398 臣従の申出
翌日の王都のローレライ侯爵邸、マートとライラ姫とパウルの3人は王都と領地との交易に関する打ち合わせを行っていた。霜の巨人との決戦に備えてそれに集中したいところではあったが、侯爵領を運営していくための業務を滞らせるわけにもいかないのだ。とは言え、マートは相変わらず詳しい内容にはあまりついていけず、実質はライラ姫がパウルの相談に答えて指示しているようなものであり、彼は横で頷くだけであった。そんな中、メイドが来客を告げてきた。
「ローレライ侯爵様、補佐官のモーゼル様がリディア様と共に面会を求めていらっしゃいます」
リディアというと、最近交流がうまれたオーラフ島の現地領主である。彼等の欲しがっていた鋼鉄の甲冑と武器の入手のために部下を連れてこの侯爵邸に配下と共に滞在しているのだ。
「いいぜ、通してくれ。ライラとパウルも一緒に居てくれよ」
2人が居る執務室に、モーゼルとリディアが入ってきた。リディアは例によって男装をしていた。
「王都はどうだ? いろいろ違う事も多いだろ。困ったことはなかったか?」
「モーゼル様がいろいろ手配じでぐだざっで助がっでおりまず。装備にづぎましてもあと2、3日でおおまかなものは揃い、あどば持っで帰っで地元の鍛冶屋に調整を頼む段取りどなっでおりまず。ここまでじでいだだぎありがどうございまじだ」
「そうか、モーゼルから連絡をしてもらっていると思うが、決戦まであと1週間程と考えている。なんとか間に合えばいいな」
マートはそう言って何度か細かく頷いた。金属鎧の調整には時間がかかることが多い。オーダーメイドで作れば3月もかかるような精緻なものなのだ。今回は王都の甲冑鍛冶師の在庫だけでは足りずにエミリア侯爵と調整して王国の騎士団に納入予定だった物をまわしてもらってなんとか数を用意できたのだ。
「我々どじでば故郷の奪還のだめの戦いでず。ぜびども参加ざぜでいだだぎだいど考えでいまず。よじんば甲冑ば間に合わずども武器ざえお借りできれば、ぎっど役に立っで見ぜまず」
リディアは勢いよくそう言った。マートは頷く。彼女はさらに言葉を続けた。
「ぞじで、ローレライ侯爵様……お言葉に甘えで、ごご数日、我が家の者ばこの王都だげでなぐ付近の街などにも足を延ばじ情報を集めざぜでいだだきまじだ。ぞの結果を持ぢ寄っで家の者ども話じ合いまじだ。結論がら言うど、我がパーカー家がピール王国を名乗ることばどでもできまぜん。侯爵家に臣従をお許しいだだげないでじょうが?」
マートはそう聞いて、横にいたライラ姫の顔を見た。
「ワイズ聖王国の直臣として仕えることもできますよ」
彼女はそう口添えする。
「ライラ姫様、勿体ないお言葉ありがどうございまず。ですが、おそらぐわが旧領も蛮族だちの支配を受げでかなり疲弊していると思われます。我がパーカー家だけでは復興ば難じい。それにわが領地の周囲ばローレライ侯爵領となるでじょう。侯爵様の寄子どなったぼうが復興ば順調にいぐのではないがど考えまず」
その意見にマートは苦笑を浮かべた。
「パウル、どう思う?」
「そうですね、直臣になっても聖王国の支援はそれほど行き届かないでしょう。復興すべき場所は他にもたくさんありますからね。それにマート様は情け深いお方、私なら直臣になるより臣従を選択します……。ああ!!」
そこまで言ってパウルは頭を抱えた。
「我々としては管理しなければいけない土地が増えてしまう。そうだ、パーカー家から内政官や衛兵として人が出せませんか?」
パウルの言葉にリディアは首を振る。
「内政官にづいでば、ずぐにば無理がど考えまず。ですが、衛兵……どいうより治安維持どいう事なら協力でぎる可能性ばあるがもじれまぜん。もぢろん蛮族どの決戦が終わっで彼らを追い出じ、ずっと戦争を繰り返じでいだ島がローレライ侯爵様の力で統一ざれだ暁にば……」
マートとライラ姫はそう聞いて頷いた。
「もちろん、今回は蛮族を追い出すさ。ライラ、それで問題ねぇか?」
「陛下や宰相閣下とはそうなった場合も問題ないと了承いただいています。宰相閣下はそれよりも、銅鉱山の運営について気にされていました。独り占めは許さぬ、金山と同様じゃぞと申されていましたよ」
マートはわかっているといった様子で何度もうなずいた。
「じゃぁ、リディア、臣従は受け入れても良いが、その前に条件がある。パーカー家の本拠地に案内してくれ。おそらく転移を使っているのだろ?」
彼の言葉にリディアは頷いた。
「やばり、気づいでおられまじだが。もぢろん話ばずるつもりでおりまじだ。臣従ずるのに我が本拠地の現状をお見ぜぜぬわげにばいきまずまい。ぞして実情を見れば臣従やむなじどご理解いだだけるものと存じまず。よろじげれば、本日にでもご招待ざぜていだだぎだいど思い、転移門を使える術者を連れでぎで隣室に控えざせでおりまず」
彼女によるとパーカー家に限らずオーラフ島に勢力を持っていた貴族たちはピール王国の伝統を継ぎ人数の多少はあれども魔法使いを部下に抱えており、様々な魔法を伝えていたのだという。ただし、彼等が使える呪文はそれぞれの家の切り札として秘密にされ魔法使い同士の交流はほとんどなかったらしい。転移或いは転移門呪文については利用価値が非常に高いので使える魔法使いは多かったはずであるが、交流がなかったせいでパーカー家の魔法使いはピール王国本土への転移については知識が失われて行えるものが居なかったらしい。
蛮族が現れ戦況が不利になった時に、パーカー家では家を保つためにこのオーラフ島以外での場所を拠点とすることを思い付いた。パーカー家の勢力が大きかった時代にこの島から離れた別の島を別荘地として開発していたことがあり、そこを緊急時の避難場所として代々受け継いでいたのだ。そこを新たな本拠地としていたのだった。
「わかった。じゃあ、お邪魔させてもらおう。ライラとパウルも一緒に来るか?」
「はい」「もちろん」
「しかしまぁ、ピール王国の知識を2500年の時を越え、たとえ一部だとしても継承してきたというのはすげぇことだと思う。俺たちは今までいくつかの遺跡を見つけそこに残る資料の断片を継ぎ合わせて知識を得てきた。それだけでも今の魔法知識とは段違いの知識を得ているんだ。後日で良いので是非、そちらの家の魔法使いと情報の交換を行いたい。うちの連中も大喜びだろう。モーゼル、窓口になってワイアット、バーナードと調整してくれ」
モーゼルはわかったとばかりに親指を立ててサインをつくった。
「古代ピール王国から伝えられた魔法の知識を直接……」
ライラ姫が羨ましそうにつぶやく。
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マートたちはそのままリディアと一緒にパーカー家の本拠地に向かった。そこは実は大して大きい島ではなかった。マートの見たところでは海辺の家のある島とあまり変わらないぐらいだろう。そこにおよそ1千人ほどの人々が暮らしていた。彼女が武器と鎧を用意したいと言った彼らの騎士団200人というのは、その千人のうち10代後半から30歳ぐらいまでの男女の大半ということらしい。
「なるほどな。内政は難しいが治安維持ならと言ったのがわかった。この島に居るのは全員パーカー家に仕える者なのだな。そしてお互い助け合って暮らしているのでパウルの欲しい内政官の経験はねぇってことだ、そして治安維持のための戦いの心得は皆あるということか」
リディアはその言葉に頷いた。
「ごの島にいる者ばずべで我が家の家人でず。若いうぢば身体を鍛え蛮族だぢど戦う準備をじまず。30歳を過ぎだ者は畑を作り漁をじで皆の食べる者を確保じ、子供を作っで幼い者の教育をじまず。ずっどぞうやっで暮らじでぎだのでず。本来の暮らじを経験じだものば高齢になっでおりぼどんど残っでおらず、一部口伝えによっでじが知りまぜぬ」
「なるほど、一族も家臣もすべて蛮族と戦うためにささげられた人生ということか。すさまじい執念、いや覚悟というべきなんだろうか。わかった。転移門が使える者が1人増えたのも心強い。決戦まであと数日だ。ぜひその戦いにパーカー家の者たちが鍛え蓄えた力を組み込ませてくれ」
マートはそう言ってにやりと笑った。リディアもそれに大きく頷いたのだった。
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