370 貴族主催のパーティ
夕方、マートが研究所から帰ってくると、それを待っていたかのようにエバがメイドたちを連れて部屋にやってきた。彼女は結婚は承諾したものの相変わらずメイドの衣装であるエプロンドレス姿のままで、仕事も続けていた。
「マート様、今日はエミリア侯爵家の新年のパーティです。早くお着換えください」
「もうそんな時間か? まだ明るいのに」
「開始時刻にはまだ時間がありますが、すこし早めについておくほうがよろしいでしょう。お互い侯爵なのですから……」
マートは急かされてしぶしぶ頷いた。彼女の指図でメイドたちが一斉に彼の着替えを手伝い始める。戸惑いながらもされるがままになっていると30分程ですべての支度が終わり、それに合わせたようにアレクシアとシェリー、オズワルト、アズワルトの4人がやってきた。
アレクシアは伸ばし始めた黒髪をうしろに束ねており煌びやかな男装姿である。補佐官としてドレスでは動きにくいからというので始めたパンツ姿だったが、すっかりそれが板についている。シェリーは昨日とは違って青のイブニングドレスであった。コルセットで締められて胸がいまにも零れそうだ。
「ど、どうした? マート殿。 それほど私のドレス姿はめずらしいわけではないとおもうのだが」
シェリーは不思議そうに問う。
「なかなか魅力的だぜ。騎士たちが多いだろうから、今日もシェリーは人気の的になりそうだな」
「そうなのか? ダンスはあまり上手ではないので困る」
シェリーの本当に困ったという表情にマートは思わず微笑んだ。
「今日はお嬢は?」
「今日はアレクサンダー伯爵、セオドール様、ロニー様と共にアレン伯爵邸に行かれている」
アレクサンダー伯爵の長女であり、ジュディの姉でもあるティファニーはアレン伯爵の妻の一人だ。今回の近しい親戚で集まっているのだろう。
「そうか。シェリーやオズワルト、アズワルトもアレクサンダー伯爵家出身だろう。行かなくてよかったのか?」
「誘われたがな、アレクサンダー伯爵家の祝いというわけでもないので大丈夫だ。それに、エミリア侯爵は総騎士団長、ローレライ侯爵家の騎士団長として出席せぬわけにも行くまい」
その横でオズワルト、アズワルトの二人も頷いた。彼らも騎士団を率いてこの間の遠征軍にも参加していた。顔見知りも居ることだろう。
「そのあたりは任せるよ。アレクシア、今年はかなりパーティが続くのか?」
「そうですね。去年までは戦争中というのもあって少なかったですが、今年はかなりの高位貴族家で行われる予定となっております。10日までは我慢してください。わがローレライ侯爵家でも来年あたりからは催す必要があるかとおもいますので、どのような催しにしたいかも併せてみておいていただけると……」
「パーティの主催か……。そのあたりはライラ姫に段取りを頼むことにしよう。祭りみたいなのは好きなんだがなぁ、形式ばったのはつまらん」
アレクシアは苦笑を浮かべる。
「マート様、そろそろ出発しましょう」
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エミリア侯爵邸でのパーティは騎士団の主だったものがほとんど参加している事もあり盛大なものだった。音楽隊が大きな邸宅のバルコニーで優雅な音楽を流しており、光の魔道具がそこかしこに設置され照らされて庭全体が会場になっている。
マートがシェリーやグールド兄弟と共にエミリア侯爵邸に到着すると、エミリア侯爵と共に初老の男性と若い男が挨拶にやってきた。
「よく来てくれた。マート殿。シェリー殿も。そちらはアズワルト殿とオズワルト殿か。遠征以来だな。アレクシア殿もさまざまな情報を回してくれていつも助かっている」
彼女はグールド兄弟やアレクシアの名前も憶えていたようで親しげに挨拶をした。
「こちらは、ウォレス伯爵と嫡男のザビエル男爵だ。ローレライ侯爵に紹介しておこうと思ってな」
初老の男性が丁寧にマートにお辞儀をした。その横でザビエル男爵も礼をし、マートも礼を返す。ウォレス伯爵は元侯爵、ザビエル男爵は元子爵だ。キャサリン姫の問題と、ハドリー騎士団との初戦で魔道具を駆使されて敗れ、それらの責任を負って今まで蟄居していた。ザビエル男爵はいままでエミリア侯爵が総騎士団長と兼務していた第2騎士団の団長の座を引き継ぐことになり、おそらくウォレス伯爵家もそのうちに継ぐことになるのだろう。
「いろいろあったが、マート殿とザビエル男爵殿とは過去のしがらみを残さずに仲良くしてもらいたいのだ。年もそれほど離れていないだろう?」
ザビエル男爵は横で何度も頷いている。遺恨というのはキャサリン姫の話でインキュバスの能力を持つ魔龍王国の魔人の発見にマートが関わっているということだろうか。
「エミリア侯爵様、ありがとうございます。あの時、私はかなり油断していたのです。キャサリン姫との婚約が決まって有頂天になっていた。それをあの男に利用されてしまった。マートさまには逆に感謝をしているのですよ。あのままでは大変なことになっていた」
彼はどこまで背景を知っているのだろう。表立ってはライラ姫と宰相のワーナー侯爵しか出ていなかったはずなのだが、この口調からするとある程度マートが関与していたことを知っているような口ぶりだ。そのあたりはさすがに元侯爵ということか。マートは何の事かわからぬふりをして首を振る。
「復帰おめでとうございます。感謝していただくようなことも何かよくわかりませんが、こちらこそよろしくお願いします」
言葉遣いも慎重にせざるを得ない。今はマートは侯爵、彼は男爵であるが、将来の伯爵になるだろう。同じ上位貴族である。
「マート殿、何も気にすることはない。額面通りうけとっても大丈夫だ。ウォレス伯爵と私とは年は離れているが武人としての付き合いをしているのだ。それに、ザビエル男爵はキャサリン姫と再度婚約をしたらしいぞ。そなたとも義理の兄弟になるだろう」
エミリア侯爵がその横でにっこりと笑った。彼女もワーナー侯爵と同じようにマートがうまく馴染めるよう動いてくれているということなのだろう。マートもそれに合わせて微笑み、再度ウォレス伯爵とザビエル男爵に礼を返したのだった。
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