98 ライラ姫
2020.9.3 誤字訂正)ラシュビー → ラシュピー
2020.9.26 訂正です。
ライラ姫は、膝まづいたマートのすぐ近くまで近づいた
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ライラ姫は、マートのすぐ近くまで近づいた。軽く手を伸ばし、マートの頬に軽く触れる。
「こんにちは、マート。ご苦労様」
マートは無言のまま跪いた。
相手は第四王女、ライラ姫である。ここは、王城の中でも、かなり奥、どちらかというと王とその家族がプライベートに使う領域の部屋で、部屋には他に、ブライトン・マジソン男爵と、メイドが2人ほど控えているだけだ。
「直接答えても大丈夫よ。ここは、ブライトン様と私しか居ないわ」
「はい。お許しありがとうございます」
マートは、その姿勢のまま、そう応えた。
彼が何故このような事になったのかというと、問題は、王家の印章だった。下手なところに持ち込めば、命が脅かされる可能性まである危険な代物だ。冒険者ギルドに持ち込むのは問題外だった。
最初はジュディを経由して、アレクサンダー伯爵家に相談しようかと思ったのだが、ラシュピー帝国の調査隊で一緒だったブライトン男爵の事を思い出して、彼に届けることにしたのだった。
南方植物図鑑を届ける名目で彼に面会し、印章を渡して礼金を貰うつもりでいたのだったが、話はマートの思わぬ方向に転がって、ライラ姫に直接献上するということになったのだった。それも、プライベートで…。
「では、その見つかったものというのを見せていただけるかしら?」
「はい、こちらです。みつかったときは、かなり汚れておりましたので、洗浄させていただいております」
マートは脇に抱えた小さな木の箱をブライトン男爵に手渡した。ブライトン男爵は、その木の箱を受け取り、箱の蓋を開けて、中身をライラ姫に見せた。
彼女はまず、印章を手に取り、じっと見つめた。そして、なにかわかったかのように頷き、メイドを呼ぶと、それを手渡した。そして、同じく木箱に納められていた髪飾りを手に取ると、それもメイドに見せた。メイドは姫に、その髪飾りはおそらくニコール宝飾店のものでございますと耳打ちしたのだった。
「下水路で、見つかったという話だったわね。どのあたりかわかるかしら?」
「貴族街の北区の二十三番通りの地下を通る水路になります。ただし、相手はスライムですので、どこからか移動してきた可能性もございます」
鱗がメンテナンスに使っていた地図を思い出しながらマートはそう答えた。
「ブライトン様、ニコール宝飾店と北区二十三番通りの話と共に宰相様にこの話をお伝えして頂戴。もちろん、話は内密にね。髪飾りの絵は後で届けさせます」
「かしこまりました」
ブライトン男爵は足早に部屋を出て行った。その後、ライラ姫はメイドたちにも何か指図をし、彼女達も部屋を出て行ってしまい、部屋には、ライラ姫と、マートだけが残された。
「マート、今回の話は本当にありがとう。すごく助かったわ。この件はわかっていると思うけれど極秘よ。礼は改めてするけれど、一旦は私に預けて頂戴ね。もう、ひざまづいてなくていいわよ。立ち上がって楽にして頂戴」
「いえ……そういう訳には」
「大丈夫よ、誰も見てないわ。あなたは、ジュディ様には普通に喋りかけるのでしょう?私にも同じようにしてくれないかしら」
「……かしこまりました」
何故、そんな事を知ってるんだろうと思いつつ、マートはゆっくりと立ち上がった。ライラ姫はそれほど身長がたかいわけではないので、立ち上がると、ライラ姫の頭はマートの胸のあたりになる。
「まだ、硬いわね…。でも、ちゃんと話をするのは今日が初めてみたいなものだから、仕方ないかしら。ねぇ、あなたがジュディ様に献上した剣と盾は凄いことになってるのだけれど、知っている?」
献上した剣と盾…マートは一瞬何の事かわからなかったが、すぐに盗賊の財宝の上に乗っていた立派な剣と盾だと思いついた。ジュディ達とは、王都で別れた後、暫く会っていないので、どうなったのかは全然知らない。
「いえ、存じ上げません……」
「わが聖王国の紋章が百合に2本の剣が交差した形になってるのは、知っていると思うけれど、その2振りの剣は共に聖剣なの。建国の英雄王、ワイズ様が残した国を守る聖剣で雄剣と雌剣ね。それを象って紋章には2本の聖剣が描かれているの。でも、公にはなっていないけれど、実は雄剣は2百年ほど前に王子が遠征に携えて行き、行方不明になっていたのよ。それが、見つかったのだとしたら、大きな話題になるというのはわかるでしょう?」
「それが、あの剣だった……と?」
「その通りよ。今、それを公にして祝うのかどうかの話題で持ちきりなのよ。きっとジュディ様はあなたに連絡を取ろうと必死だと思うわ。この後で連絡を取ってあげて頂戴ね」
「ははぁ……そうなのですね」
ニーナの顕現を解除したことで海辺の家で寝ていたのが4日、それから3日...とマートは頭の中で数えた。
「気のない返事ね。公に失われた聖剣が王家に戻ってきたということになれば、それを成し遂げた者には名誉が与えられるでしょう。あなたも男爵位ぐらいもらえることになるかもしれなくてよ」
「そんな事を、私に話されてもよろしいのですか?私は貴族でもなくただの冒険者にすぎません」
「欲がないのね。それとも慎重なだけなのかしら」
ライラ姫は、マートのすぐ近くまで近づいた。軽く手を伸ばし、マートの頬に軽く触れる。
「その瞳…」
マートはその時、なにか圧迫感を感じた。魔法をかけられたときに感じる感触だ。呪い…おそらくライラ姫がなにかしらの呪いの魔法をマートにかけようとした。思わず反撃しようとする気持ちをなんとか抑え込み、マートはライラ姫の手を掴んだ。
その動作にライラ姫は驚愕の表情を浮かべた。抵抗されることはおろか、勘づかれることすら想定していなかったのだろう。
「…お戯れはお止めください」
その顔をみながら、マートはそう言った。掴んでいた手を離す。
「失礼いたします」
茫然としているライラ姫を残し、マートは踵を返して退出しようとした。いきなり呪文をかけようとした相手を信用できないのはもちろんだが、相手は王女だ。おおっぴらに非を唱えるわけにも行かない。お互いなかったことにして別れるのが一番良いだろうと考えたのだ。
「待って。ごめんなさい」
ライラ姫が、そう言った。切羽詰まったような声だ。だが、その願いにマートは首を振った。
「いきなり、呪文をかける様な方を信用できるとお考えですか?」
「それは...」
ライラ姫が言葉につまる。
「どのようなご都合があったのかは存じませんが、私は少し王家の方に幻想を抱いていたようです。もちろん、王国民として、尊重させていただく気持ちは変わりませんが…」
そこでマートは言葉を濁した。それ以上は踏み込みすぎるかと考えたのだった。その言葉に、ライラ姫は追い詰められた様子で、しばらく言葉に詰まっていたが、急に大きな声でこう言った。
「私は前世記憶を持っているの!あなたもでしょう?ごめんなさい。確かめたかっただけなの」
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