386 北の海
オーラフ島の北端のすこし沖までやってきたマートとモーゼルはライトニングの背にまたがったまま南に見える山をじっと見つめた。高さ2千m級のかなり高い山々で頂上付近にはいくつもの銀色の球体の建物が並んでいるのが見える。
「地震で崩れたとかいう話だったが、土砂崩れの跡なんてねぇよなぁ……。あれはすげぇ昔の話だったのかな?」
2人はお互い首を傾げた。土砂崩れの跡などは全く見えない。全体的に岩山でところどころには背の低い灌木などが普通に生えている。
「一部が海に転がり落ちたっていうけど、そっちも痕跡すら見当たらないね。あんなにおおきいものなんだから海の上にもなにか残ってるかと思ってたのに」
「だなぁ……、だが見たところちょっと沖に出るとすぐに深くなってそうだ。沈んでしまってるのかもしれねぇ。一応海底を探してみるか……」
マートはライトニングから降りてゆっくりと海の中に入った。春だというのに海水温はかなり冷たい。凍るまではいかないものの、しばらくするとしびれるぐらいの冷たさである。
「ローレライからまっすぐ西って話だったが、このあたりの水は冷てぇなぁ……。ウェイヴィ、俺に冷たい水に対する耐性を」
『耐寒』
水に浮かびながら、マートは呪文を唱える。すぐに水の冷たさはなくなった。
「ウェイヴィ 水の中で呼吸を」
『水中呼吸』
「そして水の中でも自由に動けるように」
『水中行動』
「昔、グラスゴーの漁師さんに聞いた話だと、海には水の流れ、海流というのがあるらしいわ。あそこは暖かい流れが西から東に流れてるんだって。ここは冷たい水の流れがやってきてるのかもね。冷たい水の流れのほうが魚は多いらしいよ」
モーゼルはライトニングにまたがったままだ。
「モーゼルも来いよ。呪文をかけてやるから、そうすりゃ冷たいのも大丈夫だ」
「ほんと? んー でもたしかに海の上で一人居るのも退屈かもねー。いざという時に隠れる場所もないし……」
モーゼルは泉の精霊のウェイヴィに必要な呪文をかけてもらうとライトニングから降り、ちゃぷんと海の中に潜った。
「わぁ、ほんと、全然冷たくない。それにすごくスイスイと動ける」
モーゼルは不思議そうに何度も水を掻く。服などは水にぬれると体に絡みつくのだが、呪文の効果でそういったことはないようだ。
「それが呪文の効果だからな。ライトニング、コインになれ」
マートがそう言って片手を出すと、ライトニングはコインとなってマートの掌に戻った。
「じゃぁ、呪文の効果は1時間程で切れるからそれに慣れるまでは俺からあんまり離れないこと。いいな」
「ん、わかったー」
マートとモーゼルはお互いに合図しあって探索を始めたのだったのだが、海の中は少し濁っており、所々太い海藻が海面近くまで伸びていて、モーゼルはすぐに首を振った。
「んー、深いところは暗いし、あんましよく見えないよー」
「モーゼルは鋭敏知覚とかはないんだったか?」
「うんー、光呪文を長い棒の先にかけて探すしかないかなぁ」
「そうか、こりゃぁ手分けするより一緒に探したほうが効率が良さそうだな。わかった、ちょっと待ってろよ。ライトニング!」
マートはマジックバッグからコインを取り出してほおり投げた。たちまちコインはヒッポカムポスの姿に戻る。
「2人で手分けするのはやめだ。これに乗って探すことにしよう。こいつはすげぇ早く移動できるからな」
「あ、ライトニングって水中も?」
「水中の方が早いぐらいさ。とは言っても、俺達みたいに精霊魔法が使えて水中で息ができ、水の中の圧力に抵抗するような魔法が使えなきゃ、乗ってなんていられないけどな」
モーゼルは目をきらきらさせた。
「わーい、楽しそう。ありがとー マート、ライトニングっ」
モーゼルはマートがライトニングに跨るのを待って彼の腰にしがみついた。
「じゃー、出発するぞ」
「はーい! 準備完了」
モーゼルは片手を上げて合図した。ライトニングは2人を乗せ、水中をもの凄い速度で移動し始めたのだった。
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“一体何年前の話だったのかなぁ。もう埋もれてしまっちゃってるんじゃない?”
水中では呼吸はできても会話まではうまくできない。意思疎通にはモーゼルの念話が頼りだった。捜索を初めておよそ5時間、最初は嬉しそうに水の中の風景を楽しんでいたモーゼルだったが、次第に変わらない風景に退屈し始めていた。
“どうなんだろうなぁ……”
マートは彼女に比べてまだ見えている範囲が広いおかげか、根気よく周囲を見回している。海底は海岸沿いから少しは浅いところがあるものの、すこし離れると急に深くなっており海岸線から200mもはなれたところでは深さ100mを超えていた。
“お、あそこになんかあるぜ”
マートは指さしたが、モーゼルには何も見えないようだった。ライトニングに指示しながら、あまり海底の砂を巻き上げないようにゆっくりと近づいていく。
“あ、見えた。白い壁みたいなのが 海中に?”
海底にあったのは、積み重なったなにかの残骸だった。岩なのか金属なのかは砂が堆積していてよくわからない。
“沈没船かなにかかな? これ以上ライトニングで近づくのはダメだな。やたら砂を巻き上げちまう”
マートとモーゼルはライトニングから降りてコインに戻すと出来るだけ静かにそれらに近づいた。
それはなにか明らかに人工物のように見えた。板のようなものもあれば、明らかに箱や棚のようなものもある。だがいずれも土砂がかぶさっており全体像はよくわからない。かなり広い範囲にそれらは散乱しており、沈没船でもないようだった。マートは形をまだ保っているものを選んでマジックバッグに格納することにした。地上に持って上がればなにかわかるものがあるかもしれない。
“マート、来て、こっち……”
マートが近づいていくと、そこには球形を保ったままの明らかに人工物と思われる巨大な岩のようなものがあった。直径はおよそ5m程だろうか。
“これは……、ということはここの残骸は遺跡の一部か。転がったのは複数だったのかもしれねぇな。そして、これは転がってきた遺跡の一部がまだ形を留めているのか。空からみた球形にしては小さいほうだろうがそれでもでけぇな。おっきいほうはどれだけの大きさなんだよ”
マートは極力静かに丸い人工物の岩にまでたどり着いた。モーゼルも彼の後ろに隠れるようにして興味深そうに見つめている。
“このまま、マジックバッグに……はさすがに無理か”
その巨大な球体には土砂のようなものが堆積していたが、手が触れるとそれはさらさらと流れ落ちる。表面はなめらかな金属のようなもので覆われておりにぶく銀色にひかっていた。
“これが何かの人工物だとして、扉かなにかそれらしいものはねぇか?”
気を付けないと土砂が舞い上がって視界は失われそうだ。マートとモーゼルは表面の土砂を慎重に落としながら手掛かりになりそうなものを探した。
-ビッ
何か鈍い音がした。その瞬間、モーゼルの姿がかき消すようになくなった。
“何? モーゼルっ?”
“えっ? ここどこ? 暗いっ”
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