359 転移装置の在処
次の日の昼、マートは海辺の家に移動した。アレクシアが鱗とネストルに問い詰めると、彼らは航空リゾートには行かず、この島に何日か前に到着して2人で海辺で遊んでいたとあっさり認めたからだ。
砂浜で石と流木、枯葉などでネストルが1人で焚火をしていた。しばらく待っていると鱗は腰に布を巻いただけの恰好で色鮮やかで立派な魚の尾びれを掴んで海から上がってきた。
「お、猫来てたのか」
マートをみつけると、鱗は悪びれずに軽くそう言った。
「もっと早く連絡してくれたら酒とか差し入れてやったのに」
「いやー、なんとなく説明するのが億劫でよ。それに海辺の家にはいろいろ残ってたしな」
そういえば海辺の家にはいつでも楽しめるように酒などを残していた。
「猫も食うだろ? 焼くからちょっと待ってくれよ」
そりゃぁ食べるさとマートが応えると、鱗は頷き傍らの石の上に広げたおおきな葉の上でナイフで器用に魚の腹を開いた後切り分けた。串にさし塩を振ると、それを焚火のすぐ横に立てて魚を焼き始める。
「鱗殿は魚を捕るのも捌くのも上手ですね」
ネストルがしきりに感心している。彼は物知りなのだがこういった実践は相変わらず苦手のようだ。3人は焼けるのを待ちながら焚火を眺める。
「ネストル、ちょっと焼けるのを待つ間に、頼みたいことがあるんだ。魔法で俺が見た風景を見せるから、それがどこか調べてくれねぇか?」
マートはそう言って、幻覚呪文を使いリザードマンが転移装置のある拠点で外に出た時の山の風景を2人に見せた。幻覚呪文は他人に幻覚を見せることができる。それは自分のみた風景でももちろん可能なのだ。マートはそれを思い出したのだった。
ネストルはその風景をみて自分の胸に手を置いた。しばらく間が開く。
「ここは……この土地には名前は付けられていません。場所でいうと昨日マート様が行かれていた村からさらに東に150キロほど行った山岳地帯になります」
「ということは、蛮族の住む荒地のど真ん中ってことか」
「そうですね、昨日最初に行かれた村からしばらく東に行くと山々が連なっている地域があります。その北側が丸く皿のような形の台地となっております。空から探せば比較的簡単に見つかるでしょう」
「よっしゃっありがとう、助かった。いや、しかし遠いな……」
マートは顔をしかめる。
「これはどこなのですか?」
「あの島に現れたリザードマンが利用した転移装置がある場所さ。あの時は詳しくは説明しなかったが、リザードマンを尋問したらいろんなところにつながる転移装置の中継地点みたいなところがあるってわかってな。そこには古都グランヴェルやあの島にもつながる転移装置があるみたいなんだ」
「なるほど、その場所を調べていらっしゃったんですね」
「そういうこと。かなり行き詰ってたんだが、風景を他人に見せることができることを思い出して助かった」
「お、焼けたぜ」
「サンキュー」
鱗が焼けた魚の切り身を差し出した。マートはそれを受け取るとかぶりついたが、あわてて口を離す。舌を出してぺろぺろと動かす。
「あちちちち」
舌を火傷したらしい。それを見ていたネストルは慎重にふぅふぅと覚ましてからかぶりついて顔をしかめた。変な顔をして口の中でもごもごした後、骨を取り出す。こちらは骨を口の中に刺したようだ。
「お互い、食うの下手だな」
マートが笑いながら、ふぅふぅと魚を冷ました。今度はおそるおそる食べる。
「修行がたりませんでした」
ネストルは顔をしかめると、今度はよく確かめるようにしながら魚に再びかぶりつく。
「でもうめぇな」
「はい」
「じゃぁ、ちょっと俺は行ってくる。2人はここでもうちょっと遊んでても良いけど、それなら一応アレクシアあたりに連絡をとっといてくれ。魔空挺は入り江にボートがあるから、その近くに泊めといてくれたらいい」
「ああ、わかった」
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マートは戻ると早速ジュディの執務室を訪れた。彼女とエリオットの2人はローレライ侯爵領を代表する魔法使いとして城内にきちんと仕事をするための独立した部屋を持っていた。彼女は自分の補佐をする事務官と何か話をしていたようだったが、マートが訪ねるとすぐに迎え入れてくれたのだった。
「お嬢、邪魔して悪いな。蛮族の利用している転移装置が残っている遺跡の場所が大体わかったんだ。ちょっと行ってこようと思ってな」
「行くって、どのあたり?」
「この間来てもらった村から さらに東に3時間ぐらいのところらしい。リザードマンやラミアは夜目が効かねぇから夕方から夜にかけて軽く調査をしたいと思う。リザードマンから得た情報だと地下遺跡のほとんどは崩れていてあまり広くないし、地上部分も山に囲まれていて平らな土地はあまりなく蛮族の姿もそれほどない筈だ」
マートは霜の巨人に捕まった経験から婚約者たちと話し合い、今回のような領外の調査に向かう場合は目的地の近くにジュディあるいはエリオットが転移出来るようにすること、そして誰か同行者を連れていくということにしていた。それは何かがあったときに対処を容易にするためだ。もちろん同行者というのは必ずしも潜入まで一緒にする必要はないが、近くまで誰かを連れていくことで安全への配慮が上がるだろうということだ。
霜の巨人と嵐の巨人との戦いのあと、ライラ姫やジュディたちに泣きながら抱きつかれたときにそういう約束をしたのだ。
「サポートはモーゼルに頼むでいいか? 魔法のドアノブの事を知ってて、手が空いてるのってあいつぐらいしか思いつかねぇんだよ。他はみんな忙しそうだしなぁ」
ジュディは少し考えたがそれに頷いた。立ち上がり事務官に待っているように伝えると2人で中庭にある転移門を開くための部屋に移動した。転移先とする場所は安全そうなところを選んでいるつもりではあるが、何事にも絶対はないのでそれ専用の小さな部屋を設けているのだ。入り口の衛兵に会釈して中に入る。
「東グラスゴーだと、転移門を開けるのは1ヶ所しかないわ。いま建設中の港街で、この間の村からはかなり南になるけど、いいわよね」
「ああ、良いぜ、普通の転移だと向こうでお嬢が再詠唱可能になるまで待ってる必要があるからな」
ジュディは呪文を唱え始めた。複雑な手の動作……細かい詠唱、そのあと壁に揺らぎが生まれて、向こう側に違う部屋の室内が見えた。おそらく新しい港町の政務館の一室のはずだ。
「手間を取らせたな。ありがとよ」
「全然。目的地への到着は3時間から4時間後ね、また連絡頂戴。そういえば、モーゼルにはプロポーズしなかったの?」
慎重に警戒しながら転移門を越えようとするマートにジュディは尋ねた。
「あっさりフラれたよ。堅苦しいのは嫌だってよ。それにしてはいろいろと誘惑してくるんだよな……。女心はわかんねぇ」
マートは頭を掻きながらそう答え、すこし微笑む。あらためてじゃぁなと手を振って転移門を越えて行った。
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