366 島の後始末
嵐の巨人を倒した戦いから1週間経った。
強制的にこの島に移動させられていた村の解放はようやく終わりつつある。指導者を失った蛮族たちは組織的な抵抗ができず、また転移装置も抑えられて援軍もなかった。そのおかげで蛮族討伐隊、ローレライ騎士団共に大きな損害を出すことはなくほぼ全滅させることができたのだ。その結果、解放された村は121という数になり、救われた人数は10万人を超えることになった。
「村が100位って話だったから少なくとも1万人、多くても5万人ぐらいと思ってたんだがなぁ」
マートは内政官の報告を聞いて思わずそう呟いた。その島の残されていた建造物を改装した部屋の一つで、彼はウィード・グラスゴー地方の家令であるケルシーやその部下の内政官たち、そして補佐官のアレクシアと一緒に朝からずっと会議を行っていた。
「……調査を行っていた者の報告では、この島はずっと焼き畑をして大麦や燕麦、ライ麦といった農作物を育てていたようです。ですが土地はかなり痩せており、このまま人々にこの地で農作業をつづけさせても収穫はかなり少ないということでした。おそらくかなりの土地を1年休ませる必要があるだろうということです」
ケルシーの表情は暗い。その報告にマートも頭を抱えた。
「参ったな、大変だと思うけどよ、ウィード、グラスゴー、東グラスゴーで連中を受け入れることは出来ないか? ここの建物の中にため込んだ穀物とかは持って行っても良い」
マートの問いにケルシーと配下の内政官は元から何かを考えていたようでお互い頷きあう。
「それについては我々も考えておりました。ウィード、グラスゴー、東グラスゴーの民はブロンソンでハドリー王国に追われたり、この島の人々と同じように蛮族に攫われたりという経験を持つものばかりです。お願いすればおそらく快く受け入れてくれましょう。ただし、現状放置されたままの蛮族の死骸についてもある程度の処理が必要です。もちろんこの島を放棄するのであれば考える必要もないですが、せっかく整地が進んでいる土地です。できれば食料と共にある程度の人数を残し、堆肥として土壌改良を進めるというのは如何でしょうか?」
「成程な。いいぜ、でも、どうせ数年でダービー王国出身者のほとんどは国に帰っていくことになる。それにあの状況だとそのうち何割かはすぐにダービー王国に戻してほしいって話になるだろう。あんまり土地ばっかり作っても、誰も住まなけりゃ荒地に戻っちまう。ちゃんとその辺りは考えてやってくれよ」
「畏まりました。ではそのように。詳しくはまた書面で報告させていただきます。次の議題なのですが……」
ケルシーがそこまで言ったところで、アレクシアがそれを止めた。来客らしい。リサ姫だった。
彼女も作戦の最初からずっと休まずに、数少ない護衛の騎士、補佐官と共に兄の代理、ダービー王国の姫として各村々を巡っていたのだ。疲労困憊の筈だが、その顔は晴れやかだった。彼女を迎え入れるようにマートは指示し、それと交代でケルシーたちはマートに会釈して一旦部屋から出て行った。
「マート様、今回はありがとうございました」
リサ姫はお付きを連れて部屋に入ってくると、深々とマートにお辞儀をした。お付きの女官、補佐官は慌てたが彼女はそれを制した。
「いや、発見したのはたまたまだったが、助けられて良かった。あの様子じゃ半年遅れていたら餓死者がかなり出ただろう」
マートは微笑んでそう返すと彼女は頷いた。この一週間で村々の状況は彼女も良く分かったようだ。そしてそれを救えたのはマートの判断の結果であった。
「はい。マート様のおかげで我が王国は命を吹き返すことができそうです」
「いやいや、それは大げさだろう。でも、これだけの数だ。よかったな」
リサ姫はうれしそうに頷いた。マートとは今までは挨拶程度しかできなかったので、きちんと話をするのは久しぶりであるという事情もあったのかもしれない。
「あの、マート様、マート様はこの後どうされるのですか?」
「この後?」
「はい、蛮族との戦いは王都を取り戻したことで一旦終わり、国の復興に主眼を置くことになる。そう兄は言っておりました。戦いが終われば、しばらくは内政に専念されるのですよね。マート様は独身……どなたか妃を娶られたりする……のでしょうか?」
最後の方はだんだんと声が小さくなっていく。顔は少し赤くなり指をもじもじとさせた。
「ああ、その事か。残念ながらうちは内政に専念という訳には行かないだろうな。嵐の巨人は倒せたが、まだ霜の巨人は残ってる」
「そうなのですね。まだマート様は戦いを……」
「ああ、この蛮族どもとの戦いに参加するまでは、ここまでは思ってなかったんだがな。被害を受けた人間の状況が悲惨すぎる。今となってはその原因である霜の巨人を放置しておくわけには行かねぇ。でもまぁ、うまく行きゃぁあと少しだと思う」
マートはそう言って軽く微笑んだ。リサ姫もぎこちなく微笑む。その微笑みを見て、マートは少し言いにくそうに、そして周りにはきこえないような小さな声で言葉を続けた。
「あとな、実はライラ姫を娶る事になった。公になるのは今度の新年パーティでのことになるだろう」
「そ、そうなのですね」
リサ姫は思わず表情を変えた。横に居たアレクシアがその様子に目を細める。
「今年もあと1月だ。リサ姫は新年はダービー王国の王都で迎えられるのか? それとも水都ファクラで?」
「……はっきりはしていませんが、おそらく王都だと思います。王都奪還も達成しましたし兄は正式に王に即位ということになるでしょう」
リサ姫は傍の女官に支えられるようにしながらそう応えた。
「なるほど、ずっと王子のままだったもんな。何か祝いをかんがえねぇとな」
「ありがとうございます。これほどまでしていただいて、祝いなど……。では、私は一度ファクラに戻ります」
リサ姫は再び深くお辞儀をした。マートも礼を返し、彼女を見送ったのだった。
「マート様、リサ姫に婚約の事を告げられたのですか?」
彼女たちが出て行った後、彼の横でアレクシアが問う。
「ああ、あの反応だとやっぱり悪い事をしちまったかもな」
「そうですね。エミリア侯爵にリサ姫、もう他にはいらっしゃいませんか?」
「ああ、もう大丈夫なはず……だ」
マートはそう言って頭を掻く。アレクシアは疑い深そうな目で見ていたが、急に何かを思い出したのか、ああと呟いた。
「そういえば、ワイアット様とアマンダ様が時間があるときで良いので今後の事でお話をしたいと仰っておられました」
「わかった。山の巨人の件かな。2人はどこだ?」
「ワイアット様はすでにナッガに戻られています。アマンダ様は島に残る蛮族や人間が居ないか飛行の魔道具に乗って朝から巡回に出発されました」
「なら、夜に話をしよう。2人に連絡を取って調整しておいてくれ」
「わかりました」
読んで頂いてありがとうございます。
この島の話はここで終わりです。次は新年パーティの話になるかなと思います。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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