35 尾行者
冒険者ギルドにあった依頼票を見ると、依頼主はここリリーの街の代官であるバジョット男爵の名前になっていたが、オークが目撃されたのは、ウィシャート渓谷にあるリネットという村の付近らしかった。最初は2週間前に羊飼いが目撃したのを皮切りに、その付近で自警団を初め何人かの村人が目撃をしているのだそうだ。そして、それ以上の事柄についてはそのリネット村の村長に聞き、達成の証明部位も彼に提出するようにと書かれていた。
リリーの街からリネット村までは約2日、天気は初夏らしいすこし汗ばむ程度の陽気で心地よい日で、マートは機嫌よく歩いていたが、昼過ぎになって、魔剣に念話で話しかけた。
“なぁ、魔剣、誰かが俺を尾行してるんだがわかるか?”
“いや、見える範囲には誰もおらんが?”
“ああ、最初は人が多かったのでわかんなかったんだが、大体300mぐらい離れてずっとついてきてる奴がいるんだ。速度を上げると、そいつも急いで歩くし、速度を下げるとそいつもゆっくりと歩く。ずっとその繰り返しなんだよな”
“男とか女とかわかるか?”
“歩きかたからして、男かな。たぶん若いだろう。はっきりとはわからないが、ただの商人とかいうわけではなさそうだ”
“ふむ、逃げるか、それとも戦うか、話し合うか”
“盗賊かなにかなら、こんなまどろっこしい事はしないだろうけどな”
“わからんぞ、そなたの腕をそいつも知らぬのだからな。様子を見ているのやも知れん”
“どこの誰が、俺みたいなのを狙うって言うんだよ。大して金をもってるわけでもねえしさ。しかし逃げても何も解決はしねぇだろう。まだ俺の力がばれないうちに話し合うか”
マートは、踵を返し、後ろを振り返った。街道には誰も居ないように見えたが、彼には道沿いの木の影に一人の男が潜んでいるのに気が付いていた。
「こんちわ、何か用事かい」
その男の年は20才前後といったところだろうか。背はマートと同じぐらいだが、黒い髪で、ひょろりと痩せている。皮鎧と長剣を身に着けていたが身軽な恰好だった。
「よく気が付いたね。かなり上手なつもりなんだけどな」
「街道だと人も少ないからな。それより何か用事があるんだろ?さっさと済ませてくれねぇか?」
「ああ、仕方ないなぁ。でも、これでバレるってことは、やっぱり鋭敏感覚があるのかな。なぁ、猫さんよ、あんたは本当に猫?それとも、猫、獅子系とかで、まさか2人目のキメラとか??」
「まぁ素直に言うわけないか。街の連中から話をきいたところでは、悪い人間ではなさそうなんだけどさ。あの距離で俺の尾行に気が付くって普通の人間じゃ無理だよね。足音?」
その男はすこし高い声で、畳みかける様にそう話しかけた。その中で鋭敏感覚という言葉をマートは気になった。鋭敏感覚というのは、魔獣系のスキルであり、普通の人間は、そんなスキルの存在すら知らないはずだ。そして、彼はそれにかなりこだわっている。つまり彼はマートが魔獣系のスキルを持っているのではということを問いただしたいということなのだろう。
「なにも言わないんだね。まぁ、それぐらいのほうがいいさ。おおっぴらに言って碌なことはない。あっさり見つかってしまった以上、どうしようもないか。僕は引き下がることにしよう」
マートはどうするか迷ったが、手は出さないことにし、代わりにこう訊ねた。
「次会った時に不便だ。名前ぐらいは告げて行かねぇのか?」
「ああ、そうだな。僕はトカゲと呼ばれている。王都の第8街区に来ればたぶん連絡がつくだろう。もし、僕の予想通りなら、そのうち君は困ることが出てくるだろう。そうしたら訪ねてくるといいよ。なんとなくわかってるだろうけど、その能力はあまりおおっぴらにしない方が良いと思う。あと、ドラゴンに近寄るのもね」
「へえ、何のことかよくわからないが、忠告はうけとっておく。じゃぁ、トカゲ、またな」
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“思わせぶりなことを言いやがって。しかし、俺の他にも同じようなのがいるって事か”
“そういうことじゃろうの。どうするのじゃ?そっちを調べるのか?”
“いや、気にはなるが、金もないし、トカゲの話だと今すぐじゃなくても良いんだろ。王都まで行くとなると、2、3週間はかかるだろうし、第一、あのトカゲ野郎と話をするのが良いのかもわからん。それより、まずは討伐クエストを片付けよう”
“まぁ、そうじゃの。儂の見たところ、ようやく基礎体力も付いてきた程度で、剣にしても弓にしても、まだまだ修行が必要じゃ。やることはいっぱいあるぞ。今回のオーク相手は丁度良い練習相手になるじゃろう”
“いや、まぁ最近、剣も弓もあんたの言うことがすげぇ的確だからよ、確かに上達が早くて楽しいなと思えてきたよ。でも、もうちょっとのんびりするのもいいんじゃねぇかなと思うんだが”
“そりゃぁ、振られておる身じゃからの。まちがった軌道などすぐわかるわい。しかし、油断してると冒険者として足元をすくわれることになるぞ。金を稼ぐのに、もうちょっとランクも上げたいのじゃろう?”
“まぁな”
“ならば、もっと精進じゃ”
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