96 地下水路の危険
「ホント、臭えな」
マートは、鱗から借りた服を着、手に持った鉄棒で、何かが潜んでいそうなゴミの山をつついたりして確認しながら、思わずそう悪態をついた。いつもの装備は、臭いが移るといわれたので、全部ニーナに預けてある。あまりの悪臭に彼の臭覚はほとんど麻痺してしまっていた。
「まぁ、そういうなよ。これでも1日で大銀貨を2枚ももらえるんだ」
鱗のほうはというと、左手にはランプ、右手には長い鉄棒の先に平たい鉄の板がついた道具をもち、手馴れた様子でゴミの塊を下水の流れに落とし込み、下流に押し流している。マートはこんな臭い所で作業しているのに1日大銀貨2枚というのは安すぎると思ったが、それは口にしなかった。
「ねずみとか虫とかもっと多いと思ったんだが、意外とそうでもないな」
「いや、ここ最近、減ったんだ。それも何か関わりがあるのかもしれないけどな」
下水路というのは、貴族街の地下をうねりながら、大きくは北から南へ流れており、流れ込む支流がまるで背骨に対する肋骨のように何本も存在する。そして、地上からそれらに無数の配水管が繋がっている。鱗たちの仕事はそれらの詰りを直したり、流れを改善したりといった他に、下水路や管のちょっとした修復も行っているらしい。
午前中かかって、何箇所かの配水管の詰りを解消した鱗は、副収入として、銀貨を3枚ほど手に入れていた。
「意外と、詰りを直してると、こうやって落し物があるんだよ。貴族様は下水に落ちたコインは汚くて要らないらしいから、俺のモノになる。一度指輪を拾ってな。それは届けたら、礼に大銀貨を一枚貰ったよ。金貨が拾えたら良いんだがなぁ」
「へぇ、そうなのか。まぁ臨時収入ってやつだな。指輪とか、価値を考えたら、もっと貰えそうなものだけどな」
「まぁ、そこは仕方ねぇさ。俺達みたいなのはまともに相手なんてしてもらえないことが多い。ちゃんと礼をくれただけでもありがたい話さ」
2人で立ったまま休憩しながら、そんな話をしている途中、マートは自分らが立っている通路に黒いゼリー状のものがぬるりと這い上がってくるのに気がついた。
「鱗、足元に何かいるぞ」
マートはそういいつつ、後ろに跳び退る。鱗が足元にランプを近づけるのと、その黒いゼリー状のものが、大きく膨れ上がって鱗の右足に飛びついたのはほぼ同時だった。
「ひっ、なんだ?」
鱗は、衝撃でその場に尻餅をついた。手に持ったランプが転がって明かりが消える
「うわっ、熱い。足が焼ける…、猫、助けてくれ」
鱗は左足で右足を飲み込んだ黒いぜリーのようなものをこそぎ落とそうとしたが、逆にその左足もゼリーのようなものに取り込まれてしまった。仰向けのまま、両手で懸命に後ろに下がりつつ逃れようともがく。
「ち、スライムか?えげつないな。待ってろ」
『耐熱』
『火炎』
鱗に耐熱の呪文をかけてから、左の掌から炎を放射する。スライムは慌てて取り込んでいた足を放し水の中に逃げ出していく。
「逃すかよ」
『氷結』
スライムは体の一部を通路に残した状態で固まった。
「鱗、大丈夫か?」
「いてぇ…足が痛ぇよ」
両足とも、まるで熱湯に足を突っ込んだように真っ赤に腫れている。靴はぼろぼろになって床に転がり、ズボンの裾も焦げたようになっていた。
『治癒』
マートは腫れ上がった足に手をかざし、呪文を唱えた。皮膚の赤味が少し引くが、完全というわけには行かないようだ。
「神聖魔法はほんの駆け出しだからな、この程度だ。それでも俺の大事な隠し玉だから誰にも言うなよ。あとは塗り薬をやるからな」
「あ、ああ、わかった。すこし痛いのはマシになった。お前すげぇな。たすかった……」
鱗はそういいつつ、暗闇の中でキョロキョロしている。マートは、鱗の持っていた予備の松明に火をつける。
辺りが照らされるようになって、鱗はようやくほっとした様子だったが、スライムの凍りついた体の一部を見つけて驚きの表情になった。
「そ、そいつは大丈夫なのか?」
「ああ、呪文で凍らせているから10分ぐらいなら大丈夫だろう。こんなのがいるとはな」
マートは、鉄棒を引っ掛けて、大半が汚水の中に沈んでいた真っ黒いスライムを通路に引き上げた。大きな酒樽ほどのサイズだ。
「足元に気をつけてないと、急に引きずり込まれたらどうしようもないな。ん?ちょっとまて」
凍りついたまま、横倒しになっているスライムの底のあたりに光るものがいくつか見えた。
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