49 慰労会
「すまなかった」
ショウは、目の前の小柄な女性に深々と頭を下げた。横にいたエリオットが、その女性に何かを手渡し、彼女はそれを受け取ると、さめざめと泣き、立ち去っていった。
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「キャロルの彼女か?」
「ああ、ああいうのは辛いよな。今回は死体も回収できたし、水温が低かったおかげで状態も良かった。まだ救われるほうさ」
クインシーとグランヴィルが、クランの詰め所の裏でのそのやり取りを2階の窓から見ながら呟いた。
魔術師ギルドからの依頼である遺跡地下の調査は、ショウやマートが調べた内容を報告することで一旦終了し、メンバーは一旦リリーの街に戻り、ギルドのアジトの2階でささやかな慰労会をしていたのだった。
「エール飲む?」
マートの横には、アレクシアが甲斐甲斐しく料理を彼の口に運んだり、エールのジョッキを口元にもって行ったりして、両腕が動かない彼の世話を焼いており、ジェシーたちがそれを冷やかしたりしている。
「しかし、ほんと良かった。良かった」
サブリーダーのジョブは、みんなの顔をみながらしきりに呟いている。その横で、グランヴィルやジェシーもうんうんと頷いていた。
レティシアとアニスとは、クランの他の女性メンバーと一緒にすこし離れた所でなにやら話し込んでいたが、時折笑い声などもあがっていた。
ショウは2階に戻ってくると、ジョブや一緒に探索をしていたメンバーとしばらく話し込んで居たが、やがて、マートが座っているところにやってきた。
「猫、今回はホント助かった。お前さんが頑張ってくれたおかげで、俺も助かったし、他のメンバーも生き残った。なんとか探索依頼もこなすことができた。ただ、今回みたいな無茶はもうしてくれるな。今回はたまたま、運が良かっただけだぞ。いいか?」
「ああ、わかったよ」
「今回の報酬には、かなり色をつけたが、全部アニスに預けておく。どうせ、1人で使えないだろう。良いな?」
マートは、少し複雑そうな顔をしたが、その横のアレクシアは、嬉しそうだ。
「贅沢な話じゃないか。腕が動かなくなった時には、どうするかと思ったが、今となっては羨ましいぞ」
料理を持って、母娘とも見える姿がギルドの2階へ上がってきた。エバとアンジェだ。2人は以前、盗賊に囚われて酷い目に会っていたところを助けられており、今回の話を聞いて、手伝いに来たのだった。
「アニス、アレクシア、そして、エバさんとアンジェか。美人4人に面倒を見てもらえるなんてな。お前も人気者だな。エリオットやクインシーが、死ぬほど羨ましい。俺が祭壇を壊せばよかったって言ってたから、お前たちだったら誰も介抱なんぞしてくれんぞと言っておいた」
「いやいや、エリオットさんやクインシーは飲み屋にたくさん恋人が居るだろ。しかし、まぁ、4人には感謝の言葉しかないさ」
「それで、これからどうするんだ?王都に行くのか?」
「一応エバさん経由で、お嬢…いや、伯爵の次女のジュディ様には手紙を送らせて貰った。とりあえずマクギガンの街にいるハリソンに会いに行くつもりだ」
「ハリソン?」
「ああ、大きな布商人の息子なんだが、ジュディ様とは幼馴染で、伯爵とも何度も謁見したことがあるそうだ。彼を通じて伯爵にお願いできないかと思ってな」
「なるほどな。伯爵なら、教会のお偉いさんにも話が出来るだろう。出発するまでは、ここで寝泊りしてていいぞ。少しでも金を節約しないとな」
「ああ、助かる」
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夜中になって、マートは、近くで寝ているアレクシアを起こさないように静かに寝返りを打ち、真っ黒に染まり、動かないままの左腕に額を押し当てた。
“なぁ、ウェイヴィ、腕がこのまま動かなかったら どうしたら良い?”
真っ黒になってしまったので、判りにくいが、そこは泉の精霊のウェイヴィとの契約の文様が刻まれている場所だ。
“猫、大丈夫。いつでも泉に来て良いよ。どんなことになっても2人で暮らせばいい”
“ウェイヴィ、お前も同じような事を言うのか。俺は、世話されて生きているだけなんてことにはなりたくないんだ”
“わたしも、そんな猫とは暮らす気はないわよ”
“今、泉に来て暮らせばいいって言ったじゃないか”
“私の知ってる猫は、どこに居ても、自分でできる事は自分でする。腕が無いのは確かに不便だけど、だからって何も出来ずに、世話されて生きているだけなんてことにはならない。泉なら、他人の視線がない分、できる事は多くなる。何もできないと思うのなら、泉に来たら良い。何もできないなんてことは、絶対ないって判るよ”
“俺はそんな自信なんて持てない”
“不安のないものなんて、たぶん無い。自信を持てなくて当たり前。それで良いと思うの。ねぇ、知ってる?私は泉の精霊なの”
“ああ、もちろん知ってる”
“泉は、移動なんて出来ないのよ。癒しの水も、誰も飲んでもらえなければ、何も産まないの。でも、私は世話されて存在しているだけなんて思わないわ”
“ああ、そうか……そうだったな。死んだ奴、大怪我をして引退した奴も居たのに、自分のことになるとな……”
“ゆっくり考えて大丈夫。焦って答えを出す必要は無いと思う”
“ああ、もうちょっと考えてみる”
マートは再び寝返りを打った。そして、少しすると、やわらかな寝息が聞こえてきたのだった。
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