない」

「何がしきたりだ。あたしが言うのもなんだけど、なんでもかんでも燃やしゃいいってもんでもないだろ」

「いい、と思っているからこそしきたっている。これが彼のためだ」

 断固とした口調で言い切るブルフォード。エリスは、不可解そうに顔をしかめた。

「……この世界は、『我々』にとって苦難が多すぎる」

 そんな彼女の表情を見てか、ブルフォードは噛んで含めるように語り始めた。

「体が灰と消え、魂が煙となって昇り……そうしてようやく、この苦難の世界から解き放たれることができるのだ。彼とて死してなお、この大地に残りたくはないだろう」

 哀愁ただよう声音。『リゼンブル』には『リゼンブル』なりの流儀があるということなのだろうか。

「はっ。そんなん聞いたら、なおさら黙ってられねーな」

 しかしエリスは、一歩も譲らずに言い放った。

「解き放ったら見れなくなるじゃねーか。あたしが変えたあとの世界がさ」

「なに?」

 懐疑のブルフォードのみならず、レクトとザットも聞き返すような視線を彼女に向ける。

「リフィクが望んでた世界だ。人間も『リゼンブル』も区別なく治したのだって、それをあきらめてなかったからだろ」

 村を包んだ光。あれはリフィクが最期に見せた意地だ。

 『リゼンブル』だという理由だけで討たれた、理不尽さが憎かったかもしれない。仲間であったアリーシェに手を下され、悲しかったかもしれない。自分の命が消えゆくのが、怖かったかもしれない。

 だが彼は、最期の瞬間まで、種族の壁を作らなかった。

 『人間』を見限らなかった。

 それは、この世界という強大な敵への抵抗。屈せずに、逃げずに、負けずに、その意地を張り通した。

 そしてやり遂げて、堂々と死んだ。

 そんなリフィクが、この世界から解き放たれて、どこか別の場所へ行ってしまいたいと思うだろうか。

「あたしが今の世界を変える。それを見せてやりたい。しきたるのは結構だが、見せらんなくなるのは困るんだよ」

 死人に口なし。今となっては本心は闇の中だが、これだけは断言できる。リフィクは未来を捨てていなかった。

 ならばその思いには報いてやるべきだろう。せめてもの慰めとして。

「……これは、我々同胞の問題だ。何を言おうが人間には関係がない」

「おいおい、関係あるに決まってるだろ。あたしの子分だぜ」

 どちらも譲らず、沈黙の中で視線をぶつけ合う。

 いつしか周囲のざわめきも収まり、村民たちは静かに事の成り行きを見守っていた。

「悪いようにはしねぇからさ。こいつのことは、あたしに任せてくれよ」

「……」

 ブルフォードはため息代わりに唸り、祭壇へと目を移す。

 運ぼうと待機している男たちが、当惑の眼差しを彼へと返した。

「リフィク・セントラン……。人間にここまで思われるとは、この世界も捨てたものではないのかもしれないな」

 呟いた声には、どこか祝福するような響きが感じられた。

 ブルフォードは再びエリスへ視線を戻す。

「そうまで言うのなら、人間の流儀で弔ってやるのもいいだろう。彼のことは、我々よりもそちらのほうが詳しいようだからな」

 表情は厳しいままだったが、寄せ付けないような険はなくなっていた。

 他の村民たちも、どうやら異論はないらしい。

 同じ『リゼンブル』とはいえ、リフィク自身と親交があった者はいないはずだ。同族意識は強けれど、エリス以上の執着はないのかもしれない。

「ありがとよ。あんたらが話し合いの通じる奴らでよかったよ」

 エリスは嬉しそうに笑みを浮かべて、背後のふたりにも目を向ける。

 レクトとザットも、同じくほっとしたようにうなずき返した。

 

 ブルフォードの言葉により、祭壇を囲んでいた男性たちが下がっていく。

 交代するようにエリスたちが祭壇へ歩み寄ろうとした、そんな時。

「……世界を変える、か……。まさかそれは、『キング』を倒すなどという戯れ言のことではあるまいな」

 記憶をたどるように、ブルフォードが問いかけた。

 リフィクからいくらか聞いていたのかもしれない。

「そうだけど?」

「……」

 彼の表情に、哀れみにも似た色が浮かび上がった。

「……リフィクくんのためを思うなら、引き返すべきだな。彼とて、君らの死までは望んでいまい」

 意味深なことを言うだけ言って、ブルフォードは背中を向ける。

 さすがにそのまま立ち去るのを黙って見ているわけにもいかず、

「どういうこったよ?」

 と聞き返した。

「長年、近くで暮らしているからこそわかる。『あれ』は異質すぎる。少なくとも、他の『モンスター』と同じとは考えないことだ」

 振り返らずに答えるブルフォード。 それ以上は、なにも語らなかった。

 

    ◆

 

 彼女が倒れてから今までの状況をラドニスが説明しているあいだ――アリーシェは座り込んでうつむいたまま、動こうとも喋ろうともしなかった。

 陽光が透けるテントの中である。場所は湖畔。昨夜と同じところだ。

 戦闘から退却した銀影騎士団は、ひとまずこの場所まで戻り夜を明かしていた。

 次なる行動はアリーシェが意識を取り戻してから、として。

 地理的には村の目の前。団員たちはいまだ戦闘態勢を維持している。『リゼンブル』側からの追撃や反撃は、今のところはない。

 ……と、すべてを聞き終えてもアリーシェは無反応だった。

 感情のうかがえない瞳でどこか一点を見つめるのみ。致命傷に近い重体だったということをふまえても、およそ覇気の感じられない姿だった。

「……助けたというの?」

 巨大な鉄扉が押し開かれるように、重々しくアリーシェが口を開く。

「『リゼンブル』が。私を……?」

 付け加えるなら、刺された『リゼンブル』が、刺した彼女を、となるが。

「ああ」

 アリーシェは、ふ、と小さく息を吐く。

「私の近くにはエリスさんも倒れていたはずよ。そのついで……副次的にでしょう?」

「ふたりだけでなく、村全体を包んだ光だった。団員たちの中にも命を救われた者はいる」

「ならそれこそ、村にいた他の『リゼンブル』たちを助けようとしただけかもしれないわ。解釈が好意的すぎるのよ」

「……だがリフィク・セントランならば、充分にありうる。そういう男だった」

「そんなの……ただの、あなたの想像じゃない」

 アリーシェは頑なに認めようとしない。

 認めてしまえば、自分を支えているものがたちどころに崩れ去ってしまうからだ。

 『モンスター』は敵。『リゼンブル』も敵。悪の権化。その理念に則って、数多の戦いを繰り広げてきた。

 しかし今回は、その『敵』に命を救われたことになる。悪しき者……悪しきはずの者が、自分に善意を施した。

 そして善意ある者を、自分はいともたやすく斬り捨てたのだ。

 話も通じさせず踏みにじった。

 これでは、どちらが悪かわからない。まさしくエリスの言葉通りである。

 支柱が揺らぐ。

 ともすればこれまですべての行ないにさえ、波紋が及んでしまう。

 そんなことはあってはならない。

 敵は敵のままで、悪は悪のままでいなければならないのだ。

 自分を保つためには。

「……ひとりにさせてちょうだい」

 と呟いたきり、テントの中に沈黙が訪れる。アリーシェは唇を噛むように固く口を閉ざした。

「……耳の痛い言葉だったな」

 ラドニスはそれだけ言い残して、テントから退出する。

 なにとは言わなかったが、彼女には伝わっただろう。

 エリス・エーツェルが訴えかけた言葉。刃を向けてまで、わかってほしかった心根。

 それは近くにいたラドニスの耳にも、当然届いていた。

「戦闘態勢は解いておく。が、あとはお前の思うようにしろ。俺はそれに、付き従う」

 テントの布越しに投げかける。

 しかし返答は、なかった。

 

    ◆

 

 アリーシェが意識を取り戻し、戦闘態勢が解除された。仲間たちは一様に釈然としない表情を浮かべていたが、パルヴィーはすぐさまその場を離れて駆け出した。

 そうなれば、向かう先はひとつである。

 彼女が休んでいるテントへ見舞いに……と訪れたものの、中はもぬけのからだった。

 誰もいない。

 パルヴィーはテントから顔を出し、辺りをキョロキョロと見回す。

 しばらく探し回っていると、湖のへりに目当ての後ろ姿を見つけることができた。

 武器も持っていない軽装で、はかなげにその場に佇んでいる。視線は湖面の真ん中辺りを見つめたまま、まるで置物のように静止していた。

「アリーシェ様……」

 なにやら声をかけづらい雰囲気ではあるが、パルヴィーはおずおずと近寄っていった。

 なにはともあれ目を覚ましたのは喜ばしいことだ。不安でずっと落ち着かなかった胸も、立っている姿を見てようやく平常を取り戻していた。

「パルヴィー。みんなはどうしてる?」

 アリーシェが背中を向けたまま訊ねる。冷静な声……もしくは、感情を除外した声、とも言えようか。

「はい、えっと、今はみんな休んでると思いますけど」

 交代で休息を挟んでいたとはいえ、一晩中臨戦態勢だったのだ。完全に警戒を解いてはいないが、各々心身を休ませているところだろう。

 まっしぐらに来たパルヴィーには遅れるものの、他の者もアリーシェの様子を見に来ているかもしれない。

「それなら、休息が済んだらすぐに出立の準備をするよう全員に伝えてくれる?」

 続いたアリーシェの言葉に、パルヴィーは「えっ……?」と眉をひそめた。

「私たちの標的は『モンスターキング』。こんなところでくだらない戦いをしている場合ではないわ」

「くだらない戦い……?」

 パルヴィーの表情に、明らかな戸惑いが浮かぶ。

 諸般あったとはいえ、アリーシェが始めた戦いと言っても過言ではない。それをたった一晩で、こうもあっさりと覆す……。

 状況に応じた方向修正ではなく、手のひらを返したような破棄。

 そんな彼女を、パルヴィーは今まで見たことがなかった。

「…………」

 パルヴィーの困惑を感じ取ったからか、アリーシェはくるりと振り向いた。

「銀影騎士団の全権は、今は私に一任されているはずよ」

 声と同じく、温度の感じられない表情。

「その私の決定に、なにか不服が?」

 向けられた瞳は、背後の湖のような、底の見えない深さをのぞかせていた。

「……そういうわけじゃ、ないですけど……」

 一度は落ち着いたはずのパルヴィーの胸が、再び不穏に騒ぎ始める。

「あの……みんなに伝えてきます」

 パルヴィーは逃げるように、そそくさとその場を去った。

 後ろは振り向けなかった。

 

 

 走り去るパルヴィーの背中を気の毒そうに見届けたあと。アリーシェは再び湖へと視線を移した。

 自分の心とは対照的に、波風ひとつ立っていない穏やかな湖面。その穏やかさをどうすれば取り戻せるのか、今はもう思い出せなかった。

 十五年以上も前の、あの日の――あの出来事から。平静を装っていただけで、いつだって心の奥底は荒れ狂っていた。

 しかし思い返してみれば、そんな波風が、少しだけ和らぐ瞬間もあった。

 仲間と一緒にいた時だ。

 ラドニス、パルヴィー……銀影騎士団の、志を同じくする者たち。エリス、レクト、ザット。リフィク。

 彼らと共に過ごしていたあいだだけは、不思議と安らいでいた。忘れることができていた。

 だが、今は……。

「……『キング』さえ、倒せばいいのよ。そうすれば……」

 呟いた言葉は、湖畔に吹いたささやかな風に流されていった。

 

 

「……そうか」

 出立の準備。その用件をラドニスに伝えると、彼は何を疑問に思うでもなくただうなずいた。

 彼にしても恣意的なアリーシェには思うところがあるはずだが、とパルヴィーは思ったが、口には出さなかった。

「えーと。レクトくんとか……エリスには……?」

 キャンプを離れている三人。今は例の村の中にいるのだと、一度だけ顔を出しに戻ったレクトが言っていたそうだが。

「そうだな。一応、知らせてきてくれ。あとの伝令は私がやっておこう」

 答えたあと、ラドニスは痛ましそうに視線を外した。

「もっとも、一緒に来るとは思えないがな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ