357 食事会
続けて3つほどの村をまわったマートは、蛮族に酷い目に遭わされていまだに回復できない人の話を聞いたり、手の届かないところを確認したりしつつも嬉しいことに最終的にはどの村でも最初の村と同じような歓迎をうけてへとへとになってローレライに戻った。帰りは魔法のドアノブを使うのであっという間である。
「おかえりなさいませ、マート様」
魔法のドアノブの出口として設定してある部屋から出てくるとエバとアンジェの2人が出迎えてくれた。
「おう、ただいま。わりいな」
「いえいえ、そのご様子ですと良い気分転換になったようですね」
マートは2人に手助けしてもらいながら腰のベルトやいつものバックパックなどを外し部屋着に着替えた。
「まぁな。喋ったりするのには疲れたけど、前向きな連中が多くてよ、こっちまで元気になった」
「よかったです。しばらく何か考え込んだりされることが多かったので心配していたのです。なにか悩み事がありましたら、教えてくださいね」
そう言いながら、アンジェがマートの髪を梳く。
「それなんだがなぁ、実は魔法で見た光景がどこなのかわかんなくてな」
「見た光景ですか? 一体それが??」
「ああ、言葉で説明が難しいんだよ、その光景を他人に見せる事が出来たらすぐわかるんだろうけどな」
マートはそういってから、あっと呟いた。自分の言葉で何かを思いついたらしい。
「そうか! その手があったな。鱗とネストルはどうなってる?」
「私は存じません、アレクシア様に聞かれてはいかがですか?」
エバはきょとんとして答え、それにマートは頷いた。2人には魔空艇を任せたのだが、ふらふらと飛び回っているらしくまだ帰り着いていないのだ。
「そうだな、もう日も暮れるな。皆揃ってるか?」
「はい、今日はライラ姫も来られています」
マートはエバ、アンジェと共に最近改装をした奥広間に移動した。奥広間というのは、形式ばったことが苦手なマートが家族となる婚約者たちとみんなで食事をしたり話をしたりするのに作った空間で、それほど広くはない。おおきいソファが2組と中央に丸いおおきなテーブル、壁際に給仕するためのお茶やお酒のセットなどがあるぐらいだ。マートはこの部屋が出来てからは毎晩の夕食はこの奥広間で婚約者たちと取ることにしていた。
「おかえりなさいませ、マート様」
「おかえり、猫」
「おかえり、マート殿」
「おかえりなさいませ、マート様」
ライラ姫、ジュディ、シェリー、アレクシアの4人はソファから立ち上がって順番にマートに声をかけた。マートはただいまと応えて、ウェイヴィ、ヴレイズ、フラターの3人の他、アニータも呼び出す。生命の樹の精霊であるアニータについては、ニーナが契約している精霊であってマートが直接力を借りる事はできない存在ではあるが、以前海辺の家で他の精霊たちを紹介したあと、ニーナを通じて彼女が仲間に入りたいと相談してきたのだ。その結果、彼女をマートの新たな精霊として紹介することにしたのだ。それ以来、奥広間での夕食に参加させることにしたのだ。最初はまた一人美人が増えたと驚かれたがウェイヴィとちがって結婚したいと言い出したわけではないので問題なく受け入れてもらえたようだった。
そしてアニータの契約主であるニーナは2時間とか顕現してると解除の際に意識を失うということもあるので参加することはあまりない。
「ただいまです。ライラ姫、ジュディ様、シェリー様、アレクシア様」
精霊たちは並んでお辞儀をした。
「さて、くじですよ。ライラ姫様は久しぶりですのでマート様の右隣にしますので引かなくて大丈夫です」
エバが数字の書いたくじを持ってきた。皆で相談し、この奥広間で婚約者と精霊たちだけで食事をするときは、席の位置はくじ引きにすることにしていた。普段王都にいて毎日参加できないライラ姫については、今日のように特別扱いになるときもある。彼女は嬉しそうに微笑んだ。マートも他の皆も順番にくじを引き、円卓となっている食卓のくじにかかれた番号の席に座って行く。今日、マートの左隣があたったのは炎の精霊のヴレイズだった。
全員が席に着くと、メイドたちが料理を運んできた。と言っても格別に豪華なものではない。オードブルにスープ、サラダ、メイン料理とパン、最後にデザートがつくのが特別と言えるかもしれない。みんなで今日の出来事を話ながらの食事は和気あいあいと進んだ。
「アレクシア、鱗とネストルはどうしてるんだ? とっくに食べ物は尽きてるだろ?」
「魚を獲って食べてるみたいですよ? 明日には着くと言ってましたが、すでに3日それが続いています」
2人は南方の海を堪能しているようだ。マートは呆れたような表情をした。
「ちょっと聞きたい事が出来たから、そろそろ帰ってきてくれと言っといてくれ」
サラダを摘まみながらアレクシアは頷く。
「お嬢、大学の設立準備のほうはどうだ? 魔術学院から参考にできそうなところはあるか? それで今日も王都に行ってたんだろ」
マート領では来年の春にむけてローレライとグラスゴーに大学という教育機関を設立することが計画されていた。育児所で良い成績を上げた連中を吸い上げるための場所だ。一番の目的は不足気味の内政官、事務官の育成であったが、騎士団や衛兵隊の基礎訓練や魔法使いの育成なども話には上がっている。今までは主に家庭教師などを雇える貴族や裕福な商人たちの子弟のみに限定されていた職業について、それだけでは手が足りないという現状と、系統立てた教育によって質の向上が必要だという意見、魔法の効率的な習得方法といったいろいろな案が出てきたのだ。そのため各地区の育児所からの推薦された者の他、現役の連中も対象に訓練・教育を行う予定である。それらについては主にパウルがあたっていたが、ジュディにもその手伝いをしてもらっていた。
「うんー。寮の運営とか生徒のカリキュラム制の仕組みとかはうまく使えそう。建築中の建物については少し手を加えたほうが良いかもって、パウルとは話をしてる」
「そのあたりは試行錯誤しながらってところもあるから、あまり全部最初からそろえようってしなくてもいいぜ」
マートの言葉にジュディは頷いた。
「ライラ姫、蛮族との戦いについての4カ国の会議はそろそろ決着がつきそうか? うちの騎士団のメンバーからは何もする事がなくて暇だって言ってきてるぜ」
ライラ姫の顔がすこし強張った。
「マート様、今日はその事についてご報告と相談があるのです」
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