95 スネークと呼ばれる男
「お、鱗じゃねぇか、久しぶり!」
顕現の解除をようやく済ませた日の夕刻、王都の下町でぶらぶらしていたマートは、旧知の顔を見かけて思わず声をかけた。鱗だと呼びかけた相手は年の頃は30は過ぎているだろうか、立派な身体をしていて、背中と腕は緑色の鱗に覆われている。
彼は、マートと旅芸人の一座で一緒だった仲で、年の差はあったものの、お互い、異質な外見を持っていることもあり、仲が良かった。だが、2年半ほど前に座長たちがはやり病で亡くなり、一座は散り散りになってしまった時に別れてしまっていたのだ。
「おう、猫じゃねぇか、無事生きてたんだな。よかった」
「ああ、なんとかな。マルティナ姐さんに面倒をみてもらったんだ」
「そうなのか。マルティナは元気にしてるのか?」
「いや……」
マートは言葉を濁して首を振った。
「飯でも食おうぜ。宿は決まってるのかよ」
マートのその様子を見て、鱗はわざと明るい表情をして誘った。2人は鱗の馴染みだという、王都の下町の汚いが、安いのが売りという感じの酒場に行き、何の肉かわからないものの煮込みをツマミに、酒を頼んで乾杯した。
「二人の再会に」
「はやり病に勝った祝いに」
「懐かしいな。鱗に会えるなんて嬉しいよ」
「その呼び名自体が俺にも懐かしい。猫は一座の他の連中はしらねぇのか?」
「一座では、マルティナ姐さん以外だと、鱗が初めてだよ」
「そうか、マルティナはどうしたんだ?」
「座長が死んだあと、俺もまだ世間知らずだったからさ、姐さんが可哀想って思ってくれたらしくてよ、2人で吟遊詩人の真似事をしてリリーの街で暮らしてたのさ。だけど、姐さんは、結局はやり病がスッキリしなくてな。半年ぐらいでやせ細って死んじまった。俺が足手まといにならず、もっと稼げてたら……」
「はやり病は治っても、後遺症っていうのか?なんかきちんと息ができなかったり、飯が食えなかったりってのがあったみたいだからな。俺達みたいなのはしかたねえさ。暗い話は止めようぜ」
「ああ、飲もう。今回仕事で王都に来たんだが、結構稼げたんだ。たんまり奢るよ」
マートは、手に入れた盗賊の財宝を思い出しながらニヤリと笑った。ジュディに一番目立つところにおいてあった飾りのついてあった立派そうな剣と盾を譲ったが、それ以外は結局自分のものにできたのだ。宝箱一杯の金銀財宝というやつである。魔剣はその分配になにか不満そうな念話を送ってきたが、それは無視した。
「なんだって?先にそれを言えよ。それならもっと良いところに行ったんじゃねぇか」
鱗の声が大きかったのだろう、店主がおいおいと文句を言う。
「あはは、冗談さ。親父さん、これでみんなに酒を出してやってくれ。俺のおごりだよ」
マートは半大銀貨を1枚投げた。店主はそれを受け取るとすこし驚いた顔をしたが、嬉しそうに頷いた。
「何をそんなに稼いだんだよ?」
「へへ、ちょっとした護衛仕事だったんだがな、驚くなよ、俺はもう冒険者ギルドでランクBなんだよ」
冒険者ランクBといえば、貴族や一流の商人の身辺警護ができる証明みたいなもので、それだけの信用と腕があると認められた者でないと認定されることはない。 マートは自慢気に言った。
「おぉ、すげぇじゃねぇか。そりゃぁ日当も良いんだろうな」
「誰とは言えねぇが、貴族の護衛だぜ?そりゃぁたんまりさ」
「へぇ、成程な。じゃぁ、久々の再会を祝って、たっぷり飲むぜ」
久しぶりで、年の差もかなりある2人ではあったが、お互い遠慮をしたりということもなく結局朝まで盛り上がったのだった。
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「なぁ、猫、悪いが仕事を手伝ってくれねぇか?」
翌朝になって、安宿で泊まった鱗は隣で二日酔いの頭を抑えているマートに言いにくそうにそう頼み込んだ。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、今、俺はランクDでな、下水路の掃除の仕事を請け負ってる」
鱗はそう話し出した。彼によると、下水路の掃除というのは不潔なところなので人気はないが、支払はきちんとしてくれるし、彼にとっては、特に外見上鱗があっても分け隔てなく雇ってくれるということもあり、良い仕事なのだそうだ。ところが、最近行方不明になる仲間が何人かでているらしい。尚、下水路というのは、貴族街にある汚水を川に流すための地下水路だということだった。
下水路に何か魔物でも棲み着いたんじゃないかと思い、仕事を斡旋している冒険者ギルドに相談はしてみたものの、行方不明者が出ているというだけでは、何も動いてくれなかった。
「死体とか、何がいるとか判ればうごいてくれるんだろうが、行方不明っていうのだけではダメみたいでな。同じ掃除仲間で、朝に水路の分岐で別れて、夕方帰ってきてねぇとなると、俺にとっては不安で仕方ないんだ」
「ランクBには、本来頼める話じゃねぇと思うんだが、猫はたしか暗闇でも目が利いただろ?一度一緒に潜って、何かいねぇか見てくれねぇか?頼むよ」
長い間の付き合いである。マートは迷わず、その頼みを引き受けることにした。
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1金貨(10万円相当)=10大銀貨=100銀貨=1000大銅貨=10000銅貨という設定です。
半大銀貨というのは、大銀貨を半分にした半円型のコインで、もちろん大銀貨の半分の価値(=5千円相当)になります。
2023.5.23 半円だと不都合がありそうなので、別の銀貨とします。重さが半分の別のコインです><




