63 メイド追跡
ランス卿の邸宅のある貴族街から市街地、花都ジョンソンの北門を出て、匂いは郊外に続いていた。補佐官と配下の騎士たちが用意した馬でマートたちはその後を追跡し始めた。街道を通る人はだんだん少なくなってきていた。
「どれぐらいだ?」
補佐官はマートに尋ねた。
「およそ30分遅れってとこかな。このペースなら昼前に追いつくだろう。ランス卿の息子のアゼルと女の前後を行ったり来たりしてる男が1人いるんだが、そいつが少し気になる。そいつは地下牢でも臭いがしてた」
「仲間か」
「その可能性もあるが、わからねぇな」
「ふむ、仲間だとしても、こっちは、私と騎士が3人、君も入れると5人だ。大丈夫だろう」
「この道はどこに通じるんだ?たしか、今度狩りに使われる森はこっちの方角だよな」
マートは尋ねた。花都ジョンソンから北に彼は行ったことが無いのだ。
「このまましばらく行くと小さな町があって、そこで道は左右に分かれる。右に向かうと隣国ハドリー王国との国境、ホワイトヘッドの街。左はブルームの街に向かっていて、ランス卿の領地はその手前にある。君の言う狩りに使われる森というのはその小さな町から真っすぐ北だな」
「アゼルが行くとしたら、親父さんの領地か」
「ああ、その可能性が高いと考えている。アゼル様自身は花都ジョンソン育ちだが、領地にはたしか引退した彼の乳母がいたはずだ。たしか女もそこ出身だしな」
「領地の連中とか巻き込みたくないな。まぁ、それまでには追いつく。急ごうぜ」
「ああ、わかった」
補佐官とマートたちは馬を急かせた。
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愛馬にメイドを乗せて、自分は早足で歩きながら、アゼルはこれでよかったのだろうかと後悔していた。
彼自身は、最初は少し話を聞くだけのつもりだった。そのため、牢番から鍵を借りようとしたのだが、彼が騒ぐので仕方なく当身をして気絶させた。そして、彼女の口枷を外すと、いきなり彼女はこう言ったのだった。
「助けてください、アゼル様。このままだと私、殺されてしまいます」
殴られたのだろう青黒く腫れた唇が痛々しかったというのはある。手枷、足枷を外すと抱きついてきた彼女の身体が柔らかかったというのもあったかもしれない。彼は思わずうなずき、一緒に逃げようと言ってしまった。
まだ暗い中、自分の愛馬を馬屋から出し、よろめく彼女をその馬に乗せると、彼は北を目指した。こういうときに頼れるのは、領地に帰って暮らしている乳母ぐらいしか思いつかなかった。親父のランス卿には彼女が無実だと、少し話をさせてくれと言っても全く聞き入れてくれなかった。彼女にきちんと話を聞き、安全なところに匿って、親父ときちんと話し合うしかない。そのときは彼もそう思ったのだ。
彼女は馬の上でぐったりとしたままで、まだ何も話してくれようとはしなかった。もうすぐ太陽が中天にかかるが、たしかもう少し行ったところに小さな町があったはずだった。街道の分岐点にあたり、規模は大きくないが、そこでお昼ご飯にして、その時に話を聞こう、彼女はなにかに巻き込まれただけで、何の罪もないと言ってくれるはずだ。彼は自分自身にそう言い聞かせた。
街道沿いに小さな池があり、その周りにすこし木々が植えられて、野営ぐらいはできそうなところまで来て、彼女はゆっくりと馬の上で身体を起こした。
「アゼル様、すこし休憩させていただけますか?」
「ああ、いいとも」
彼は馬の手綱を林の木の一本の木にくくりつけ、横座りで馬に乗っていた彼女を抱かえ降ろした。彼女はするりと馬から降り、何故かあたりをきょろきょろと見回し、何かを拾い上げたように見えた。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、大丈夫です。アゼル様。本当にありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げた。彼女の身長は彼の胸あたりまでしかなく、その華奢な姿にやっぱり彼は彼女を救い出してよかったと考えたのだった。彼女は、彼よりたしか3つほど年上だったはずだ。彼が12歳になって父親から身の回りの世話をするメイドとして彼女を紹介された。そのとき、彼女がすごく大人の女性に見えたのを思い出した。
「僕は君を信じている。助けるのは当たり前だ」
アゼルはそう言って微笑み、差し出された彼女の手を取った。だが、その微笑みは途中で凍り付いた。
「ごめんなさい、アゼル様。私はあなたが信じるに足る人間じゃないの」
アゼルは、そのままその場にゆっくりと倒れた。メイドの手には緑色の液体のついた針のようなものが握られていた。
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