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23 二人きりの外出

 東向きの窓から差し込む白い光が、リーリエの横顔を照らしている。小さく誰かの名を呟いたリーリエは、自分の声にはっとして夢から覚め、緩く頭を振ると、辺りを見回した。

 早朝の部屋は涼しい空気で満たされ、街路樹を飛び回りながら囀る鳥の声だけが静かに響いている。目が覚めたが、活動を始めるにはまだ早い時間だ。


リーリエは、階下の浴室で熱い湯を浴びたあと、お気に入りのワンピースに身を包んで、再び微睡みの中に身体を委ねた。



◇◇◇



 次にリーリエを眠りから覚ましたのは、蒸気バイクのエンジン音だった。呼びかけるように空吹きされるその音に飛び起きたリーリエは、大通り沿いの窓を開いて身を乗り出した。

 蒸気バイクに乗ったヘルメット姿の誰かが、手を振っている。


「起きたか、ねぼすけ」


 真っ赤な蒸気バイクで店先に乗りつけたエドガーが、リーリエの姿にヘルメットのフェイスカバーを持ち上げて、呼びかけた。


「エドガー!」


 昨晩の約束を思い出して声を上げたリーリエは、時計を振り返った。部屋の時計は午前九時を回ったところだ。


「今行くわ!」


「適当に待ってる。あんまり急ぐなよ」


 エドガーの返事に頷いたリーリエは、髪にブラシを通し、薄く化粧をして部屋を飛び出した。


「……ごめん!」


 大急ぎで仕度を終えて飛び出したリーリエに、エドガーがヘルメットを投げ寄越す。


「ナイスキャッチ」


 反射で受け止めたリーリエに、エドガーは無邪気な笑みを見せる。何かを渡すとき、相手の様子を見ながら軽く投げ寄越すのは、子供の頃と変わっていない。


「……ありがと」


 懐かしい感覚に微笑みながら応じ、リーリエはバイクに(また)がり直したエドガーの背に呼びかけた。


「昨日は聞きそびれちゃったんだけど、これ、どうしたの?」


「レッド・アローっていうんだ。これに一目惚れして向こうで免許を取った。これがあれば時間を気にせず移動出来るしな」


 リーリエの問いかけにエドガーは愛車の名を述べながら、愛しむようにハンドルを撫でた。


「どうやって運んできたの?」


「もちろん乗ってきたさ」


座席の後ろに乗るようにと手振りで促しながら、エドガーがエンジンをかける。


「……って言ったら信じるか?」


 街を囲む壁の外は野党が跋扈しており、酷く治安が悪い。その上、道も整備されておらずただ荒地が広がっているのみとなっているため、街や都市間の移動の主流は都市間連絡船と呼ばれる陸上ホバー船が主流だ。

大型の蒸気バイクで、首都アマルーナからアーカンシェルまで来られるとは思えずに、リーリエは目を瞬いた。


「……本当に?」


「まさか。っていうか、少しは疑えよ」


 エドガーが笑いながらリーリエを横目で振り返る。


「もうっ!」


 冗談だとわかったリーリエは、エドガーの背を思わず叩いた。


「ははははっ。信じやすいのは相変わらずだな」


「そんなに簡単には変わらないわ」


 唇を尖らせながら答え、長い髪を後ろに流しながらヘルメットを被る。


「……だろうな」


 笑いながら頷いたアルフレッドは、ヘルメットカバーを下ろして、リーリエ越しに後方を確認した。


「まあ、少しは警戒しろよ。世の中いいやつばっかりじゃねぇ」


 口ぶりから暗にアルフレッドたちのことを言っているのだと察し、リーリエは苦笑を浮かべる。この街には――少なくとも自分の周りには、信頼出来る人しかいない。それが心強かった。


「……私の周りは、いい人たちばかりよ」


「それは光栄だ。もちろん、俺も入ってるんだろ?」


 昨日十三年振りに再会したというブランクを微塵も感じさせず、エドガーが自信たっぷりに親指で自分を指した。


「……多分ね」


 少し意地悪がしたくなって、曖昧に返し、リーリエはヘルメットのカバーを下ろした。


「多分か……。まあ、今はそれでもいいぜ。……で、乗れるか?」


「もちろん」


 もう一度座面を叩いて乗るようにと促されたリーリエは、ワンピースを翻してひらりと蒸気バイクに飛び乗った。その軽やかな動きに、エドガーは軽く口笛を吹いた。


「さすがは従機乗り、慣れてるな。けど俺も、負けてないぜ」


「お手並み拝見ね」


 頷き、エドガーの腰に腕を回して身体を寄せる。


「言っとくが、安全運転で行くぜ」


「大歓迎よ」


 アクセルを回し、クラッチを操作する動きに合わせ、蒸気バイクが緩やかに発進する。走り出した蒸気バイクは、少しずつスピードを上げ、風を切りながら朝の街を疾走していった。


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