351 青い海 【広域地図更新】
ずんぐりした銀色の船の上部に羽根がついたような大きな魔道機械、魔空挺はただひたすらに西に向かって飛んでいた。その前方にあるまるく膨らんだ透明なフードに覆われた操縦席にはマートとモーゼルの2人がならんで座っていた。
「モーゼル、いま何時だ?」
モーゼルは機内に持ち込んだ日時計を確認した。日時計というのは、単純に太陽の光をあてられた棒の影がどこを指すのかによって時刻がわかるという道具である。
「10時です」
「鱗、そっちは?」
マートは『長距離通話具』の耳にかぶさっている部分を指先でかるく叩いてからそう呟く。
『11時だ。どうしてそっちはまだ10時なんだ?』
長距離通信具の耳に被さっている部分から、鱗のいつものガラガラ声だ。
「よくは判らねぇけど、以前ワイズ聖王国からダービー王国に転移した時にな、昼間から急に夕方になってることに気付いたことがあるんだ。その時は不思議だなと思っただけだったんだが、今探してる場所ってのがさ、その逆で転移すると夕方から昼間に4時間程時間が戻るらしいんだよ。それで思ったんだが、ワイズ聖王国からダービー王国は東だろ? ということは逆の西に行くのなら時間が戻るってことなんじゃねえかって思ったんだよ」
マートは窓の外を見た。眼下に広がるのは大海原だ。飛行速度はいつもの飛行より圧倒的に早い。おそらく水上をヒッポカムポスのライトニングが進むより早い速度となっているだろう。
『へぇ、確かに良く判らねぇけどそういうことか。たしかに1時間戻ったな。猫の予想通りってわけか。じゃぁ、4時間分西に進むとその探してる場所に着けるってことか?』
「すごくうまくいけばな。4時間って言っても、ぴったりじゃねぇだろうし、その出発点も研究棟からなのか一般棟からなのかも実ははっきりしねぇ。それに南北に転移してもほとんど時間は変らねぇから、その探してる場所ってのがもっと北とかもっと南って可能性もあるんだ。着けるとはかぎらねぇんだよ」
『だから、俺はこんな遺跡でネストルと2人待機させられてるってことか』
「速度が結構出てると思うから、そのうち陸地ぐらいは見つけれるだろうよ。どっちみち1日か2日ぐらいで目途が立たなかったら一旦諦めるつもりだ。途中で呼び出しがあるかもしれねぇしな。それまで、ちょっと付き合ってくれよ」
『ああ、それは聞いた。ネストルもわかってるさ』
マートは再び眼下に視線を移した。相変わらずの大海原が広がっていた。マートたちが住む大陸の周囲の海は意外と広そうだった。
ダービー王国の旧王都に4カ国の連合軍が到着して既に1週間が経過していた。4カ国軍の当初の目的は旧王都奪還であり、それは十分に果たしている。ならば解散しても良いはずだが、連合軍はそこから動くわけでもなく、ただ付近の制圧をしているだけであった。
というのも、霜の巨人や嵐の巨人は遠くに逃げ去り、ダービー王国の国民は取り戻せていないからだ。ワイズ聖王国はこのままさらに遠征を続けるべきであるという意見であったし、ダービー王国は国民奪還のためにというので似たような立場であったが、ハドリー王国はそれには消極的であった。また、ラシュピー帝国はまだ自らの国が安定していない状況で出兵費用を負担すること自体が苦しいという懐事情を抱えていた。そのため、結論が出なかったのである。
すぐにでもダービー王国の北に進軍するのかと思っていたマートにとっては少しあてがはずれた。また今回の罠にかけられたこともあって、すぐに一人で探索に行こうとするのは、ジュディやシェリー、ライラ姫にも止められたのだ。
動くに動けず、しばらくは溜まっていた執務をこなしたりしていたのだが、それにも飽き、マートは輪廻転生の理を狂わせた魔道装置とやらを探しに行くことにした。こちらについてはジュディやシェリー、ライラ姫も止めるわけにもいかなかったのだが、代りに誰かを連れていくこととすぐに帰ってこれるという条件付きでならと許してもらえたのだった。
マートはジュディ、シェリー、アレクシア、エリオットと順番に声をかけてみたが、魔法使いたちはいつ騎士団が撤収・移動するか不明なのでこの場を離れられず、副騎士団長2人が出動しているのでシェリーも出かけられない。アレクシアはきわめて多忙でそんな暇はなかった。というので、比較的暇そうなモーゼルと安全のためにいつもは領地から出られないネストルと友人の鱗の4人で出かけることにしたのだった。今は鱗とネストルは現地の時間を見るためにゴブリンの前世記憶やステータスカード作成の魔道機械のあった研究棟に居た。
「しかし、何もねぇなぁ……」
空は快晴で雲一つない。ローレライではすでに木々の葉は色づき始め肌寒い時期であるのに、このあたりはまったくその気配はなかった。
「時間、まだ10時ですね。あれから3時間は経ってますよね。ほんと不思議……」
モーゼルが首を傾げた。たしかにその通りだ。
「鱗、そっちは何時だ?」
……、マートが問うてみたが返事がない。
「おい、鱗!」
マートは耳のカバーの部分を何度か叩いた。
『お? あ、ん?』
鱗の声がした。寝ぼけている感じだ。
「おい、起きろよ」
『あ、すまんすまん、わりぃ』
「ちっ、もう飲んでるのか? 今そっちでは何時だ?」
『14時過ぎだな』
「おっと……行き過ぎてたか」
マートは慌てて減速を始めた。操縦桿を右にきる。しばらくして針路がまっすぐ北に向いたところで、操縦をモーゼルにゆだねた。
「モーゼル、ちょっとの間頼む。鱗たちをここに連れてくる」
魔空挺を持ち出したのは、このメンバーで飛行できるのがマートだけという理由もあったが、魔法のドアノブが使えるという利点もあったからだった。魔法のドアノブは垂直な壁が存在しなければ使うことが出来ない。せめて陸地があればそこに板のようなものを置いて利用できるのだが、海の上ではそうもいかないのだ。また、転移呪文では移動中の乗り物から移動はできるが戻ってくることはできないのだが魔法のドアノブは問題なく移動中の乗り物の中と転移先と繋ぎ、行って帰ってくることが出来るのだった。それならば、マートはいつでもローレライに戻ることが出来るし、2人の居る研究棟には中央転移公共地点経由で行くことが出来る。
「うん、まかせてー」
モーゼルはにっこり笑って操縦桿を握りしめた。
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