383 上陸
マートとモーゼルは海の上に浮かんだ上半身は馬、下半身は魚の姿である魔獣、ヒッポカムポスのライトニングにまたがり静かに垂直に上昇していく魔空艇に、微笑みながら手を振った。魔空艇の中でジュディ、シェリーたちも手を振っている。
2人は魔空艇がかなりの高度になるまで見送った後、改めて周囲を見回した。遠くにいくつか小島の影が浮かんでいる。2人が居るのは集落を見つけた湾のすこし沖に見つけた岩礁の一つであった。
「さて、じゃぁ行くか」
「うん」
「ライトニング、人の居なさそうなところで上陸だ。頼むぜ」
マートがそう言って手綱を軽く引くとライトニングは嘶いた。その名の通り雷のような速度で陸地を目指し走り始める。モーゼルは振り落とされないように必死にマートにしがみついた。
「マート、もうちょっとゆっくり、落ちちゃう」
「びっくりしちまったか? でも大丈夫だ。ライトニングは賢いからな。ちゃんと捕まっとけよ」
そういわれて、モーゼルは改めてぎゅっとマートを抱きしめた。
「わかったっ、でも最近、私ばっかりでごめんね」
「へ?」
マートはモーゼルの言っている意味が解らなかった様子で問い返す。
「マートも奥さんが一緒のほうがよかったかなぁとか、賢いっていうのなら、ライトニングが怒ってないかなって……」
「ぷっ、何言ってんだ。遊びに行くんじゃねぇんだからな。そんなのはライトニングもわかってるし、全然関係ねぇよ。それに俺の婚約者の中で斥候スキルが高いのはアレクシアだけだ。あいつは、今はいろんなことを頼んでるからとても城を離れてもらうわけにはいかねぇ。俺のことをいろいろ知ってて今回斥候として働けるのはモーゼルだけだ」
「やーん、照れちゃう」
モーゼルは真っ赤になった顔をマートの背中にこすりつけた。
「ハイハイ、そろそろ上陸だ。誰もいなさそうだが、気を付けとけよ」
マートは半ば呆れながらきょろきょろとあたりを見回す。切り立った岩場で動くものの気配はなかった。ライトニングは岩場に上がると2人を背に乗せたまま馬の姿に変わった。ヒッポカムポスの時の姿からすると1回り以上小さいが、それでも馬としてはかなりの巨躯である。大人2人を乗せてもまったく支障のない様子だった。
「もうちょっとしたら集落の近くにまで出る。モーゼルの念話はどれぐらい届くんだ?」
「2キロぐらいかな。どれぐらいまで近づいて大丈夫だと思う?」
「んー、今は西側から海に向かって風が吹いてるから1キロぐらいまでは大丈夫だろ。そのあたりでモーゼルが身を隠せそうなところを見つけてライトニングからは降りるのがいいと思ってる。できれば日が暮れるまでに見つけてモーゼルはそこで待機してもらうのがいいかな」
「わかった。私は待ってるだけのほうがいい? 魔術師の目で見ててもいいかな?」
「集落の状況次第だな。使ってよさそうだったら念話で返事を返す。それまでは定期的に通信を送るだけにしてくれ」
「ん、わかった」
ライトニングは2人を乗せたまま、再び走り出した。
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それから3時間程経った。マートは独りその集落のすぐ近くにまで忍び込んでいた。日は傾き始めている。
その集落に人間とゴブリンが生活をしていた。家はおよそ200軒、ローレライ領であればそこそこ大きな村か町といえるぐらいのものである。家は板葺きのかなり粗末なものであった。家の周りの畑は大麦とライ麦、豆類などが植えられていて豊かに実っている。ゴブリンの数はかなり少ないが威張っていて、蛮族語でなにかしゃべりながら手に持った棒で仕事をしている人間をぺちぺちと叩いていた。
“様子は見れたか?”
モーゼルは最初の打合せ通り少し離れたところで岩に化けて待機中である。ゴブリンメイジの姿が見当たらないということで先ほどからモーゼルにも魔術師の目で見てもらっているところだ。
“ほんとゴブリンと人間だけなのね。巨大な島、あ、今は火山湖島か。あそこで働かされてた人間よりは扱いはマシかな。これぐらいの数なら、ゴブリンを倒すのは簡単じゃない? さっさとやっつけて村の人たちを救出しちゃおうよ”
“確かにこれぐらいだと倒すのは簡単なんだがな。でも逆にそれだからどうしてあの村の連中はとっととゴブリンどもを追い出してしまわねぇのか気になる。何か理由があるんじゃねぇか?”
マートはそう念話を返し、それの手掛かりとなるようなことはないか遠くから集落の中を見回した。
“そうかもね。もうちょっと様子見る?”
“そうだな。もうちょっと調べよう。モーゼルはそこで待っててくれ、そっちにお嬢たちから連絡はあったか?”
“うん、地図は大体出来たって言ってた。集落は他にもあるみたい。今はちょっと離れた別の島でキャンプの準備をしてるって。晩御飯はどうするか聞かれたわ”
“悪いが戻れないから4人で食べといてくれと言っといてくれ。モーゼルは悪いが非常食で我慢しててくれ”
“うんうん、いいよ。じゃぁ、手分けして調査しよ。定期的にこっちから念話は送るね。よろしくマート”
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