377 ゴブリンメイジ
暗闇の中、マートは岩場を丹念に調べていた。
地面にはところどころ黒い染みが残っており、何か重たいものをずるずると動かしたような痕跡もある。コリーンが岩壁を下って割れ目の底にたどり着いたあたり、大量の血痕を見たと言っていた場所である。
マートは何かを確信したように大きく頷いた。蛮族や動物、魔物ではない人間の匂いを感じ取ったのだ。そして彼は付近にあった足跡らしきものを追跡し始めた。その足跡は巨人のつくった巨大な建物の付近まで伸びている。それを見てマートは唇を噛んだ。岩陰に隠れて近づくにも限界がありこれ以上は見つかる可能性が高い。その時、頭上をゴブリンメイジがすぅっと飛行して近づいてきた。慌てて岩陰に姿を隠し、息を殺してそいつが通り過ぎていくのを待った。
飛行しているゴブリンメイジ……マートははっと気が付いた。ゴブリンメイジが飛んでいるのは飛行呪文のはずだ。ということはゴブリンメイジなら魔法感知に引っかかっても不審には思われないかもしれない。彼は魔法感知呪文をつかい、ゴブリンメイジがそれに反応して光って見えるのを確認した。大丈夫、問題なさそうだ。彼はさっそく変身呪文で先程飛行していったばかりのゴブリンメイジに化けた。その光り具合は飛行呪文をつかったゴブリンメイジとよく似ていた。彼は頷き、何食わぬ顔で飛行スキルで宙に浮かんだ。これなら他からみられてもただのゴブリンメイジが警戒飛行をしているとしか見えないだろう。彼は追跡を再開したのだった。
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「ウギャギャ、ギャギャウ……(腹減った、メシ足りない)」
「ギャウギャギャ、ギャギャ……(人間、美味そうな匂い、食いたい)」
「ウウギャ、ウギャ……(イクトルソ様に叱られる、ダメ)」
ゴブリン同士のそういった会話が聞こえてきたのは追跡を初めておよそ30分ほどした頃だった。人間の匂い……アンソニーだろうか? その声のした場所を中心に付近一帯を探した。そしてようやく半地下となった檻のようなものとその中に居る人間を見つけたのだった。
檻に入れられた人間は3人、服は剥ぎ取られぼろ布を体に巻き付け身体を寄せ合って寒さに震えていた。男性2人に女性1人、同じ檻に入れられていた。そのうち男1人の様子はおかしい。なにか子供のように寒い寒いとブツブツ言い、他の2人が懸命になだめている様子だった。
その様子がおかしい男は金髪碧眼で身長は1m90㎝ほどだろうか。特徴からするとアンソニーと一致していた。檻の近くにはゴブリンが居て常に監視されている。強引に襲えば倒せない数ではないが、それをすると確実に蛮族たちは警戒態勢に入ってしまうだろう。行方不明は他に5人居る。すぐに助け出したい気持ちを抑えてマートゴブリンはその場から離れた。
ゴブリンメイジの姿のまま飛行してマートは一旦壁沿いの岩陰にまで戻った。周囲からみえないような窪みを探すと一旦変身を解く。そして長距離通話用の魔道具を取り出すとアレクシアと通話をつないだ。
「……という感じのところに3人が捕まってるのを見つけた。3人の特徴は……」
マートが説明すると、向こう側ではほぉおおという大きな安堵のため息が聞こえた。別のすすり泣きのような声も聞こえる。
「おい、大丈夫か?」
尋ねると、あわてて声が返ってきた。
「いえ、申し訳ありません。大丈夫です。ありがとうございます。2人はおそらくあとから捜索に向かった2人組ですね。捜索隊にはその旨を連絡するようにします。3人の様子はどうですか? 緊急事態であれば3人の救出を、そうでなければ先に5人の捜索をしたいと思うのですが……」
アレクシアの声は少し震えているように聞こえた。顔見知りだったのかもしれない。
「わかった。寒さに震えているので気にはなるが、さきに他の5人の捜索を続けよう」
マートはそう言って通話を切ったのだった。




