396 パーカー家当主
翌日の昼過ぎ、モーゼルとアンソニーたち4人が待つオーラフ島の亀石からそれほど遠くない場所にパーカー家の当主一行は突然現れた。
アンソニーの小隊の斥候役、コリーンの感知能力は非常に高い。にもかかわらず、その集団はなんらかの移動手段、歩いたり馬に乗ったりというものを利用せずに急に姿を現したのだ。ということは転移系の移動手段を使った可能性が高いということになる。魔法か或いは魔道具なのかはわからない。彼女たちはその場に移動したがすでに魔法の痕跡などは残っていなかった。
やってきたパーカー家の当主はまだ若い女性だった。黒髪を結い上げて男装した姿ではあったが、身体の女性的なラインは隠し切れていなかった。凛とした表情で周囲を油断なく警戒している様子だった。その横には前回にも居た彼女の叔父のゲイルと騎士のカーティス、従士のハービーとヘンリエッタの他10人の部下を連れてきていた。皆剣を下げているものの上品な服装で鎧などは身に着けてはいない。戦う意思はないということだろう。
「ご来訪ありがとうございます。ローレライ侯爵家、第3補佐官モーゼルと申します。転移門をすぐに開くよう連絡致しますのでお待ちください」
モーゼルは丁寧に礼をした。彼女はいつも着ている庶民が着るようなワンピースではなく貴族の女性が着るようなドレス姿だった。彼女の横でアンソニー、ブレンダ、コリーンの3人もその横で跪いた。
「う、うむ。よろしく頼む」
叔父のゲイルが緊張した面持ちで答える。アンソニーが長距離通話用の魔道具で連絡を取ると、程なくして亀石の前に夕日に照らされるローレライ城につながる転移門が開かれた。そこにはマートとジュディが待っていた。2人ともいつもはあまり着ない礼服、ドレス姿だ。その横にはエバやアンジェといったメイドたちを従っていた。マートは武器を携えてはいない。その左右にはすこし距離をとって衛兵たちがずらっと整列していた。
「よく来てくれた。ローレライ侯爵マートだ。よろしくな」
そう言ってマートは。パーカー家の者たちに転移門を超えて入ってくるように促した。彼らはカーティスと名乗った騎士を先頭に特に疑った様子などもなく転移門を越えたのだった。
「パーカー家当主、リディア・パーカーでず。ローレライ侯爵様ご本人のお出迎えありがどうございまず」
当主は男性式の礼をし、マートに握手を求める。彼は内心は戸惑っていたかもしれないが、それを表情には出さず、相変わらずきちんとした儀礼には慣れない様子ではあるもののにっこりと微笑んでその手を取った。
「蛮族の支配に抗い長い間戦っている一族の長がこんな若いとは驚いた。年は俺とあんまり変わらねぇんじゃねぇか? ああ、戸惑ったようならすまねぇ、俺は礼儀には詳しくないし堅苦しいのは苦手だ。心広く頼む」
マートとリディアとの会食は城の大広間にテーブルを並べた豪勢なものだった。マートの横にリディアの席が並べられ、同格同士の家のような扱いであり、パーカー家の者たちも全員大広間の中に席が設けられていたのだ。
「ローレライ侯爵様、あの、ごのような扱いば……」
「んー、同じことをゲイルさんにも言ったんだがな、ピール王国はすでにこの大陸では滅びたとはいえ、オーラフ島で継承されていたという考え方もできる。そうするなら、今時点での俺と立場はそれぞれの国に仕える家臣という意味で対等だ。そうだろ?」
戸惑うリディアにマートは言葉を続けた。
「少なくとも今はお互い協力しようという立場だ。これでいいじゃねぇか。あの島で蛮族を倒した後の関係はその後で良いと俺は思ってる。まだ知り合って数日でしかねぇんだ。もっとお互いの事を知ってから判断すべきだと思うぜ。望むのならだが、俺が仕えるワイズ聖王国の王都や或いは他の国の都市に部下を送る手助けをしてもいいぜ」
「なぜ、ぞのような事まで?」
「あまり政治的なかけひきってのも好きじゃねぇから、ぶっちゃけて言うぜ。俺は相手と信頼し合える関係を作りたい。それは対等だろうと上下だろうと同じだ。知らねぇ相手を信頼することなんてできねぇだろうから、いろいろ知ってもらいたい。それに、ワイズ聖王国の例から言うとオーラフ島をうちの軍隊が開放した場合、どこかの国が面倒見てくれるんじゃなければ、うちで面倒を見ないといけねぇ。他の領主とかだと下心丸出して喰いついてくるところもあるのかもしれねぇが、正直うちは新興貴族で人手が足りてねぇ。俺として一番ありがてぇと思うのはパーカー家がピール王国を名乗って島全部を面倒みてくれて、うちと仲良くしてくれることなんだが、そいつは無理か? この対等な席ってのはそのための布石ってやつらしい」
リディアは驚きで目を見開き、そして彼女の叔父であるゲイルの方をちらりと見た。彼も島全部を領地として国を名乗ってくれないかというマートの申し出に言葉を失っている。それを見てマートは言葉を続けた。
「いやぁ、こっちも無理すれば内政官も治安維持のための衛兵隊も回せなくはないらしいんだがな、蛮族を相手するのにはやっぱり不安がある。とはいえ、きちんとした内政官や衛兵隊なしで島中の村々に勝手にしとけっていう訳にはいかねぇだろ? 盗賊とかが増えたらかわいそうだしな。どうすれば島全体の人々が幸せに暮らせるか、そういうことなんだ。まぁ今決めなくてもいいさ。とりあえず今は対等な関係ってことでそれを受け入れてくれよ」
リディアはゆっくりと目を閉じしばらく考える。そして目を開けると大きく頷いた。
「今ばごの関係どいうごどで受げ入れざぜでいだだぎまず。他国の侯爵ど同格ど扱っでいだだいだどなれば私の祖先も喜ぶでじょう。今後の関係にづぎまじでば、後ぼど見直ずどいうごどでお願いいだじまず」
彼女はそう言ってマートの隣の席についた。ゲイルもその横に座る。マートの横にはジュディとシェリーが座った。
「ワイズ聖王国とピール王国の友好のために」
マートはそう言って乾杯の音頭を取ったのだった。
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宴は友好的な雰囲気で進み、マートたちは今までの蛮族との戦いについていろいろとリディアたちに語って聞かせた。彼女もそれを感心しながら聞き、そのうちに自分たちの状況について話し始めた。
「我々の一族ば蛮族が攻めでぐる前は島の北西部の海沿いの街に拠点を置ぎ、周囲2づの町ど15の村を治めでおりまじだ。島でばずっど戦乱が続いでおり、歴史ばあるものの小ざな一地方領主に過ぎなかっだのでず……」
彼女の話と島の東部中央の街でグローバーという男に聞いた話とには食い違いはほとんどなかった。彼女によると23年前、人間側の領主連合が蛮族と屈辱的な講和を結んだ際、パーカーの領主一族は街を放棄し、蛮族たちに見つからないような場所に移って抵抗を続けたという事らしい。その拠点はそれほど広い場所にあるわけではないので、森の中に彼らを頼ってきた者たちについては受け入れることはできなかったのだという。
「島の北東部の山々の頂上付近にあるドーム状の遺跡、あれについて何か知ってることがあれば教えてくれねぇか?」
リディアは少し緊張した表情をした。
「あのドーム状の建物にづいでば、昔、我が先祖、パーカー家の11代目当主の頃にピール王国の魔法使いだちによって建設ざれだと聞いでいまず。ぞれにづいでばがなり重大な事だっだようで当時の記録が残っでいたはずでず。戻っで調べればばっぎりじだごどがわがるど思いまずが、記憶ではピール王国暦で350年頃の話だっだがど思いまず」
「ちなみに今はピール王国暦でいうと何年なんだい?」
「今年ばピール王国暦で2822年でず」
「今から2500年前の出来事か……、そんな頃の資料が残っているのか?」
マートは感嘆して尋ねた。
「今回の拠点の移動で大半が散逸じでじまっでおりまずが、いぐづがの資料ばまだ残っでおりまず」
「その資料にはあの建物は何と?」
「残念ながら資料の大半ば古い文字で書がれでおりあまり詳じぐば調べられでおりまぜん。だだ、言い伝えでばピール王国にどっでば重要なものだがら決じで一般の者に近寄らぜでばいげない。問題が発生じだら連絡ずるのでそれに応じて対処をずるようにど伝えられでいだのでず」
「連絡? 対処?」
それは……、彼女は少し言い淀んだが、意を決したように言葉をつづけた。
「ばい、実ば我が家にば異変があっだ時のだめにどいうので正体不明の金属の箱が伝わっでいるのでず。ぞっど揺ずっでみだどころでば、中に何がば入っでいるようなのでずが、実ば開げ方がわがりまぜん」
「そりゃぁ気になるな。その古代の資料と金属の箱については見せてもらうことはできるか?」
「わがりまじだ。でずが、部下にも様々なごどを気にずる者が居まず。資料と箱にづいでば提供ざぜでいだだきまずじ、今まで調べた情報にづいでも提供ざぜでいだだぎまず。ぞの代わりに鎧ど武器にづいでご提供いだだげまぜんでじょうが? 200人分で結構でず」
マートは頷いた。鋼鉄の武器と鎧については彼自身が言い始めたことだ。代償をもとめるつもりはなかったが、資料なども見せてもらえるというのなら好都合だ。食料などの物資も併せて用意するかとマートは考えた。
「今後協力して蛮族と対処するということに関しては了承してもらえるということで良いのか?」
リディアはにっこりとほほ笑んだ。
「もぢろんがまいまぜん。ぞれに関じて我々に選択肢ばありまぜん。是非どもよろじぐお願いいだじまず」
読んで頂いてありがとうございます。
ここで長くなっております第52話 謎の陸地についてはおしまいとしたいと思います。
一回分お休みを頂いて、次の投稿は13日月曜日を予定しています。
ようやくですが霜の巨人との決戦の話に進めれば良いなと考えています。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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