59 屋根裏の不審者
「マートと申ひまふ(イタッ)」
ハリソンの紹介状を見せ、ランス卿の屋敷の豪華な部屋に通されたマートは、自分の名前を告げようとして、早速舌を噛んだ。
ランス卿は片方の眉を上げたが、その様子は大目に見ることにしたようだ。
「ふむ、知っているぞ。そなたが、ジュディお嬢様が以前言っていたマートか。若いな。幾つだ?」
「15」
「言い直せ」
「15...才です」
「『15才になります』だ」
「ああ、そうそう、それ」
「ハリソンめ、何が最低限のマナーは身につけさせておきますだ。全然なっておらんではないか。本当にそなた役に立つのか?」
「どこまでかはわからねぇ...いや、わからないけど、精一杯はさせて...いや やらせて頂きます?」
「どうして、最後は疑問形なのだ?マナーについては、引き続いて勉強してもらうとして、まずは問題はどれほど役に立つかだ。この屋敷で怪しい動きをしてそうなやつはおったか?」
「ここで言って良いのかい」
「『言ってもよろしいですか』だ」
「ああ、言ってよろしいですか?」
「もちろん良いぞ」
「4人です」
「4人?」
「そこの机の中と、奥の扉の外、屋根裏に2人」
そう聞いて、ランス卿とその横にいた補佐官らしき男性が固まった。
「ほう、屋根裏の2人を捕まえてくれるかの」
「おかしいな、それは、俺の仕事じゃないはず……」
そういわれて、マートは首をかしげた。だが、なんとなく、4人も居るというのは想定外だったのだというのはわかった。
「今回だけじゃ。特別手当を払おう。手段は択ばずともよい」
「わかったよ。じゃ、ちょっと失礼して」
マートは、その場でジャンプすると、天井に貼りついた。それを見て、ランス卿がおぉと思わず声を出した。
マートはそのまま、動かすことの出来る板を迷わず選び、天井裏に入り込む。天井裏では人影が2つ。一つはランプを点けていたが、そちらには目をくれず、もう一人の人影に向かって飛ぶようなスピードで移動した。相手は自分の存在が発見されていると気づき、ナイフを抜いた。
『毒』
無言の呪文行使。身体が麻痺する種類の毒を送り込む。
それと同時にマートは、腰の小剣を抜きつつ、相手に迫る。相手の動きは少し遅くなっていた。そのまま、ナイフを持つ手を剣の峰で強打し、相手の武器を無効化すると、剣の柄をそのまま口に突っ込んだ。
「自分で死のうとしただろ。悪いな、それはさせねぇよ」
相手は女性だった。剣の柄が突っ込まれて口の端が切れたのか、それとも歯が折れたのか、血が滴っている。
マートはロープを取り出すと、猿ぐつわをし、手早く手足を縛った。そうしておいてから、最初から動けずにいたもう一人の人影のほうを向いた。
「あんたは、素人だろう?自分で降りな」
そちらの方は男性のようだった。マートの言葉に頷き、マートが飛び込んだ穴まで身体を引きずるようにして移動し、廊下に下りる。ランス卿の配下らしい騎士が、彼を迎えている。マートは、縛り上げた女性も、その配下に引き渡すと、自分も廊下に下りた。
「これでよかったかい?そっちの女性のほうは、かなり真剣だったみたいで、乱暴な手をとらざるを得なかった。尋問とかはそちらに任せるよ」
「ああ、お前さんの腕が良いのは十分に判った。ハリソンが勧めるわけだ」
「3人は試しだったんだろ?だから言って良いかって聞いたのに」
「言葉……」
ランス卿の部下が呟いたが、ランス卿がそれを遮った。
「追々、言葉は直してもらうとして、そなたの力は儂等の予想を超えていた。そして、事態も深刻な様だというのも、よくわかった。ハリソンの推薦は時機を得ていると考えたほうが良さそうだ。そして、今回のような場合に備えて、ハンドサインのようなものが必要じゃな。予定外の事が起こるたびに、特別手当を出していては、金がいくらあっても足らぬ」
「ありがとうございます」
「その言葉は、舌を噛まずに言えるのだな」
「かなり練習したからな。ついでに言って良いか?」
「言葉……」
ランス卿の部下が再び呟いたが、又、ランス卿がそれを遮った。
「すまねぇな。ジュディのお嬢には世話になったんでね。彼女の悲しむ顔は見たくないんで正直に言わせてもらう。ハリソンのところもそうだったが、ここもかなり色々な連中が出入りしている感じだ。そこにハリソンの紹介状を持って、受付にノコノコと来れば、何かあったなって屋根裏に忍び込まれ、調べられるのは当然だ。そうすりゃ手の内が見られて、そのうちになにも出来なくなっちまうだろう。こういった連絡のやり方にしても、もう少し考えた方が良いと思うぜ」
「ああ、そなたの言う通りだ。見直すこととしよう」
「よろしく頼むぜ」
「『よろしくお願いします』だ」
マートはそう言われて、すこしうんざりしたような顔をした。
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