78 調査に出かけるその前に
「都市の南門で」
早速調査に向かった3人だったが、市場に通りぬける途中で急にマートはシェリー、アレクシアの2人に口早にそう告げて、1人で市場の路地を曲がっていった。
「ん?どうしたんだ?」
様子の判らないシェリーはアレクシアに尋ねたが、詳しくはアレクシアも判らず、肩をすくめた。
「どうしたんでしょうね。何か考えがあるのでしょう」
2人は少し相談したが、結局、マートに対しては信頼の厚い2人は何か理由があっての事だろうと、言われるがままにそのまま南門に向かって歩きはじめた。その後、しばらくして先のほうでスリだっ!という声を聞いたのだった。
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「なぁ、さっき掏り取った財布、返してくれねぇかな?俺の知り合いなんだよ」
路地を何度か曲がり、人が少なくなったのを見計らって、マートは歩いている少女に声をかけた。
「え?」
彼女は立ち止まった。年の頃は14、5才だろう。マートから見ると、その少女は指先は器用だが、戦いは苦手そうなタイプにみえた。
「袖の中で、右手で握りしめてるそれさ。返してくれたら何もしねぇよ」
マートがそう言葉を続けると、彼女はマートのほうを振り返り身構えた。
「女の子相手に手荒な事はしたくないんだよ。なぁ、頼むよ」
彼女はマートにそう話しかけられても、何も答えない。しばらく見詰め合った彼女は、なにかに気がついた様子で一言呟いた。
「同類…?」
そう言って、彼女は左手に嵌めた指輪をわざとマートに見せるようにした。その紋章は、かつて前世がリッチだと言っていた男が持っていた指輪に描かれていたものと同じだった。マートはそれには反応せず、一歩前に出た。彼女は袖の中に手を戻し、皮袋を取り出した。
「私はクローディア。あなたは?」
「俺は猫って呼ばれてる。ワイズのリリーって街から来てる」
「猫ね。私と同じ瞳…。あんたみたいなのがいるなんて聞いてなかった。逃げようとしても無理そうね。それは返すわ」
彼女は皮袋をそのままマートに向かって放り投げた。彼女の瞳の感じは少し違っており、マートと同じように縦長だった。
マートは放り投げられたその袋を受け取って頷く。
「あー怖い。ねぇ、猫、ワイズ王国の連中はみんな人間側なの?」
「さぁ、知らないね。俺は野良猫だからな」
「そうなんだ。勿体無いよ?今度一緒に飲もうよ」
少女がそう言ってウィンクすると、マートは苦笑した。
「じゃぁね」
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シェリーとアレクシアがヘイクス城塞都市の南門で待っていると、マートはしばらくしてやってきた。
「スリをつかまえたのか?」
「いや、掏られたというのは勘違いだったみたいだ」
アレクシアは首を傾げかけたが、マートが片目をつぶって合図を送ってきたので、話を合わせることにした。
「そうだったのか。騒いでいたのはライナス卿の輜重担当の連中だったのでな。心配していたのだ」
シェリーは何も気づかない様子でそう言っている。
「財布は懐の中に入っていたらしい。俺も横で聞いていただけだが、衛兵隊と状況を話している途中で見つけて、勘違いだったのかという話になってたよ」
「ふむ。よくわからんが、財布が見つかったのならよかった。さっさと蛮族の調査に向かうぞ。2週間しか滞在しないらしいからな」
そう言うシェリーにアレクシアは頷いて見せた。
「そうですね、どうします?この間襲撃を撃退した場所から足跡を探します?」
「そうだな。慌てて逃げていったから、足跡は残っているかもしれない。都市の外は蛮族が良く出るからって人はあまり出歩いてなさそうだしな。さっさと行ってみよう」
マートたちが、門番に調査隊のメンバーに発行された身分証明書のようなものを見せると、待たされることも無く都市の城門を通ることができた。外は、かつては人通りも多く、露店なども出ていたようだが、今は寂れて廃墟のようになっており、人影も見られなかった。マートが周りを見回すと、オーガやゴブリン、コボルドなどが廃墟の中を探ったりしているような痕跡が見える。
「結構蛮族が城門の近くまで来てるな。ちゃんと見張ってるのかよ」
巨大な城壁を見上げると、そこには衛兵らしき姿が見えたが、彼らは下は見ていないようだった。
「ん?そうなのか?」「え?そうですか?」
「ほら、そこに足跡があるだろ?そいつはオーガのだ。あそこにはゴブリン……」
マートは二人に説明する。シェリーは全く判らないようだったが、アレクシアはさすがに指差されると気付いたようだった。
「確かにありますね。3日ぐらい前でしょうか?」
「だろうな。あまり警戒してないような歩き方だ。かなり舐められてんな。たぶん、夜は松明を出してないんだろう。出してたとしても夕方だけで夜間ずっとは明かりを灯してない。だからこんな近くまで寄って来られてる」
「資材が足りないのかも知れません。松明どころか、薪も高そうでした」
「そうだな。だけど、こんな状態だと、ジリ貧で余計外には出にくくなる」
「ふむ、さっさと居住地を探そう。マート殿の話からすると、いっぱいありそうだ」
シェリーが腕が鳴るという風に馬上で槍を振った。
「ああ、そうだな。だが、悪いがしばらくは護衛で頼む。蛮族の居住地を潰す功績は調査隊に譲るつもりだ」
「そうなのか?つまらんぞ」
「シェリーが独り功績を上げても睨まれるだけだし、怪我してもつまらねぇ。ライナス卿とみんなで退治すれば良いだろう?」
シェリーは少し考えたようだったが、途中で首を振った。
「んー、わかった。とりあえず調査優先で良いだろう。全部、マート殿に任せた」
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