378 裂け目
“どこにも居ねぇみたいだな。さて、どうするか……、ニーナ、どう思う?”
物陰に隠れてのアレクシアと状況を確認を済ませたマートは、長距離通話用の魔道具をニーナのもつマジックバッグにしまい込みそう念話のようなものを送った。
深夜、裂け目の真ん中に立っている巨大な黒い石造りの建物、城か教会を思わせるそれの周囲は静まり返っていた。
壁には巨人しか手の届かない5m程の高さにぐるっと光の魔道具が埋め込まれていて周囲を照らしているが、そこに動くものの姿は無い。だが、四方にある塔は周囲が見回せるように胸壁がつくられており、そこにはゴブリンたちが周囲を見回し警戒をおこなっていた。
周囲の蛮族の集落をくまなく調べたマートであったが、そこでは最初に見つけた3人以外の人間の姿は見つけることが出来なかった。だが、アレクシアに確認したところではその外周を探索している蛮族討伐隊もまだ見つけられていないらしかった。左腕のニーナを象る獅子の文様はもう布の下に引っ込んでしまい周囲は見えないはずだ。
“城の中っていうのはあんまり考えられないとは思うけどな。でも可能性は0じゃないから一応調べないわけにはいかないわね”
仕方ないという感じの言葉とは裏腹にその調子にはなにか期待にあふれたような響きがあった。だが、マートはそこはいつもの事かと気にしないことにした。そして塔を見上げる。胸壁の上にはぼんやりとした明かりはあるようだがほぼ垂直であり、上に居るはずのゴブリンの姿はここからは見えなかった。
“ここからは塔からもさすがに角度的に見えないか。巨人はほとんど寝ちまってるんだろう。中にはゴブリンが警戒してるんだろうが、コリーンの話からすれば侵入ルートさえあれば中を調べるのは簡単そうだ”
見回すと当然ながら門は閉ざされており通用口となる小さい人型サイズの扉も閉まっている。そして窓のほとんどには鎧戸が閉まっているものの、いくつか開いたままの窓もあるようだ。きっと壁を伝って入ったのだろう。魔法感知で光らなければそれほど目立たない。マートは飛行スキルで壁沿いに一気に開いている窓まで移動して中に入り込んだのだった。
最初に入った部屋は真っ暗で何も使われていないようだった。いくつかの衣装箱だけがぼつんと置かれているだけだ。もちろん巨人サイズなのでマートが開けるのは難しい。部屋の天井近くにはいくつか1m四方ほどの穴が空いていたのでそこから廊下を覗くことができた。廊下は魔道具の灯りで照らされて煌々と明るい。だが、これであれば魔法感知で幾ら光るといっても逆にそれほど目立たなさそうだった。建物の中なので当然荒野とちがって見通しが良いわけでもない。
そこでマートはいつものようにゴブリンに変身した上で身縮めの腕輪で小さくなることにした。ゴブリンの身長は1mぐらいなので約5㎝のサイズとなる。飛行スキルをつかい、影となっている部分を伝って移動すればコリーンよりもさらに見つかりにくく、移動も早い。この寒さではこのサイズでの天敵である蜘蛛などの虫はあまりいないだろう。彼は準備を整えると調査を始めたのだった。
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“警備甘いね”
“うむ、これであれば水都ファクラや古都グランヴィルのほうが厳しかったのう”
ニーナと魔剣とがマートを巻き込んで念話呪文で喋っていた。直接は話はできないはずだったが、ニーナは念話呪文を習得しており、魔剣の存在も良く知っている。ニーナから魔剣へは念話呪文が使えるようだった。そのうち、ジュディが魔剣と話をしてマートの事を聞こうとするかもしれない。それは困るな……マートは聞きながらそんなことを考えていた。
“それに巨人族、ちょっとちっさいね”
“ふむ、そうじゃな。ここは最前線でもない。若い巨人族が多いのか、幾たびもの戦いで巨人族は数を減らしたのかもしれぬな。”
マートは警戒しながら廊下から部屋の中を順番に覗いて人間が居ないかを確認して回っていた。1階の半分ぐらいは既に回ったが今の所それらしい姿も厳重に警戒された場所も見当たらない。それどころか建物の中を警邏しているゴブリンの姿も少なかった。
“数を減らす? 蛮族はご飯さえ食べればすぐに増えるんじゃないの?”
“いや、巨人族は人間よりも増えにくいぞ。成体になるまでおよそ50年かかるはずじゃ”
マートはまた別の部屋を覗いた。部屋の中は明るくかなり広い部屋だ。部屋の中には誰も居ない。何故か熱気が部屋の中から溢れていた。部屋のほぼ中央には下りる階段があった。
マートは魔法感知を使って罠などがないことを確認した後、部屋の中に入った。天井沿いに移動して階段近くまで移動する。階段は螺旋階段となっており、ずっと下まで続いているようだった。マートは恐る恐る覗きこんだ。
そこにあったのは深い深い地の裂け目だった。粗い階段がずっと下まで伸びている。地の底のほうで赤い光が見えた。以前マートは似た光景をみたことがあった。ヨンソン山の地下、ヴレイズの居たところだ。あの赤い光は煮えたぎり溶けた岩、溶岩ということだろう。
“火の巨人……”
魔剣が呟いた。
“火の巨人は倒したはずだろ?”
マートが思わず返した。
“いや、そうではない。山の巨人が火の巨人に進化するための条件として、地の底の溶岩が関わりがあるのではないかと考えただけじゃ。つまりここは火の巨人を生み出すための建物なのではないか?”
“かもしれねぇな。それならこんな地の底に建てられているのも、若い巨人が集められてるというのも?”
“うむ、どちらもそこら辺に理由があるのかもしれぬな”
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