73 シェリーの依頼
ご苦労 → お疲れ
ラシュピー帝国というのは、マートたちの住むワイズ聖王国の北側に広がる巨大な国家だ。そのさらに北というと、途方もなく遠いところのように思われた。
「それはまた、遠くですね」
「はっきりとは判らないのだが、片道で2月ぐらいはかかるかもしれないという話だ。そうなると帰ってくるまでに半年はかかるだろう」
「しかし、またどうして?」
「ラシュピー帝国の北部では長年魔獣やゴブリン、オークといった蛮族共との争いが絶えず行われていて、徐々に彼らに押されているという話だ。近年はさらに魔獣、蛮族共が増え、現在守備拠点となっている城塞都市がいよいよ危ないということで、長年の友好国である我が国に援軍の要請があったのだ。それに応ずるべく、まずは少人数の調査隊を派遣するということになった。その中の1人に私が選ばれたのだ」
「そりゃまた名誉な事なんだろうな」
「もちろんだ。王家は今回の魔獣、蛮族の増加は聖剣の予言と関係があると考えられているようで、正規の騎士団の他に、国内で魔法や剣などで才能高いと言われている者に参加の打診をしたそうだ。ジュディお嬢様もそのお1人で、伯爵様はジュディお嬢様の代わりに私を派遣することにされた」
「なるほど」
「そして、ランス卿が、もし行くのであれば、マート殿を是非護衛として連れてゆけと推薦してくれたのだ。アレクサンダー家の前騎士団長がわざわざだ。そなたの力は私も理解しているので、否やはない。是非一緒に来てもらいたい」
「ランス卿は他に何か言ってたか?」
「私が調査隊に参加するにあたって、その準備などもマート殿と相談すればよいと言っていた。伯爵様からは半年分の食費も含めた経費として200金貨という大金を預かった。その範囲で必要なら人も雇えということらしいのだが、私はそういうのは苦手でな。卿は『何が起こるかわからん。できるだけ装備は軽くしてやってくれ。』とマートに伝えれば大丈夫だと言っていた。ああ、そういえばもう一つ『彼とは約束していたので、かならず依頼は受けてくれるはずだが、万が一、渋るようなら、ジュディ様用に用意したリリーの街の家を10年間なら貸与してもよいので、それで交渉せよ。』とも言っていた。よろしく頼む」
そういって、シェリーは頭を下げた。
「丸投げかよ。それも、シェリーももう少し駆け引きというものを憶えた方が良いぜ。しかし、まぁ、わかった。姐さん、悪いがフィンレイさんところの護衛の仕事は受けれなくなった。聞いての通り、半年仕事だ」
「ああ、まぁ、仕方ないね。どうするんだい?1人でいくのかい?」
「野営が多くなるのなら、見張りを考えるともう1人ぐらい欲しいところだけどな。経費として200金貨って足りるのかどうかが全然わからねぇから、1人雇っても報酬がどれぐらい出せるか予測がつかねぇ」
「そうだねぇ」
「私が行きます。この街のジュディ様の家ってかなり広いですよね。報酬は、私用に1つ部屋代10年分ということでお願いできますか」
アレクシアが手を上げた。
「そういう考え方もアリだね。アレクシアが行っちまうとなるとフィンレイさんの護衛の斥候がちょっと心もとないが、まぁ、良いだろ。どうだい?猫」
「ああ、アレクシアが良いのなら、助かるな。わかった。じゃぁそうしよう。シェリー、出発は何時だ?」
「調査隊は王都に1週間後集合することになっている」
「ぎりぎりじゃねぇか。俺がもし断ってたらどうするつもりだったんだよ」
「いや、私はマート殿を信頼している。大丈夫だ」
「っつ、じゃぁ、リーダー、姐さん、しばらく行ってくるぜ。アレクシア、シェリー、市場に行くぜ。どうせシェリーは馬に乗ってるんだろ?あとは軽めというのなら荷物は馬車じゃなくロバを一頭だな」
「おいおい、そんなので足りるのか。最大2月の行程だろ?」
「ああ、水は出せるし、いろいろ手はある」
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シェリーたちの準備はなんとか間に合い、ジュディの他、父であるスミス・アレクサンダー伯爵やランス卿と共に、調査隊の出発の前日に王城で行われる式典に参加していた。
「マート殿、アレクシア殿、公には2人は冒険者ではなく、私の従者ということでよろしく頼む」
「わかった。騎士シェリー。俺たちはマート、アレクシアと呼び捨てだぞ」
「ああ、了解だ」
「私は、こういうのは初めてです。作法も何もわからないし……」
アレクシアは、一足先に着いていたランス卿から借りた男性用の従者服の裾を引っ張りながら、落ち着かない様子だったが、もう開き直るしかないとマートに言われて頷いた。
「あれが、調査隊の隊長のライナス・ビートン子爵か」
マートは、身長2mに近く、武官服を着た男を目立たないように注意しながら観察した。金髪の髪を短く刈り込み、筋肉の盛り上がりは武官服がはちきれそうなぐらいだ。
「ああ、その通り。あだ名は忠犬ライナス。王国の第三騎士団の副騎士団長だ。品行方正、趣味は訓練らしい」
ランス卿がマートの呟きにそう答えた。
「ライナス卿は、王国の武闘大会で、3年連続で決勝に進まれています。私も一度手合わせをお願いしたい」
シェリーはそう言った。たしかに彼女とは趣味が合いそうだ。シェリーと同じように調査隊に参加する貴族配下の騎士が何人か居て、順番に隊長であるライナス子爵に挨拶をしている。
会場を見回すと、ドレスを着たニーナがいた。いや、彼女はきっとニーナではなく第四王女のライラ様だろう。見慣れたマートですら間違えそうなぐらいそっくりだ。
彼女はジュディを見つけたらしく、こちらに近づいてきた。彼女も魔術学院に通っているはずなのでジュディとはお互い顔見知りなのだろう。彼女の後ろにさほど身長は高くない赤毛の男性が居る。
「ごきげんよう。ジュディ様」
「ライラ様。ごきげんよう。お疲れ様でございます」
「ジュディ様の部下の方が今回の調査隊に加わると聞いて、是非挨拶をと思って」
「ありがとうございます。ライラ様のお知り合いも参加されると伺っております。こちらこそよろしくお願いいたします」
「そうなのよ。彼よ。ブライトン男爵と仰るの。マジソン伯爵の次男で、私の魔法の最初の師匠でもあり、魔術師として王宮に仕えている方なの。今回の調査隊の副隊長ということになったわ。ブライトン様。こちらは魔術学院で私の2年後輩、天才と呼ばれるジュディ様よ」
「初にお目にかかります。ブライトンと申します」
ライラ姫の後ろに立っていた青年がそう言ってお辞儀をした。伯爵の次男というだけあって、優雅なしぐさだ。
「天才はライラ様のことですわ。紹介させていただきますね。彼女はシェリー。我がアレクサンダー伯爵家に仕える騎士ですわ。今回の調査隊の1人ということにさせていただきました。私が幼いころから護衛騎士として仕えている者なのです」
シェリーはライラ姫、そして魔術師ブライトン男爵にお辞儀をした。
「よろしくね。そうそう、ジュディ様。シェリーさんが連れている従者は有名人らしいですね」
「有名人?」
「水の救護人として最近、王都の吟遊詩人のサーガで有名らしいのよ」
ジュディは誰の事だろうと首をかしげたので、マートが慌ててその場で跪いた。
「ああ、私です。お耳汚しを」
「あなたが水の救護人として有名なマートね。顔を上げて」
マートはゆっくりと顔を上げた。
「不思議な眼をしているわ」
ライラ姫がそう呟いた。
「精霊魔法使いとして、たまたま上手く行ったにすぎません。あとは、吟遊詩人たちが面白おかしく伝えているのです」
「精霊魔法使い。魔法使いとはまた違うのね。なんて不思議な響きなのかしら。ブライトン。旅の間、彼の話をいろいろ聞いておいてね」
「わかりました。ライラ姫」
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