358 食事会の後で
食事が終わって執事やメイドたちが退席し大半の精霊たちも往還すると奥広間にはマートの他、婚約者のライラ姫、ジュディ、シェリー、アレクシア、エバ、アンジェ、ウェイヴィの7人が残るだけになった。身内ばかりの気の置けない席だ。
エバとアンジェの2人は習い性になっているのかみんなにお茶を汲んでくれた。
「で、報告と相談って?」
ソファに座ってマートが隣に座るライラ姫に尋ねた。彼女は少し言いにくそうにしていたが、やがて意を決したのか口を開いた。
「4カ国の連合騎士団は、解散になりそうなのです」
「あらぁ……」
ジュディが残念そうに呟く。
「そうか、アズワルトたちの話を聞いていたらそうかもしれないとは思っていたが……」
シェリーはなんとなくそう思っていたらしい。
「今回は、ダービー王国の国土や領内の鉱山の権利の貸与を一部条件するというお話でしたが、それも?」
アレクシアが不思議そうに問う。
「民が居ないのです。逃げたのか、連れ去られたのか、殺されたのかそれはわかりません。ですが土地や鉱山にはゴブリンなどの蛮族がおり取り返したところで、荒れ地をあらたに開拓するのと変わりないというのがハドリー王国の判断です。もちろんゴブリンなどが耕していた農地はあるのでちがうはずなのですが、ハドリー王国はその条件では協力はできないと……」
「うちで預かってる連中が居るだろう? そいつらが……いや、だめか」
マートがそう言いかけたが、途中でやめた。
「はい、たしか以前マート様がおっしゃっていましたね。ウィード・グラスゴーで50万人ほどの避難民が居ると。しかし今となってはそれがダービー王国の人民のほぼ全てなのです。マート様が想像された通り、王都近辺と水都ファクラ近辺の土地を維持するのが精一杯でしょう。それにそれらの土地の蛮族がすべて掃討できているわけではないので全員がすぐに戻れる程国土の治安はよくありません。セドリック王子を支える有力貴族であるカリム侯爵やギルバ男爵などは南部の貴族ですからどうすべきなのか頭を抱えているようです」
人口50万というと多いがローレライ地方の総人口に比べてもおよそ1/2でしかない。マートはワイズ聖王国全体の人口はきちんと統計がないのでわからないが、パウルと以前話をしたときにはおおよそ1000万程だろうと聞いたことがあった。面積から言えば旧ダービー王国の国土はワイズ聖王国とそれほど差はないはずだ。そう考えると人間の被害はいかに多い事か。ワイズ聖王国と同数だったと仮定すれば1000万の人口が50万になってしまったということになる。
「とは言っても、まだこれから救出される連中も居るだろうけどな……」
マートの言葉も最後は弱かった。蛮族討伐隊は頑張っているとはいえ4カ国騎士団が解散するとなれば、蛮族たちも蛮族討伐隊の対策に注力してくることになる。今まで通りには活動は難しくなるかもしれない。
「ダービー王国からは、ナッガへの海軍の駐留の継続をお願いされました。さらに、対岸のミュリエル島についても手が回らずワイズ聖王国の占領地としてもらいそちらの蛮族を討伐してもらえないだろうかと依頼されています。どうも海軍兵力が全く足りないようです。とは言ってもワイズ聖王国自身も海軍はほとんどなく、マート様のローレライ海軍に依存しているのが現状なのですが……」
ミュルリル島というのは、内海に浮かぶ島の中でもかなり大きく東西に100kmはある。本来であれば海運の要衝とも言える島だがそれすらもダービー王国には保つ力がないらしい。しかし、あの島を放置しているとリザードマンの拠点にされてしまいそうだ。
「ワーナー侯爵はどういう考えなんだ? うちから融通した食料はまだ余ってるだろ、進軍することも可能だろう?」
マートはライラ姫をじっと見た。だが彼女は首を振った。
「宰相閣下はマート様に申し訳ないと仰っておられました。各国の足並みがそろわない状況で、ワイズ聖王国だけが突出して蛮族討伐を行うのは国内の貴族たちも人々も納得させられないとのことです。融通していただいた食料と追撃の際に追加で提供していただいた食料についても、すぐには無理だが全て返すと仰っておられます。そしてそのうちに必ずハドリー王国を納得させふたたび4カ国連合を実現させるのでその時期を待ってほしいそうです」
マートは拳を握りしめた。昼に話したダービー王国出身の若い事務官の顔が思い浮かぶ。そういえばあの連中もダービー王国に戻さないといけなくなるだろう。パウルやケルシーとどういう手順にするか相談する必要があるな。マートの頭の中でいろいろと思いが巡る。
「……わかった。ワイズ聖王国の騎士団も長い間戦ってきたし色々と難しいこともあるんだろう。ナッガの件はわかった。ミュルリル島もうちでなんとかしよう。食料もうちから言いだしたことだから返さなくていい。蛮族討伐隊の行動は止めなくてもいいよな?」
「助かります。蛮族討伐隊のほうはもちろん継続していただいて結構ですが……あの、その、ローレライ侯爵領が目覚ましい発展を遂げていると伺っておりますが、それほどまでして大丈夫ですか?」
「まず、ナッガとミュルリル島についてはワイアットやアマンダと相談する必要があるが、蛮族討伐隊の東グラスゴーでの拠点をそっちに動かせば行けるんじゃねぇかと思ってな。今拠点を置いているウィードの東方面の蛮族の討伐はやってもしばらくはそっちに人は増えねえからそっちの蛮族を減らす意味は薄いしな。アレクシアどう思う?」
ライラ姫は首をひねった。ウィードの東方面の状況は彼女にはまだ良く知らせていないので仕方ない。その横でアレクシアは力強く頷いた。
「明日、2人には確認しますが、十分可能だと思います」
「だそうだ。つい昼にも丁度ダービー王国から預かってる連中の村に行ってきたところでよ、あいつらの事を考えるとまだまだ助けを求めてる連中が居ることを思いだす。俺はまだ諦めたくない。騎士団の戦い方だと犠牲も多くなってしまうだろうから厳しいだろうが、蛮族討伐隊や俺自身のような戦い方なら可能性はまだあるだろう。さすがにローレライ侯爵領だけで戦争をする程の力はねぇがそうやって少しでも足掻きながら4カ国連合の騎士団が動くのを待つことにしよう」
「わかりました。無理はなさらないでくださいね」
ライラ姫はすこし微笑んで頷いたが、まだその表情はぎこちない。
「ああ、もちろん気をつける。ところでこっちにはいつ引っ越して来れそうなんだ?」
マートはにやりと微笑んで尋ねた。その言葉にライラ姫はようやく緊張がほどけたのかふわりと微笑んだ。
「おそらく今度の新年パーティでは婚約が公開させていただけると思うのです。婚約期間は1年ぐらいになるのではと思います」
「ということは、あと1年ちょっとか。楽しみだな」
「わたしたちも楽しみにお待ちしております。ローレライ城の改装についてなのですが……」
アレクシアとエバが図面を持ち出した。食事をしていた丸いテーブルにそれを広げる。
「そろそろ計画を立てないと、いくら魔法をつかうといっても間に合わなくなってしまいます。ライラ姫様がいらっしゃるときにぜひ相談を……」
長い話が始まりそうだった。婚約者たちが丸いテーブルに集まっていくのをみて、マートはソファで微笑みながら眺めていた。
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