24 パトロンの申し出
街中を抜け、高速道路へと上った蒸気バイクは速度を上げて北へと向かっていく。明るい陽の光を受けるエドガーの背にしがみつきながら、リーリエは弧を描くように続いている高速道路の擁壁を眺めた。
修復を終えた高速道路には、アルフレッドのあの事故の痕跡はもう残ってはいない。現場近くを通り過ぎたのを確認しながら、リーリエはエドガーの背から少しだけ身体を起こした。
再会した幼なじみの背中は頼もしく広く、胴に回した腕からも逞しさが伝わってくる。アルフレッドには何度も抱き締められたが、こうして背中に抱きつくことはなかったと思うと、不思議な感覚があった。
背中からそっとエドガーの顔を覗き込むと、ヘルメットカバーの向こうで真摯な視線がしっかりと前を見据えているのが見えた。いつものように軽口を叩く訳でもなく、余所見をする訳でもないエドガーは、真剣な表情で蒸気バイクを巧みに操る。長い曲線を描くカーブを車体を倒すようにしながら進む技術に、リーリエは従機に乗って移動するような感覚を覚えていた。
広い壁やキャンバスを前に、自由になにかを描けたら――。
心の奥に追いやられてしまっていた創作意欲が、少しずつ芽吹き始めている。心に大輪の花を咲かせ、あの輝きを纏わせるような予感にリーリエは頬を緩め、エドガーの背に安堵の表情で身体を預けた。
◇◇◇
高速道路を一時間ほど走行すると、アーカンシェルの北にあるシェル湖を中心としたリゾートエリアが見えてくる。エドガーは蒸気バイクを高速道路から下道に向けて走らせると、湖畔にあるカフェの前で停車した。
あらかじめ予約されていたというカフェには、湖が一望出来るテラス席に二人の席が用意されていた。テーブルには、すぐに名物のプレートが運ばれ、美しく盛り付けられた野菜たっぷりの彩り豊かなサラダとパン、自家製ハムと新鮮な卵を使った朝食は、味はもちろん、リーリエの目と鼻も大いに楽しませた。
エドガーは他愛もない会話でリーリエを和ませ続ける。食後の紅茶とスイーツを楽しむ頃には、すっかりとはいかないまでも明るい笑顔を取り戻していた。
「ありがとう、エドガー。いい気分転換になったわ」
「まだまだ、これからが本番だぜ」
エドガーがグラスの水を飲み干して立ち上がり、リーリエの前に手のひらを差し出す。
「一日使い切るつもりで来たんだ。今日は好きなように過ごしてくれ」
「……好きなように?」
申し出にリーリエが目を瞬くと、エドガーはもどかしそうにリーリエの手を取って立ち上がらせた。
「ああ。リーリエの好きなように。ショッピングでも、スイーツ巡りでもなんでも構わない。全部俺が出す」
「そんな、悪いわ」
「俺がしたいからいいの」
テーブルの上に会計分よりも少し多い銀貨と銅貨を置き、エドガーがリーリエの手を引く。
「でも、どうして――」
「それは、俺がお前が……」
言いかけたエドガーはそこで言葉を切り、改まったようにリーリエを振り返って見つめた。
「いや、芸術家のパトロンなら当然だろ」
芸術家の経済的な支援者を指すその言葉に、リーリエは目を瞬かせた。自分にそうした支援者がつくとは夢にも思っていなかったのだ。
「……パトロン? 私の?」
「お前以外に誰がいるんだよ。言っただろ、俺はお前に惚れてるんだ」
リーリエの問いかけにエドガーは右手で後頭部を掻き、口早に言って踵を返した。
「……あ、ありがとう……」
「とにかく、そういうわけだから遠慮は無用だ。なんでも言ってくれ」
見送りに出てきたカフェの店員に笑顔を振りまきながら、エドガーがいつもの口調に戻る。
「じゃあ、色々お願いしちゃおうかな」
短い階段を降り、石畳の道を進みながら、リーリエもエドガーに合わせて明るい声を発した。
「望むところだぜ」
エドガーはリーリエの手を柔らかく握り直しながら、リゾートエリアの街並の中へと誘った。





