395 それぞれの悩み
パーカー家の使者が帰った後、頭を抱えた者が2人居た。
ローレライ侯爵家の内政を取り仕切る家令長であるパウル、そして衛兵隊の長官であるアニスの2人である。彼等2人は夜中であるのにも関わらず使者の急な来訪の報を受けて城に戻りアレクシアから情報を入手すると誘い合って会議室に入ったのだった。
「マート様は、あのオーラフ島とかいう島から蛮族を追い出した後、どうなされるおつもりなのだろう。アレクシアの話からするとあの島では地方領主である下級貴族や騎士のほとんどが蛮族に処刑されておらぬという話だが……」
パウルの顔色は悪い。本来のローレライ地方だけでなく、嵐の巨人を倒して開放した火山湖島に拉致されていた人々の故郷に帰るための手配や残るものたちの衣食住の確保など仕事は山積みでここ3ヶ月ほどは碌に眠れていない状況が続いているのだ。
そしてアニスのほうはもっと忙しかった。ローレライ、西ブロンソン、ウィード、グラスゴー各地方にそれぞれ衛兵隊の地方長官は置いているものの、それらをすべて束ねる立場である。最近は火山湖島の他、直轄地ではないものの蛮族討伐隊が管理下に置いているミュリエル島、ナッガ、古代港湾都市や現地人と協力体制にある獅子頭島などにまで目を配らないといけない立場なのだ。
「これ以上、領地が増えたら全然手が足りないよ? 西グラスゴーから蛮族討伐隊がミュリエル島に移った後に空いた穴は結局衛兵隊で埋めるしかなかったしね。なんとかあのパーカーとかいうところに島全部の内政と治安を任せられないのかねぇ」
アニスはそう言って指で自分の髪を梳いた。領地が広がると内政と治安維持が必須である。そしてそれらはこの2人にかかっているのだ。今回の話ではミュリエル島や火山湖島より広く人口も多い島を蛮族から解放することになるかもしれない。もちろんそれ自体は良い事ではあるが、それを良い結果とするには平和な統治に結びつかなければならない。支配者層が軒並み蛮族に処刑されているとあってはどうしたら良いのか頭の痛い問題だった。
「聖王国に丸投げというのでは駄目かな? ワーナー侯爵やエミリア侯爵のところであれば人材は居るだろう」
パウルの言葉にアニスは首を振る。
「どういう名目にするんだい? 領地をただ献上しますってわけにもいかないだろうさ。第一移動手段が転移門呪文しかないんだ。管理できるのはうちだけだよ。それとも代わりに西ブロンソンでも返上するかい?」
そう言われてパウルも慌てて首を振る。そしてため息をついた。
「大学から早期に卒業できるものは?」
「まだ始まって半年も経ってないよ。気が早すぎるんじゃないかね。ちょっとワイアットと相談してみるかねぇ。もしここで霜の巨人を倒すことが出来たら、蛮族討伐隊から衛兵隊や内政官に移ってみようってのが出てくるかもしれない」
アニスはそう呟き、パウルもそれしかないかとばかりに力なく頷いたのだった。
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夕方になって、マートはバーナードから研究所に呼び出された。オーラフ島の遺跡でわかったことがあるというのだ。彼はしていた仕事をアレクシアに頼むと慌てて研究所に向かった。
「何が分かったんだ?」
研究所にある一番広い部屋、研究設備がそろった部屋にマートが入っていくと、そこにはバーナードの他、ローラ、モーゼルなども居た。
「2つわかったことがあるんだ。1つはこれらの遺跡の目的についてなんだけど、これを見てほしい。マートが回収した海の中の箱の中にあったやつなんだけど、タイトルは読めるだろう?」
バーナードは巨大な身体を揺すりながら、革ひもで綴じられて束になった羊皮紙を一つテーブルに置いた。表紙に何か書いてある。ピール王国時代に使われていた古代の文字だ。それを見て魔剣が驚きの感情を念話を使って送ってきた。
“『前世記憶を利用した知識の習得について』じゃと?”
マートが魔剣からの話をそのまま答えると、うんうんとバーナードは何度も頷いた。
「この資料には、それぞれ死んだ人間、魔物、蛮族から魂を取り出し、記憶を整理して技能だけを残し、それを生まれてくる者に前世記憶として与えることによって簡単に知識を習得させる、それを実現するための魔導装置の役割について書かれているんだよ。そしてその魔導装置の構成はこの島にあるあの巨大なドーム型の建物にもたせた役割と配置にすっごく似てる」
マートは言葉を失った。ピール王国で行われた怠惰な人々が努力をせずに知識を得る方法として選択した前世記憶を植え付ける技術、それを実現する魔道装置がこれだったとは。ということは霜の巨人はここで何をしているのだ?
マートの問いにバーナードは長い眉毛を摘まんで引っ張りながら頷いた。
「まだ憶測でしかないけど、霜の巨人はその仕組みをさらに蛮族が有利になる様に改造しようとしてるんじゃないかな。霜の巨人に続いて巨人族では嵐の巨人もドラゴンの前世記憶を持っていた。今まで何百年もなかったことが続くっていうのも単なる偶然にしてはおかしい話だった。すでに改造の一部は成功しているのかもしれない」
マートは頷いた。巨人族にドラゴンの前世記憶を持つ者が続けざまに生まれたのは偶然というよりこの遺跡を見つけた霜の巨人が装置を利用してそのようにしたというほうが頷ける。人の理を外れた魔導装置、この装置自体マートとしては無くなってほしいと考えていた。いっそ遺跡そのものを壊してしまうか……。そうすれば今後前世記憶によって不幸になる者は極めて少なくなるのだ。
「そしてあともう1つ。この研究所もあの遺跡に並んでいる球体の建物のうちの一つだと思う」
「へ?」
「この研究所に設置された転移装置の座標と遺跡の座標は実はすっごく似てるんだ。ってことは、そういうことじゃない?」
たしかに研究所は半円だ……。もしそうならこの研究所も壊してしまうべきだろうが、それではこちらの魔石の入手経路が途絶えてしまうことにもなる。唯一の鉱山をもつハドリー王国の独り勝ちになるかもしれないな。マートは顔をしかめた。
「じゃぁ、バーナード。どうすればいいと思う? その仕組み自体俺は無くしてしまいたい。前世記憶を植え付けるなんてことは止めてしまいたいんだ」
「そうだなぁ、簡単なのはとりあえず壊してしまうこと。そして資料も破棄して全部なかったことにしちゃう。そうすれば当面は前世記憶に関しての問題は解決できるよ。でもそれをしても結局同じようなことを繰り返しちゃう可能性はある。できればそれによって起こった事をきちんと後世に伝えることが問題の解決になるんじゃないのかな? それに僕からすればせっかくの魔導技術は残してほしいと思う。魔道具によって助かってる人はいっぱい居るからね」
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