394 交渉?
マートとジュディ、シェリーは若い男の口上を聞いて顔を見合わせた。どうやってローレライ侯爵家の名前を知ったのか。可能性があるとすればモンティから情報を仕入れたのか。とりあえずピピンはパーカー一族と関りがあったということのだろう。
「いいな、話が早くていい」
マートが微笑んでその若者に近づいていこうとした。あわててジュディとシェリーが止めようとしたが、彼はそれは無用だとばかりに手を振って前に出る。
「俺がローレライ侯爵マートだ。巨人を倒すのにこの島に来た。パーカーってのが協力できるのなら話をしてぇ」
その言葉にジュディたちはもちろん、相手方である待っていた男たちも同様に顔を見合わせた。
『あの若ざで侯爵だど? ぞれもいぎなり本人が話じがげでぐるなどありえない。あいづば狂人が?』
『巨人2人とゴブリンだちをあっという間にやっづげだ騎士ど魔法使いどいうのは奴のうじろに立っでいる女二人にちがいねぇ。特徴は一致じているぞ』
『亀石に刺ざっでいだ矢の矢尻は鉄製でじだ。あれぼどの加工ばこの島では出来まぜぬ。他のどごろがら来だのは真実だとおもいまず』
『いやしかし……』
『じがじ侯爵が? ぜいぜい腕の立づ海賊がなにがでば……』
彼等は普通であれば周りには聞こえない程度の小さな声で話し合っていたが、マートにはよく聞こえていた。だが、とりあえず聞こえないふりをしている。
「5人で出てきたってことは、交渉する気があるんだろ?」
マートの言葉に、まだ踏ん切りがつかぬ様子のメンバーを制してその中の一人、年配の男が歩み出てきた。髪は金髪で短く刈り込み身体はかなり大きい。腰には剣を下げていた。
「儂はパーカー様に仕える騎士でカーティスどいう。ローレライ侯爵様どいうのをよぐ存じ上げぬ。話を聞かせて欲じい」
「良いだろう。だが、ここで長話をするのは蛮族連中に見つかるかもしれねぇ。それに話するより見たほうが早いだろ。うちの城に来れるか?」
マートの言葉を聞いてその後ろにいたアンソニーが慌てて長距離通話用の魔道具を取り出した。彼としてもすぐにとんぼ返りするのは予定外だ。
「城だと? 船で来だのでばないのが?」
「魔空艇という空を飛ぶ船で俺達は来た。だけどよ、転移門呪文で城に移動することが出来るんだ。大丈夫、一瞬で着くぜ」
「なるほど、転移門を使える術者が」
カーティスの話しぶりからすると転移門と聞いてもそれほどの驚いた様子も、よくわかっていない様子も感じられない。この呪文は人間の術者では長い間失われていた呪文であり、蛮族の最上位種を除けば使えるのはジュディとそれの薫陶をうけたエリオット、蛮族と深い関わりのあったブライアンの3人だけのはずでほとんど知られていない呪文のはずだった。だがこの島ではそうではないのかもしれない。
「どうする? 全員来るか?」
彼らは小声で再び話し合った。結果若い男のうち1人だけが残り、他の4人がついてくる事にしたらしかった。
「お嬢、頼めるか?」
マートの言葉にジュディは頷いた。呪文を唱え始める。しばらくの詠唱の後、空間が歪み始めた。それを見てカーティスたちから驚きの声が上った。やがて、マートが転移してきたばかりのローレライ城の中庭が見え始める。向こう側ではアレクシア、エリオット、そして衛兵たちが待っていた。
「遠慮せずについてきな」
マートは上機嫌で先頭にたって転移門をくぐりぬけた。
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パーカー家に仕える騎士カーティスと一緒にやってきた3人のうち、年配の男はパーカー家の当主の叔父を名乗るゲイル、若い男女は共に当主の近習で従士のハービーとヘンリエッタというらしかった。ゲイルが交渉の責任者らしい。
4人はアレクシアが案内されてまず夜中ではあるがローレライ城の胸壁に立った。内海を一望でき、月明りに照らされた紅き港都とよばれるローレライの威容をみて、彼らはマートが本当に高位の貴族であることを理解したようだった。そして逆にこれほどの城の城主であるマートの事を恐れ始めた。4人の口ぶりではこれほどの城はオーラフ島にはないらしく、その後、応接室に案内された4人は、なんとか胸を張って席についたものの、かなり緊張していた。
「そんなに硬くなるなよ。俺は元冒険者でよ。堅苦しいことは苦手なんだ。それにそっちもピール王国に仕えるパーカー家なんだしよ。上下があるわけじゃねぇだろ」
マートは気楽にしゃべるが4人はそれどころではない。
「い、いえ。ぞちらば侯爵家。国が違うどばいえ、格が違いまず……」
豹変したゲイルの口ぶりにマートは苦笑を浮かべる。
「まいったな。仕方ない、とりあえず現状の確認と協力について話をしよう。後でうちの騎士団と蛮族討伐隊の連中が来てから詳しく話になるとおもうが、まずは簡単な状況確認だ。俺たちの認識としては、島全体に巨人とゴブリンが勢力を持っており、今現在は各村々にゴブリン共が住みつき、人々を監視している。それを逃れているのはパーカー家のみという認識なんだが、それで正しいか?」
ゲイルは頷いた。マートとゲイルはその後も話を続けたが島全体として騎士たちはほとんどが殺されており、蛮族と戦うことができるのは実質パーカー家のみという状況が確認され、彼等から正確な人数ははっきりと聞くことはできなかったが、その戦力としては100人には満たない数のようだった。マート側からしてみれば協力体制を築くというよりは一方的な支援が必要な状況に彼は思わずため息をついたのだった。
「少数どば言え、われらばずっど剣の腕を磨いでぎまじだ。巨人なぞに後れを取るものでばありまぜぬ。ざらに長い間、反撃のタイミングを探じで蛮族がいる北東の山頂付近の調査を行っできまじだ。地形だげでばありまぜぬぞ。ぞの情報も提供じまじょう」
ゲイルはそう言って胸を張った。マートは頷く。
「ああ、ぜひ頼む。あと、鋼鉄の武器と防具はこちらから提供しよう。伝説のパーカー家の力を見せてほしい。とは言え、正式にパーカーさんと会って握手するのが先って気がするな。どうだ? あまりゆっくりもしてられねぇ事情もあるんで急な話になるが明日の夜にでも領主さんと食事でもどうだろうか?」
マートの提案に4人は大きく頷いたのだった。
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